A.L.I.Technologies代表取締役社長の片野大輔氏
A.L.I.Technologies代表取締役社長の片野大輔氏
  • 人生を変えた、スターウォーズ好きとの出会い
  • ドローン開発で培った技術を、ホバーバイクに
  • 正解がないエアモビリティの世界で戦っていく

映画『スター・ウォーズ』に登場する、近未来の乗り物「空飛ぶバイク」。少し前まではSFやアニメなどでしか実現できない“空想の乗り物”と思われていたかもしれないが、今や空飛ぶバイクは空想のものではなく、現実のものになってきている。

2022年上半期を目処に、日本のスタートアップ企業・A.L.I.Technologiesが開発したホバーバイク「XTURISMO (エックストゥーリスモ)Limited Edition」が納車される。

XTURISMO Limited Editionは地上から数メートルほど浮き上がり、空中を走行するホバーバイク。サイズは3.7×2.4×1.5m(長さ×幅×高さ)となっており、重量は約300kg。運転操作は、操縦席に備え付けられたコントローラーなどで行う。機動力はガソリンエンジンと電動モーターを使う。航続時間は40分で最高速度は時速80kmとなっている。価格は保険料と操縦講習料込みで7770万円(税込)だ。

2021年10月から、世界限定200台で受注予約を開始しており、「国内外からお問い合わせを多くいただいている」(A.L.I.Technologies代表取締役社長の片野大輔氏)という。

とはいえ、ホバーバイクは日本をはじめ、世界の大半の国で現行法上は公道を走ることはできない。そうした状況にもかかわらず、なぜA.L.I.Technologiesは“夢物語”とも思えるようなホバーバイクの開発に取り組むことにしたのか。同社の挑戦、そしてその熱量の源泉について、片野氏に話を聞いた。

人生を変えた、スターウォーズ好きとの出会い

──単刀直入にお伺いします。なぜ、ホバーバイクを開発しようと思ったのですか。

まず、当社の設立経緯から説明させてください。2016年9月に会社を設立し、ホバーバイクの開発に着手したのが2017年ごろのことです。当時、私は経営者としてではなく、投資家として関わっている状況でした。ホバーバイクのコンセプトを考え、開発などを主導していたのは、代表取締役会長を務める小松周平でした。

もともと小松自身、スターウォーズの大ファンで、映画に出てくるホバーバイクのようなエアモビリティ(スピーダー・バイク)が社会にどんどん実装されていく未来を描いていたそうなんです。

A.L.I.Technologiesはもともと、ドローンやAIなどに関する共同研究開発事業で、そのビジネスで黒字化を達成していました。その収益を投資するかたちで、ホバーバイクの開発が始まっていったんです。

ホバーバイクを開発することで、将来的には個人が移動することもそうですが、それ以外にも砂漠、湿地帯、地雷汚染地域のような従来のモビリティでは移動が困難とされてきたエリアも移動でき、荷物の搬送などに役立てるかもしれない。そうしたニーズも踏まえ、将来的にはエアモビリティの市場が大きくなっていくはずだ、という考えもありました。

──片野さんは、なぜ株主からフルタイムで働く選択を。

シンプルに「夢のあるビジネス」だと感じたからです。私自身、それまでは友人たちと立ち上げたコンサルティング会社で働いており、主にヨーロッパの企業を担当していました。

当時ロンドンに住んでいたのですが、共通の友人の紹介で小松と知り合い、出資の相談を受けたんです。「今はまだ誰も本気になっていないけれど、将来的に必ず必要になるモビリティだからぜひ一緒にやりませんか」と。

2018年の話なので、経済産業省が(空飛ぶクルマの実現に向けて有識者と話す)「空の移動革命に向けた官民協議会」を組成する前のこと。エアモビリティに対する世の中の理解も認知度もまったくないような状態でした。

それでも小松が描く未来の姿に、とてもワクワクしたんです。また、小松は東京大学でエネルギー工学を学んでいたこともあり、技術開発に大きな強みを持っています。一方、私はコンサルティング会社で働いた経験から、会社の経営に強みを持っています。小松が開発を見て、私が経営を見る。お互いの強みが明確に分かれており、それぞれが自分の持ち場で強みを発揮した方がうまくいくと思い、2019年から社長になることを決めました。

──開発を進めていくにあたって、苦労したのはどのような点ですか。

最も苦労したポイントは「前例がない」ということです。ホバーバイクとして、どういう構造が正解なのか、どういうスペックにすればいいのか。「これが正解」というものがありません。そのため、前後にある大きな2つのプロペラが全体の推力を生み出し、左右の4つのプロペラで姿勢を安定させるという形状にたどり着くまでに試行錯誤を繰り返しました。

もちろん、現在の形状もベストだと思っていません。さらに改善を重ねる必要があります。また開発に関しては、パートナーとなってくださっている多くの日本の大企業が持つ技術力を活用できたことも非常に大きかったと思います。

A.L.I.Technologiesが開発した空飛ぶバイク「XTURISMO Limited Edition」
A.L.I.Technologiesが開発した空飛ぶバイク「XTURISMO Limited Edition」 画像提供:A.L.I.Technologies

そのほか、ホバーバイクという未知のものに対して、たくさんのベンチャーキャピタル(VC)や企業が可能性を感じ、投資していただけたことも大きかったです。そのおかげで開発までこぎつけることができました(編集部注:同社は2019年11月に三井住友海上グループ、京セラ、三菱電機、JR西日本イノベーションズなどから総額23.1億円の資金を調達している)。

ドローン開発で培った技術を、ホバーバイクに

──ホバーバイクとしてはどのような用途を視野に入れているのでしょうか。

すぐに公道で走行できるわけではないので、まずはサーキットや海、緊急時の利用など、ある程度限定された場面での利用を想定しています。ただ、将来的には公道も含めた幅広いシーンで使えるようなモデルにするために、法整備を含めて対応していきたいですね。

──エアモビリティ業界における競合優位性も教えてください。

多くの企業が航空機のカテゴリで耐空証明・型式証明を取得しようとしていますが、私たちは車両の延長線上のような扱い(編集部注:航空関連の法規ではヘリコプターは市街地では高度300m、それ以外のところでは高度150m以上を保って飛行するように定められている)にすることで、より早く世の中に実装したいと考えています。

ただ、政府は「空飛ぶクルマの実現に向け、2023年からの事業開始を目標に制度整備を推進」との方針を示しているので、引き続きコミュニケーションを続けていければと思います。

もうひとつの優位性は、エンジンがガソリンと電動バッテリーであること。それにより、実用性のある走行性能(最長航続時間40分、最高速度80km/h)を実現できていると思います。もちろん、いずれは電動バッテリーのみにシフトしていきたいと考えています。

正解がないエアモビリティの世界で戦っていく

──今後の展開についても聞かせてください。

まずは、先日発表したXTURISMO Limited Editionの200台の納車を2022年から進めていきたいと思っています。これから200台の生産フェーズに入っていくので、ゼロイチの開発とは違う難しさがあると思いますが、きちんと生産を進めていければと思っています。

また、先日富士スピードウェイで開催した発表会で海外メディア含め、大々的に取り上げてもらえたので、ホバーバイクだけではなく会社としての認知も高めることができました。現在、国内外含めて提携の相談や問い合わせなども増えたと同時に「こういう使い方もできるんじゃないか」みたいな意見も多くいただくようになりました。

たとえば、レースだったり、畜産業だったり……。私たちが想定していないものも含めて、いろいろな活用方法があることを感じています。

画像提供:A.L.I.Technologies
画像提供:A.L.I.Technologies

──今後の課題としてはどのようなことを想定していますか。

先ほども触れましたが、法整備含め「どういうカテゴリで扱っていくか」や「どういうルールで運用していくか」などは目下の課題です。たとえば、保険やメンテナンスの頻度、いつ・誰が・どこで運転しているかを管理する管制システムの構築なども検討しています。

もちろん、最も大切な安全性の基準に関しても、自分たちで構築していかなければいけません。単純にハードウェアをつくることの外側にやらなければいけないことがたくさんあるので、過去の事例なども参考にしつつ、自分たちで基準をつくっていかなければなりません。

──2022年以降の展開について、意気込みを聞かせてください。

ホバーバイクは交通インフラが整備されていない地域の方が周囲への影響も少ないため、利用するハードルが低い気がしていますね。都心部のように交通インフラが発達していると、定着しづらい部分もあると思っています。そのため、まずは交通インフラが整備されていない地域での水・食料などの物資の輸送、道路が遮断された被災地への救援活動、砂漠、湿地帯、地雷汚染地域のような場所での移動などで利用シーンを増やしていければと思います。

ただ、いずれにしても私たちとしては「実際にホバーバイクに乗っている人がいる」という状況をつくることが第一歩だと思います。先日の発表会によって、さまざまな意見をいただけたように、「こういうところで使ってます」みたいな話が出てくると、ますます普及の呼び水になると思っています。まだまだやるべきことは山積されていますが、ひとつずつクリアしていき、エアモビリティが自由に飛び交う社会の実現を目指していきます。