
- 上田監督がハリウッド映画の宣伝を担当したら
- 『カメ止め』がTwitterで盛り上がった理由
- 『カメ止め』の熱狂を生んだ、コミュニティづくりの原則
低予算のインディーズ映画ながら、全国300館以上で上映され異例の大ヒットを記録した『カメラを止めるな!』。監督の上田慎一郎氏は、どのようにTwitterを活用して、ファンと丁寧なコミュニケーションを図っていたのか。アジャイルメディア・ネットワークの徳力基彦氏が詳しく話を聞きました。(編集注:本記事は2019年9月24日にAgenda noteで掲載された記事の転載です。登場人物の肩書きや紹介するサービスの情報は当時の内容となります)
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上田監督がハリウッド映画の宣伝を担当したら
徳力 もし、上田監督がいわゆるハリウッド作品のようなメジャー映画のプロモーションを担当することになったら、どういう挑戦をすると思いますか。
上田 観客に知られている映画か、まったく知られていないかで違うでしょうね。知られている映画であれば、公開する情報を制限して観たい人がジリジリするような状況をつくって、公開日に一気に爆発させる流れですよね。でも、これは『天気の子』や『シン・ゴジラ』みたいなメジャー映画だけができる手法でもあります。
徳力 ベースとなるファンがある程度いる場合ですね。無名の映画が何の情報も出さなかったら、そもそも誰も観に行ってくれませんし。
上田 そうです。なので、知られていない場合は、まず面白い映画をつくることが大前提ですが、公開日までできるだけ情報をオープンにして、試写会を通じて多くの人に観てもらうと思います。そして、まだ観ていない人に早く観たいとワクワクして待ってもらって、公開して一気に爆発させたい。
徳力 映画のテレビCMで使われる「全米No.1」といった常套句がネット上では、よく揶揄されます。こうした映画のプロモーションについては、どう思いますか。
上田 真実を隠せない時代ですよね。テレビCMで「大ヒット上映中」と言っても、本当にヒットしているかは、調べればすぐに分かります。それよりも僕は「ぼちぼちヒット中」と言った方が信じてもらえると思います。
徳力 正直ですね(笑)。でも確かに、映画業界のプロモーションは、従来の常識としてのテンプレートがしっかり決まっている印象がありますよね。
上田 そうですね。宣伝は映画と同じように、もっとクリエイティブであっていいと思っています。作品に負けないくらいの気持ちで一緒に面白い宣伝をしかけたいですよね。
徳力 上田監督自らプロモーションについて関わることはありますか。

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上田 10月に公開する映画『スペシャルアクターズ』では、僕が監督に加えて宣伝プロデューサーも担当しています。公式Twitterの運用は、松竹の方が担当してくれているのですが、恐縮ながら結構ダメ出しもさせてもらってます。
先日は、上映開始日、上映館、完成披露試写の3つの情報が解禁されたのですが、これらをすべて個別のツイートで発信していたんです。でも、それでは拡散した時に伝わる情報も分散してしまうので、ひとつのツイートにまとめて、さらに予告編の動画もつけて投稿してほしいと伝えました。
あとは、コアタイムに自分の投稿をリツイートをして、タイムラインの一番上に表示させるようにしてほしいとも言いました。
徳力 こんな細かくTwitterの仕様に指示を出す映画監督は、普通いないですよね(笑)。
『カメ止め』がTwitterで盛り上がった理由
徳力 『カメラを止めるな!』では、キャストもTwitterで発信をしていましたよね。
上田 そうですね。できればやってくださいと言いましたが、強制はしていません。ただ、例えば「上映館が発表されました」というツイートを何十人のキャストが引用リツイートしたところで、コメントの内容が薄ければ、その人自身の投稿はリツイートされづらいですよね。
なので、リツイートするときは、プラスアルファで自分ならではの情報やユーモアを入れてほしいと伝えました。

徳力 『カメ止め』の過去のツイートをさかのぼって見たら、本番上映の半年前に実施された最初のイベント上映のときから、観客も含めてたくさんの記念写真が投稿されているのがとても印象的でした。イベント上映では、よくあることなのでしょうか。
上田 インディーズ映画では、ちょこちょこありますね。ただ、きちんと撮影OKだとアピールするのは、あまりなかったかもしれません。
徳力 私が面白いなと感じたのは、『カメラを止めるな!』スピンオフ作品の上映会で、上田監督自ら「みなさん写真撮っていいですよ」とか「感想をTwitterに投稿してください」と、観客に自ら声をかけていたこと。ファンサービスと言えば、そうなんですけど、空気のつくり方が他の上映会とは全く違うなと思いました。普通は、写真撮影が禁止のケースも多いですし。
上田 純粋にお客さんに楽しんでもらいたいというのもありますし、写真を撮ったら、Twitterに投稿したくなってもらえますよね。『カメ止め』のときは、イベントで撮影した写真を投稿するために、2~3年放置していたTwitterを再開させたという人もいました。
徳力 Twitter社の調査では、『カメ止め』を知ったきっかけがTwitter経由だった割合が非常に高かったですよね。イベント上映のころから手ごたえはあったのでしょうか。
上田 そうですね。やはり熱量の高い投稿は、多かったと思います。
『カメ止め』の熱狂を生んだ、コミュニティづくりの原則
徳力 例えば、舞台挨拶で撮影をOKにしたり、ハッシュタグを「#カメラを止めるな!」ではなく「#カメ止め」にしたり、Twitterに投稿してもらう工夫をされています。上田監督の中で、こうした手法が確立されたのはいつごろですか。

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上田 これまでの経験の中で、徐々に確立していきました。実は数ヶ月前、映画の勉強のために、新興宗教のつくり方の本を読んだんです。そこに書いてあったことが『カメ止め』で僕たちがしていたことと似ていたので驚きました。定期的にイベントを行いなさい、同じユニフォームを着なさい、同じポーズをつくりなさい、と。
徳力 すごいですね。以前、インタビューした起業家のけんすうさんも宗教の構造がコミュニティをつくるときに参考になる、とお話しされていました。上田監督は、いつから新興宗教に似たスキームになったと思いますか。
上田 例えば、同じユニフォームを着るというのは、舞台挨拶を2週間毎日行う予定だったため、着る服を毎日考えるのは大変だなと思って、Tシャツで揃えようと決めたんです。同じポーズも、写真を撮るときにはこうしようと、いつの間にか決まっていましたね。パンフレットにサインするというのも自然な流れでした。
徳力 どれも狙って始めたわけではないのですね。
上田 そうですね。結果的に舞台挨拶の写真、パンフレットへのサインの写真、一緒に記念撮影した写真と一人が何回も投稿してくださるようなことが起きました。
徳力 僕も映画のプロモーションのお手伝いをしたことがあるのですが、映画はクチコミしてもらうのが、実はすごく難しいんですよね。映画を観た人がTwitterに何か写真を投稿しようと思っても、映画の素材は権利関係で使えませんし、宣材写真もすべて同じなので独自性が出しづらいし。
そう言えば、公開前日にはニコ生で全編公開しましたよね。公開前の映画をネットで全編流すなんて、すさまじい話です。

上田 メジャー映画では絶対にできないですよね。試写イベントをもっと多く開催したかったので、全国一斉試写のつもりでした(笑)。
『カメ止め』は11月のイベント上映から、6月の本番上映までに試写会をしたり、DVDでサンプルを見せたり、雑誌の取材を受けたりと、映画業界内では話題が沸騰していました。でも上映している場所がなかったので、観たいという思いが溜まっていたんです。その状況で本番上映が行われたことも、ヒットの大事な要素だったと思います。
徳力 お話を伺って『カメラを止めるな!』が実を結んだのは、上田監督が地道に丁寧にコミュニケーションの戦略を立てていたからだと改めて実感しました。今日は、ありがとうございました。