
- デライト・ベンチャーズ マネージングパートナー 渡辺 大
- W ventures代表パートナー 新 和博
- 千葉道場ファンド 取締役パートナー 石井貴基
- ドーガン・ベータ代表取締役パートナー 林 龍平
2020年に引き続き、新型コロナの影響を大きく受けた2021年。人々の生活様式はさらに変化し、その影響は大企業からスタートアップまでを巻き込んでいる。果たして2022年はどんな年になるのか。
DIAMOND SIGNAL編集部では昨年と同様に、ベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。彼らの視点で2021年のふり返り、そして2022年の展望と注目の投資先について語ってもらった。第3回はデライト・ベンチャーズ マネージングパートナーの渡辺大氏、W ventures代表パートナーの新和博氏、千葉道場ファンド取締役パートナーの石井貴基氏、ドーガン・ベータ代表取締役パートナーの林龍平氏の回答を紹介する。
デライト・ベンチャーズ マネージングパートナー 渡辺 大
2021年のスタートアップシーン・投資環境について
2021年の世界のスタートアップ投資額は、近年まれに見る勢いで増加し、昨年比なんと“倍増”の6500億ドル(約71兆円)に迫りました。ベンチャーキャピタル(VC)というアセットクラスの運用成績が、IPO市場の好況を受けて、前代未聞の高数値を叩き出しているからです。その結果、従来スタートアップに投資をしてこなかった種類のお金が、大量に流入しています。
世界の「運用資金総額」は100兆ドル(約1.1京円!)で、VCはその1%にも及びません。それでいて、このエコシステムが世界中の生活にもたらしている影響の大きさは、誰にも一目瞭然でしょう。残り99%超の運用資産が、ほんのわずかでもVCに流れ込むと、エコシステムの勢いに大きな変化をもたらします。2021年は、まさにそれが起こった年でした。
日本でも、2021年にVC投資額は急増し、海外からの資金流入も始まっていますが、経済規模や人口に比べるとまだまだ控え目。機関投資家からは、エコシステムが比較的未発達で、未知な国と見られているからです。しかし、というか、だからこそ、爆発の兆しを常に探している世界の投資家からの注目が、日本にどんどん集まっているのを感じます。
一方、投資される側である、スタートアップはどうでしょうか。
米国ではパンデミック初期、テック企業で働く従業員の起業が増加したと一時言われました。ですが、そのペースは急激な資金の増え方に比べるとかなり緩やかだったこともあり(特に2020年から2021年にかけては、ほぼ横ばい)、資金調達時の評価額は高騰しました。
この高騰は欧州でも起こりました。私は2021年の後半、欧州のテックカンファレンスに参加しました。欧州のスタートアップエコシステムは、さまざまな側面で“米国の数年遅れ”とされていたいましたが、そのノウハウや投資家との契約プラクティスなどが、かなり米国に追いついてきていると感じました。
ほんの10年前までは大企業の影響力が大きかった欧州ですが、起業はもはや“当たり前”になりました。フランスの大学生の7割が起業に関心を持っている、というデータもあります。欧州からは2021年、100社以上のユニコーンが誕生しています。
では日本はどうでしょうか。起業のハードルが高いこともあり、欧州ほどのスピードで米国に追いつくことはまだできていません。ですが大企業中心の経済や雇用形態が崩れ、起業を後押しする方向へ進んでいることは歴然で不可逆的です。2021年は、私の古巣であるディー・エヌ・エー(DeNA)から独立起業した人が、大幅に増えた年でした。手前味噌ですが、デライト・ベンチャーズがそれを積極支援していることもあるでしょう。さらに嬉しい驚きは、DeNAとは関わりのない、一部上場企業に勤務している人からのEIR(Entrepreneur In Residence:客員起業家)への募集も急増したことでした。
これら2021年に起こったことをまとめると、世界のVC投資額は爆発。スタートアップエコシステムが世界経済のメインストリームに。日本が追随することは必至で、既に大きい変化の兆しが見えてきた、というところでしょうか。
2022年の投資環境の変化や注目領域・プロダクトについて
デライト・ベンチャーズとして2022年に期待することの1つは、日本のスタートアップエコシステムが世界標準化するための“キックスタート”がかかることです。
大企業の雇用形態が崩れ、起業がメインストリーム化するまでには、まだ数年かかるかもしれません。しかし、世界のVC業界が直面している変化や2021年の兆しを踏まえると、海外からのスタートアップ投資資金(VCへの投資、およびスタートアップへの直接投資)が日本のレイター・ミドルステージへ大流入する勢いは、この2022年に加速するでしょう。これまで日本では上場しなければ調達できなかったようなサイズの資金を未上場のまま調達できて、スタートアップがより大きな勝負に出られるようになるのです。
そして、アーリーステージへの投資にも、ミドル・レイターに投資する国内外の機関投資家からの要求や影響を受けて、さまざまな環境の変化が起こってくるでしょう。スタートアップの規模感やグローバル視点、ストックオプションのサイズや制約、投資家が提示する投資契約などの慣習、政府による各種業法規制など、各ステークホルダーの実務において、欧米に比べた競争力があるのかどうかという論点が意識されるようになるのではないかと思います。
一方で悲観的な見方をすると、投資に関連する金融指標のいくつかが、ドットコム時代に迫ったり、超えたりしています。2022年のVC投資環境を語る上でのelephant in the room(みんな頭では考えているが口にしない重要なこと)は、「IPO市場がいつ閉まるのか(市況がいつ崩れるのか)」ということではないでしょうか。
市況が崩れると、IPOが難しくなるだけでなく、M&Aもやりにくくなります。プロの投資家は流動性の低いスタートアップやVCへの投資を絞り、スタートアップにとっての資金調達が突然難しくなります。これは2008年の米国でも起こりました(編集部注:米国では、2008年9月にリーマンショックが起こった)。
私はマクロ経済の専門家ではないので、それがいつ起こるのか、そもそも起こるのか否かについて予想しようとするべきではありません。しかし、アーリーステージの投資家として、投資先のスタートアップの成功確率を最大化するために留意していることの1つは、市場の乱高下に振り回されない調達戦略をアドバイスすることです。
追い風市況の今は、資金調達にかける時間を短く済ませたり、じっくり事業に集中するための十分な資金を調達することができたりします。大きなチャンスである一方で、あまりに事業の実態からかけ離れた評価額で資金を調達することや、金に任せて固定出費を増やすことは、逆に次の調達ラウンドのリスクを高めることにつながり、そのスタートアップの首を絞めかねません。
スタートアップのステージがアーリーであればあるほど、売上などのKPIが不安定(上がることもあれば下がることもある)で、ピボットの可能性もあります。事業のフレキシビリティを維持して、変化する投資環境に対応するために、市場が活況な今だからこそ余裕を持ってできる、調達戦略の「守り」も肝要です。
国内ではやっと急成長の兆しが見えたVC投資が、2022年に調整・減速する可能性もあるといえばあるでしょう。それでも、起業の勢いが後退するようなことにならないことを真に願います。大企業も政府も我々投資家も、スタートアップエコシステムの成長は不可逆であることを意識して、長期的な視点で変革を続けるべきです。
2008、2009年に米国の市場が不調になったときは、スタートアップと人材に新陳代謝が起こり、エコシステム全体が筋肉質になりました。今のユニコーンの種が多く撒かれたのもこの時期でした。
まとめると、2022年は、市況の上向きが続いても、下向きに転換したとしても、スタートアップにとって大きなチャンスの年、そしてエコシステムにとって勝負の年であることは間違いない、ということです。
個人的な注目領域としてまだ変革の余地が大きいと思うのはFinTechの各領域。これはC向けB向け、金融商品も決済・預金・保険・投資など、多岐に渡り見ていきたいと考えています。
そのほかデライト・ベンチャーズとしては、情報の非対称性を解消するビジネス、生産性の劇的な改善に取り組むビジネス、サステナビリティに直接影響を及ぼすビジネスに注力して投資していきます。
また事業領域に関わらず、日本から海外市場を狙っているスタートアップが、海外投資家との接触を早めに行うのに適した市況にあると思います。欧米VC間の競争が激しくなっており、彼らの多くは、自らの得意ステージより一段アーリーのラウンドからディールフローを探そうとしているからです。デライト・ベンチャーズは、日本から早い段階でグローバル市場に挑戦する起業家やスタートアップに注目して、積極的に応援したいと考えています。
W ventures代表パートナー 新 和博
2021年のスタートアップシーン・投資環境について
C(コンシューマー)向けサービスが当たった時の爆発力を再確認できた1年でした。2021年の年明け早々から始まった音声SNS・Clubhouseや写真SNS・DISPOの旋風、DeNAが買収したIRIAMやグリーが手掛けるREALITYなどの躍進は目を見張るものがあり、ここ何年もかけてB(ビジネス・法人)向けにシフトしてきた投資家の注目が再びC向けに戻って来た印象があります。
また、それに追い打ちをかけるように2021年後半からはNFTというトレンドが国内でも騒がれるようになりました。W venturesの投資先で、IPホルダー向けにNFTサービスを手掛けるAniqueにも問い合わせが急増しました。
2022年の投資環境の変化や注目領域・プロダクトについて
投資環境
スタートアップにとっては引き続き良い調達環境が続くと思われます。上場マーケットの浮き沈みの影響は一定受けるはずですが、スタートアップの資金調達環境の先行指標となるVCファンドの組成金額が高い水準で推移しています。つまり、数年以内に組み入れしなければならないお金がVCファンド側に積み上がっているため、スタートアップ全体としては調達しやすい環境であることは間違いないでしょう。
ただ、個社ごとに見た時には必ずしもそうとは言えず、むしろシード・アーリーステージのスタートアップにとっては厳しい環境になるかも知れません。実績がある既存VCが新しいファンドを組成する度にファンドサイズを大きくしていますが、1社あたりの投資金額は増えても投資社数が正比例的に増える訳ではありません。
既存ファンドの投資対象となるステージがどんどん後ろに移行していくので、シード・アーリーステージを中心に投資するプレーヤーはいつまで経っても増えないという状況が続くと予想されます。早いステージの起業家には、周囲の大型調達のニュースに浮かれることなく、粛々とプロダクトの磨き込みに集中することが求められます。
注目領域
IPを生み出す仕組み:現状のNFTはまだまだカオスな状態ですが、大手IPホルダーと巨額の投資資金、優秀な人材が流れ込んで来ているので、さまざまな課題が解決されて一気に普及していくと考えています。また、当然ですがIPの価値がますます重要になりますので、既存のIPの囲い込みが激化する一方で、新たなIPを生み出す仕組みも重要になってくるでしょう。特にスタートアップとして参入しやすい後者に注目していきたいと思います。
特化型FinTech:大手プレーヤーの激しい競争の結果、キャッシュレス決済のインフラや習慣がかなり浸透してきました。今後は、徐々に用途や領域を限定した特化型のFinTechサービスの登場に期待しています。
2022年に注目すべき投資先
Hotspring:国内及び海外旅行向けOTA「こころから」を運営。コロナが明けた後の旅行需要回復に向けて粛々と準備をしており、2022年の爆発的な成長に期待しています。
YOUTRUST:キャリアSNS「YOUTRUST」を運営。2021年の1年間でMAU、有料顧客数ともに大幅に増加しており、IT・スタートアップ業界に急速に浸透してきました。ただ、流動性の低い日本型キャリアにおいてゲームチェンジするためには伝統的大企業へのYOUTRUSTの普及が必須であり、モメンタムのあるこのタイミングに一気にその壁を突破できるかが鍵になると考えています。
RABO:猫様向けIoTデバイス「Catlog」及び「Catlog Board」を提供。とにかく採用力が凄い。新しい市場を作り出す生みの苦しみはありますが、これだけのメンバーが揃えば何とかしてくれるでしょう。また、また、虎視眈々とグローバル展開も狙っていますので、2022年の飛躍を大いに期待しています。
千葉道場ファンド 取締役パートナー 石井貴基
2021年のスタートアップシーン・投資環境について
2021年は前年後半のトレンドを引き継いで、資金流入量が増加しつづけたアップトレンドな市況でした。
スタートアップへの投資額は過去最大となる8000億円超えとなり、日本においても1兆円のラインが見えてきました。これには国内外の機関投資家マネーが大きく影響していますが、2020年に投資を控えていた事業会社が戻ってきたことも良い傾向だったのかなと感じています。
スタートアップ各社の資金調達においても“大型化”が目立った1年でした。投資先の資金調達リリースについて某メディアに連絡した際「10億円未満の資金調達ニュースは一律取り扱わない方針」と聞かされて驚きました(笑)。1億円の資金調達で業界がざわついていた10年前とは、文字通り“隔世の感”があります。
VC各社の動きも激しかったと感じています。スタートアップだけではなく、VCも「大型化」しており、本体ファンドの規模を大きくして新設する動きはもちろん、グロースファンドの新設などが立て続けに行われました。このような影響もあるので、2022年以降もスタートアップ投資は変わらず活況ではないかと予想しています。
資金流入量の大型化は、ユニコーンをより多く創出する原動力になるだけではなく、より多様なスタートアップを許容できる土壌にもなると思います。一方、資金流入量の増加は社会的な責任も大きく伴いますので、コンプライアンスの遵守などはスタートアップ全体のテーマとして考えていきたいです。
スタートアップとしても、VCとしても、このトレンドを上手に活用して、よりよい未来を創造していきたいですね。
2022年の投資環境の変化や注目領域・プロダクトについて
新たな変異株の流行など先行き不透明な要素も多くありますが、スタートアップの資金調達状況においては、2021年同様のトレンドが続くものと予想しています。
2022年に盛り上がるであろう領域として、私個人としては「アフターコロナ」をキーワードとして、「Shopify for X」「社会起業家3.0」の2つを挙げさせていただきます。
まずは、キーワードであるアフターコロナについて。
この原稿を書いている2021年12月時点で、まさに感染拡大の兆しがあるオミクロン株は本当に油断ならないと感じていますが、ワクチン以外の薬も実用化される見通しです。楽観的なシナリオとして、2022年中盤には海外渡航制限が撤廃され、日本でも屋外をノーマスクで歩けるようになる可能性もあるのではないかと思っています。
このアフターコロナにおいては、人々の生活は確実に変化し、多くのスタートアップにチャンスが訪れると予想しています。
この2年間、日本においても老若男女問わず多くの人々が、日常生活のあらゆるシーンでデジタルツールを使うようになりました。キャッシュレス、オンラインミーティング、リモートワークがこの短期間で一気に浸透しました。個人だけではなく、官公庁や、レガシーと言われ続けてきた教育・医療などの業界も急速にデジタルシフトしました。
このトレンドは完全に不可逆のものですので、今までオンラインサービスとなじみがなかった層を対象にした新しいサービスが続々誕生すると予想しています。
Shopify for X
昨年夏ころから見かけるようになったワードですが、いわゆるノーコードもしくはローコードで、個人・SMBをエンパワメントするプラットフォームがさまざまな領域で立ち上がってくるのではないかと予想しています。
例えば、教えることが上手な人が簡単にオンライン学習塾を開設できるようになったり、パーソナルトレーナーがオンラインフィットネスクラブを立ち上げたりするといったように、より多くの業界・産業において、個人やSMBが気軽にオンラインサービスを販売できるようになるのではないでしょうか。
今までも似たような取り組みはあったかと思いますが、まさにアフターコロナで国民全体のデジタルリテラシーが上昇した2022年以降こそが普及のタイミングであると感じています。
社会起業家3.0
2022年はアフターコロナ時代に突入すると予測しましたが、ここに来て国や自治体のデジタル活用がはまりだしたと感じています。
レガシーと言われていた領域においてもDXが叫ばれており、今まで地中に埋もれていたさまざまな社会課題を掘り起こして、テクノロジーで解決するというビッグウェーブが来るのではないかと予想しています。
GovTechというワードでは、官公庁本体の効率化という文脈で扱われることが多いと思いますが、個人的には社会福祉領域にこそチャンスが眠っているのではないでしょうか。また、最近はVCもESG投資やSDGsへの意識が高まっているため、そういった観点でも以前よりもリスクマネーが流入しやすくなっています。
社会生活を送る上でハンディキャップを背負った人々の深いペイン(痛み)を解決することと、事業として一定規模まで成長することを両立する新しいかたちの社会起業家が生まれてくることを期待していますし、投資家としても応援・ご支援させていただきたいと考えています。
2022年に注目すべき投資先
Siiibo証券:Siiibo証券は社債に特化した唯一のFinTechスタートアップです。2021年春に証券会社として開業し、8月の五常・アンド・カンパニーの社債発行を皮切りに、上場・非上場企業問わず複数の企業で社債発行の実績を作ってきました。
2021年はSiiibo証券にとっては「はじまり」の1年でしたが、つい先日シリーズBラウンドの資金調達が実施されたため、2022年は大きく飛躍する1年になるのではないかなと感じています。社債という、昔からあるものの活用の場が限定的だった金融商品をテクノロジーの力でアップデートしてくれることを期待しています。
Asobica:Asobicaは「coorum」というユーザーコミュニティを中心とした、カスタマーサクセスプラットフォームを展開するSaaSスタートアップです。すでに大手SaaSベンチャーやC向けプロダクトを展開する大企業などで複数の導入事例が出ています。
数年前からトレンドになっているSaaS市場の拡大やプロダクトのサブスクリプション化の流れに加えて、LTVを最大化するための既存顧客とのコミュニケーションを活性化するニーズは日に日に増していると感じています。
また、2022年にかけて更にカスタマーサクセスの職種のニーズは広がり、今後カスタマーサクセスの業務を効率化するプロダクトはよりマーケットに広がっていくと思います。
mish:オリジナルの月額会員制動画サイトを無料で簡単に作成できるサービス「mish」を運営するスタートアップです。
まだリリースから1カ月も経っていないサービスですが、まさに「Shopify for Video streaming services」とも言える事業で、サイトデザインから決済システム、動画や視聴者の管理などの機能をオールインワンで揃えています。
大手IPホルダーやインフルエンサー、アーティストのファンクラブ的な利用はもちろんのこと、趣味領域のハウツーコンテンツ、ニッチなテーマの学習コンテンツなどさまざまなシーンで活用される可能性を秘めています。
リリースしたてではありますが、2022年大いに成長が期待できるスタートアップです。
ドーガン・ベータ代表取締役パートナー 林 龍平
2021年のスタートアップシーン・投資環境について
昨年のこのアンケート企画では、コロナ禍をきっかけとして動き出したDXの潮流に対して、BtoBビジネス、特にSMBの生産性向上に立ちはだかる「現状維持バイアス」の存在を指摘させていただきました。特に地方や比較的古い業界においては、成功体験をもつシニア層や経営者層が「これまでのやり方で問題がなかったのだから、変える必要はないだろう」という固定概念を抱えがちです。コロナ禍との戦いに加え、この現状維持バイアスが、デジタイゼーションの阻害要因となるではないかといった内容でした。
今回は1年前の答え合わせをしようかとも思うのですが、結果的に現状維持バイアスを打ち破った事例を、スタートアップ界隈で多数見ることができました。変異株の出現などもあってコロナ禍が長期化して、デジタル化に向かうエネルギーが強まったことも要因ですが、課題解決に向けたスタートアップならではのマーケティング・プロダクト戦略で一点突破を果たした、またはその兆しが見えた企業を多数目にしました。
弊社投資先の具体的な事例については後述しますが、ユーザーの観察・ヒアリングから地道に突破口を探し、それをどの角度で課題の解決をするのか、そのPDCAサイクルをどう繰り返すのかというスタートアップのチャレンジは、並大抵のことではありません。また、マーケティング面においても、比較的リテラシーの高くない中小企業をターゲットした事業展開ではコミュニケーションコストが高くなりがちです。これをいかに抑え、ロータッチ、テックタッチのアプローチに置き換えていくかという地道な挑戦が求められますが、その「型」になりそうな事例も複数見つけることができました。
そういった意味で、まさに「中小企業DX」が2021年のテーマだったと感じます。マーケティング手法の多様化などにより、全国350万社といわれるSME市場がよりアプローチしやすい領域になっていると感じています。
特にこの変化は、私たちが拠点を置いている地方(編集注:ドーガン・ベータは福岡市に拠点を置いている)では顕著です。地方自治体や経済団体など、あらゆる場所でDX関連のセミナー・講演会が開催され、購買・製造・営業・人事・管理などあらゆる業務プロセスのDX化が唱えられています。
その課題をバーティカルに解決していくアプローチ、もしくは統合的なソリューションを提供するサービスなど、地方発でも多くのSaaSプレーヤーが活躍しており、加速度的な市場の広がりが期待できますし、エンタープライズ市場を獲得しそこから裾野を広げに行くというこれまで王道とされてきたスタートアップのマーケットアプローチについても、全く逆のボトムアップ戦略も取りうるような市場の素地が形成されている感覚もあります。
2022年の投資環境の変化や注目領域・プロダクトについて
ドーガン・ベータとしては、スタートアップファイナンスを起点としてスタートアップによる産業や雇用の多様化を実現し、結果として地域経済活性化に貢献したいという思いで投資活動をしています。したがって、特定の領域にテーマを絞って投資するようなスタンスではないので答えづらいというところはあります。あえて申し上げると、やはり先ほどの問いにも関連して、地方中小企業のDXが新たな局面を迎えるのではないかと考えます。
前述の通り、中小企業DXのムーブメントが熱く盛り上がった2021年ですが、それとは対象的に2022年は、中小企業DXそのものがガートナーのハイプ・サイクルになぞらえていうと「幻滅期」に入っていくのではないかと予測しています。それを念頭に置いた支援先の戦略立案支援や、投資のソーシング活動をしていきたいと思っています。
これは決して中小企業DXの潮流がぴたりと途絶えるとかそういうネガティブな見解ではなく、成熟に向けて新しいフェーズに移行するという意味です。2020~2021年にかけて、コロナ禍を追い風に展開されてきた政府・自治体を含めた生産性向上の大規模キャンペーンで巻き起こったDXの「流行期」が一段落し、より具体的な成果が求められるようになることを意味しています。
ハイプ・サイクルにおける幻滅期に次ぐフェーズは「啓発期」です。すなわち、流行期に脚光を浴びて高まった期待値のバブルが弾けて幻滅期が訪れ、「期待したほどのものではなかった」という一般認識が拡散する、しかしその後に来るのは、DXの恩恵が具体的な事例によっていくつも示され、気がつくと私たちの身近の至るところにそれがあるような状態となり、結果的に「DX」が日常に溶け込んで当たり前の世界となり、その言葉自体が忘れられていくというフェーズです。
つまり、私たちが真剣にDXの本質に迫ろうとすればするほど、DXという言葉が死語になっていくような世界を目指していくことになります。日本全国で同時多発的に多様なDXの成功事例が見られるようになるため、この課題に取り組むあらゆるスタートアップを支援すべし、と考えています。この山の登り方は、何通りも何十通りも存在しているように見えています。
また、2022年電子帳簿保存法、2023年にはインボイス制度の対応が義務化されていくなど、SMBを取り巻くデジタル化の圧力はこれからますます高まってきます。現状では生産性向上への意欲的な取り組みができていない中小企業にも、デジタル化の波は否応なく押し寄せてきます。逆に言うと、これまで顕在化していなかった市場にも、こういった外圧を利用してアクセスできる環境が生まれるということで、このあたりの潮目の変化についてはしっかり追い風にしていきたいところです。
また、DXとはまた別の視点になりますが、「ドーガン・ベータはなぜ地方で投資を行うのか」という投資命題としてのESGというテーマについても、チームを挙げて取り組んでいきたいと考えています。
これまで15年に渡り、福岡をベースにスタートアップ支援を通じて地域間の経済不均衡を解消するというチャレンジを続けてきた弊社としては、ESGに象徴される社会背景を踏まえ、この考察をそろそろ言語化しなければならないと感じています。例えば、地方ベースでのシードインベスターが起業家支援を通じてもたらす社会的・経済的インパクトを可視化できないかなど、これを九州内外の他地域に水平展開していくためにもそれこそ「型」をつくっていく必要があると考えていて、この領域に明るい専門家の皆様とも連携していければと思っています。
2022年に注目すべき投資先
正直なところ、個人的にはどの投資先にも注目していますし、皆さんにもぜひ注目していただきたいと思っているのですが、スペースの制限もあるということなので、前述したようなDXの本質に迫るという観点で、2022年の成長が楽しみな投資先を挙げさせていただきます。
JOINS:昨年のこちらの企画でも、コロナ禍をきっかけに「副業」がキーワードになりそうとお伝えしておりましたが、まさにこの切り口で地方企業のDXに欠かせないサービスに成長してきたのがJOINSです。
大企業の副業解禁やコロナ禍でリモートワークが主流となったことも大きく影響し、リモート副業人材で地方中小企業のデジタル化にまつわる課題を解決する、というアプローチが人知れず一般的になってきています。業務プロセス効率化のためのSaaS導入、ECサイト構築や改善、デジタル化に合わせた制度設計など、大企業ではすでに当たり前になっていてそれを経験している副業人材が、DXの伝道師となってリモートベースで地方中小企業をサポートするという「型」がいよいよ完成してきたと実感しています。
これから、多様化するマーケティングアプローチを使いこなすことで、2022年当社のサービスは「啓発期」に入っていくことと思います。
イジゲングループ:こちらは業務の効率化に限らず、いわゆる「デジタライゼーション」に挑戦するスタートアップです。自社で有する過去のアプリ開発・マーケティングやデザインの知見と自社のコンサルティングリソースを活用し、地方中小・中堅企業のDXを支援する「DX Studio」を展開しています。
特にユニークなのは、単にDXコンサルを提供するだけでなく、クライアント企業とジョイントベンチャー(JV)を設立し、そのJVをスタートアップの育成アプローチでその事業を一緒に伸ばしていくという部分です。
その具体的な事例として、イジゲングループは福岡市でお弁当仕出しを手掛ける老舗中小企業と共同で「PECOFREE」というJVを設立しています。中高生向けのランチの配食を担っている中小企業が、2020年コロナ禍で事業が停止してしまった中でイジゲングループと共同で編み出したプラットフォーム事業です。
現在は配食エリアにおいて、中高生の学校でのランチ向けのフードデリバリー事業を展開しています。ですが、すでに全国展開を見据えてエクイティファイナンスを実施しました。こういったかたちで、平場で日々地道な事業を展開している中小企業に、プラットフォーム的な発想を持ち込んでスタートアップライクな事業成長を企図する、そんな事例を量産できるのがイジゲングループの強みです。こういった事例が増えていくことで、日本の中小企業が日本をよりおもしろくしてくれることを強く期待しています。