
- アナログなやりとりが主流のオフィス不動産、コロナ禍で課題が深刻に
- 膨大なデータを集約し「これだけ見ておけば大丈夫」を実現
企業にとって“オフィス”は社員が集い、新たな価値が創造される大切な場所だ。新型コロナウイルス感染症を1つのきっかけにオフィスの在り方や考え方も変わりつつあるものの、その重要性自体は変わらないだろう。
そんなオフィス物件の情報が借り手となる企業に届くまでには、今でもアナログな工程が多く残されている。事業者間での情報共有は電話や対面のコミュニケーションのほか、紙やPDFを使ったやりとりが主流だ。膨大な情報に埋もれてしまい、オフィスを探す企業に適切な情報が届かないことも珍しくない。
2018年設立のestieではこの領域にデータとテクノロジーを持ち込み、オフィス不動産の取引や情報の流通をなめらかにする挑戦を続けてきた。
同社の主力事業である「estie pro」は全国8万棟以上のオフィスビルの物件情報を網羅したデータベースだ。空室情報や募集賃料、入居テナントなどの情報を1カ所に集約し、ビルオーナーや不動産管理会社、仲介会社、資産運用会社などに対して提供している。
網羅的かつ連続性のあるデータと分析機能がユーザーからは好評で、東急不動産や野村不動産など大手事業者を中心に数十社が導入済み。サービスリニューアルを実施した2020年7月から2021年12月にかけて継続的な成長を続けており、MRR(月次経常収益)は約14倍に拡大している。
estieでは新たにグロービス・キャピタル・パートナーズ、東京大学エッジキャピタルパートナーズ、グローバル・ブレインの3社を引受先とした第三者割当増資により約10億円の資金調達も実施。組織体制を拡充し、さらなる事業拡大を見据えている。
アナログなやりとりが主流のオフィス不動産、コロナ禍で課題が深刻に
estieで代表取締役CEOを務める平井瑛氏は大手不動産デベロッパーである三菱地所の出身。業務を通じて日本のオフィス不動産市場のデジタル化が進んでいないことに課題を感じ、東京大学時代の友人たちと立ち上げたのがestieだ。
同社では上述したestie proと、企業のオフィス探しをサポートする「estie」の2つのサービスを手掛ける。
前者はビルオーナーや管理会社と仲介会社の間の情報共有を、後者は仲介会社とエンドユーザーとなる企業の間の情報共有を後押しするのが役割。もともとは“オフィス版のSUUMO”とも言えるestieから始まった会社だが、現在はestie proに特に力を入れているという。

冒頭でも触れた通り、estie proが扱うオフィスビルの情報は、従来アナログなかたちでやりとりされてきた。
たとえばビルオーナーは数百社の仲介会社に向けて、保有する物件の空室情報を紙やPDFで毎月配信する。一方の仲介会社側は、多い場合には数百社から1000社ものオーナーから送られてきた物件情報を社内システムなどに手作業でまとめていく。
会社の規模などに応じて細かい違いはあれど、オフィス不動産の領域ではこうした業務が日常的に発生しており、「網羅的なデジタルデータ」が存在しなかったからこそ、各社が同じような作業をしているのだという。
もともとテクノロジーを活用することで改善できる余地は大きかったが、コロナ禍で事業者側の課題が一層大きくなった。対面でのコミュニケーションが難しくなり情報交換が滞ってしまったことに加え、仲介会社の元に「さばき切れないほど」の空室情報が寄せられるようになった。
そうなると、人材が豊富な一部の大手企業を除き、多くの仲介会社は特にニーズの強いエリアなどに絞って情報を取捨選択せざるを得なくなる。結果として、エンドユーザーがいざオフィスを探そうと思った際に「物件情報が更新されていない」といった問題が発生しやすくなった。
また、ビルオーナーや管理会社は仲介会社に対して空室情報を提供するのと同時に、賃料などの募集条件を決めるために仲介会社へヒアリングも行っている。当然ながらこのヒアリングについても従来と同じようなやり方ではできなくなってしまったため、ビルオーナーや管理会社においても早急に新たな手段が必要となった。
つまり「事業者間でのデータ流通の構造がアップデートされてこなかった」ことによって生じた課題を解決するための手段として、各プレーヤーのestie proへのニーズが高まったわけだ。
膨大なデータを集約し「これだけ見ておけば大丈夫」を実現
estie proの特徴は「データの網羅性と継続性にある」と平井氏は話す。
同サービスでは全国8万棟・40万フロアの建物情報、500万坪の募集情報、24万件の賃料情報、都⼼20万件の⼊居企業情報などをカバーしており、日々更新されていくそれらのデータに「ブラウザを開けばすぐにアクセスできる」環境を整えた。
estie proが扱う情報の中には“ウェブ上で検索するだけでは手に入らない”データも多い。たとえば住居用の賃貸物件と異なり、オフィスビルは賃料が公開されていないことも珍しくない。平井氏によると、都心のオフィスビルの場合、ウェブで賃料が開示されているのは10%ほど。一方でestie proであれば70%ほどの物件の賃料情報がわかるという。

これを可能にしているのがestieが構築してきた業界でのネットワークだ。
不動産デベロッパーや管理会社、仲介会社を含む50以上のパイプラインを築き上げ、データ連携などによって日々情報が集まってくる仕組みを作った。また過去のデータしかない物件に関しても、独自のアルゴリズムで賃料を推定する機能を開発している。
そのためユーザーは「今までは関係者にアポをとって電話や対面でヒアリングをしたり、大量に送られてきたPDFを整理しないとわからなかった情報」にもestie proを使えばすぐにたどり着ける。
「オフィス不動産業界においては『これさえ見ておけば大丈夫』というオールインワンパッケージになっています」(平井氏)
estie proの利用料金は月額数十万円から数百万ほど。利用規模やデータ提供の度合いによっても料金が変わる。自社が保有するデータを提供することでestie proをより安価に使えるため、estieにデータが集まってきやすい構造になっているのもポイントだ。

既存事業が拡大する中で、estieでは今後サービスの幅を拡張しながら「マルチプロダクト戦略」を推し進めていく方針。今回調達した資金もそのための採用強化が大きな目的で、現在は約30人のチームを2022年内に80人規模まで拡大する計画だという。
海外では、オフィスに限らず商業用不動産領域で幅広く事業を展開するCoStarグループの時価総額が3兆円を超える。平井氏自身、三菱地所時代から同社の存在を知っていて「CoStarのような企業がなぜ日本にはないのか」と考えたことが、この領域で起業を考える1つのきっかけにもなった。
現時点ではまだまだ事業規模の差は大きいものの、estieとしても新サービスに挑戦しながら、不動産業界のバリューチェーン全体のDXに取り組んでいきたいという。