鹿島アントラーズFC代表取締役社長兼メルカリ取締役President(会長)の小泉文明氏
鹿島アントラーズFC代表取締役社長兼メルカリ取締役President(会長)の小泉文明氏
  • リアルの楽しさを膨らませることが重要
  • 地理的条件を逆手に取った「バス移動の時間」のエンタメ化
  • ロースコアのスポーツだからこそ提供できるNFTの価値

無観客開催、その後の観客数の制限(収容人数の50%)など、2020年に引き続き、2021年も新型コロナウイルス感染症の影響でさまざまな制限が課せられたスポーツ業界。2020年と2021年は新型コロナウイルス感染症の影響でさまざまな制限が課せられたスポーツ業界。今もオミクロン株による「第6波」への懸念もあるが、現状2022年は入場制限なしで満員の観客動員を目指す方向へとかじを切っている。

すぐさまコロナ前の盛り上がりが戻る、というわけにはいかないが、スポーツ業界が少しずつ活気を取り戻していく年になるだろう。そんな2022年のスポーツビジネスはどうなっていくのか。鹿島アントラーズFC代表取締役社長兼メルカリ取締役President(会長)の小泉文明氏に話を聞いた。

リアルの楽しさを膨らませることが重要

──2021年はスポーツ経営、クラブ経営においてどういう1年になりましたか。

当社に限らず全般として、やはりコロナの影響が続きました。年始のタイミングでは外国人の入国が遅くなり、鹿島アントラーズもチームビルディングのタイミングが遅くなりました。監督が考えるサッカー、戦略などがすり合わせきれず苦しんだ部分もあります。外国人監督、外国人選手の合流遅れは、チームによっては結構ダメージが出る状況にもなりますし、2022年もそういったケースは起こりうると想定して動いていこうと思います。

それに加えて、観客数の上限が収容人数の50%に制限されたこともクラブの経営に大きく影響しました。チケット収入はもちろんのこと、スタジアムに観客が来ないのでグッズ販売が落ち込みました。観客に関しては、2022年は今のところ観戦席の間隔を前後左右1席飛ばしにしない方向性で動いているので、“満員のスタジアムが生む迫力”は2022年2月のシーズン開始から戻ってくるのかな、と思います。

──グッズ販売の落ち込みは想像以上に影響が大きかったということでしょうか。

コロナ禍でECサイト経由でのグッズの売り上げは増えましたが、やはりグッズはスタジアムに来て、試合を観たテンションで買ってもらう要素も大きいので、観客数が制限されるのと比例してダメージを受けました。

グッズは「(購入前に)実際に手に取ってみたい」という消費者心理もありますし、スタジアムは “ついで買い”をする場所でもあります。例えば、​​スタジアムグルメを購入するついでに、偶然通りかかったショップでグッズを購入したりしますよね。ECではどうしても“目的買い”になってしまうので、そこには大きな壁があります。

──この2年間、さまざまな制限がある中で、クラブのOBたちと過去の試合のアーカイブ動画を観戦するオンラインイベント「鹿ライブ」を開催したり、クラブのスローガン「Football Dream」に発想を得た新たなアパレルブランド「F.D.」を作ったり、試行錯誤を繰り返したと思います。スポーツビジネスはどのようになっていくと思いますか。

お客さんがオンラインでの楽しみ方を知ってしまった以上、今までと同じようなやり方でお客さんをオフラインに戻すのは少し難しいと思っています。だからこそ、引き続きオンラインで楽しめる要素は提供しつつ、「スタジアムに足を運んだらもっと楽しい」と思ってもらえるようなコンテンツをいかにつくるか。そこが勝負のポイントだと思います。

カシマスタジアムの外には子どもたちが遊べる遊具などのコンテンツが用意されている ©KASHIMA ANTLERS
カシマスタジアムの外には子どもたちが遊べる遊具などのコンテンツが用意されている ©KASHIMA ANTLERS

テスト的にですが2021年はスタジアムの外に子どもたちの遊び場を設置し、どう滞在時間を伸ばすか、どうスタジアムに来る楽しみを作れるか、ということにもトライしました。ファミリー層がサッカー観戦をするだけではなく、試合開始より少し早く来てもらって、半日楽しめる場所にしたいんです。

また、スタジアムをホームタウンの中学生の職業体験の場として活用し、地元の店舗と地元の中学生が共同で開発したハンバーガーなどの食品を販売したところ、見事売り切れたということもありました。まだまだ、工夫の余地はたくさんあります。

カシマスタジアムにはコンコース(通路)の外に広いスペースがあり、スタジアムの外にサブグラウンドもあるので、いろんなコンテンツが設置できるはずです。サッカー観戦をメインとしながら、食やイベントを増やして体験価値を上げることを考えています。そして、リアルの楽しさをもっとふくらませたいです。

地理的条件を逆手に取った「バス移動の時間」のエンタメ化

──クラブの経営という面では2022年、売り上げをコロナ前へ戻していくという想定ですか。

そこは戻していかなければいけない、と思っています。ただ東日本大震災の時(2011年)も、震災前の水準に戻すには4〜5年かかりました。何もしなければ今回もそれくらいの時間を要すると思っています。

まずは離れてしまったファン、サポーターを早期に取り戻す。既存のファンをもう一度振り向かせることができてから、新規ファンの獲得も考えていかなければいけないと思っています。やはり今までのコアファンを大事にし、スタジアムの熱狂を復活させてからが勝負だと思っています。

──鹿島アントラーズは東京近辺にファンが多いのも特徴です。コロナ前のカシマスタジアムで試合がある日は、東京駅に赤いユニフォームを着ている人も多くいました。ですが今は、コロナ禍で東京駅から高速バスで2時間弱かけてカシマスタジアムに通う人は少なくなったような気もします。

オンラインでの視聴も一般化してますし、スタジアムにいかに足を運んでもらえるかは重要な課題です。そういう意味では「バス移動の時間」もエンタメ化したいと思っています。クラブ内のセールスチームとも話しているのですが、1時間半〜2時間も同じ趣味を持った人たちが同じ空間にずっとい続けるのはまれじゃないですか。そこで過去の試合を見たり、パートナー企業製品のサンプリングやアプリの紹介などのアクティビティを入れたりすることもできるのかな、と思います。

また、移動中は時間もあるのでWi-Fiを提供し、そこに広告を流してプロモーションすることで、企業のサービスやアプリのCPA(顧客獲得単価)を効率化できるかもしれない。さまざまな企業と連携して、将来的にはバスでの移動コストも下げていきたいです。都心から遠い点が立地的に不利だと思われがちですが、その分、小旅行的に早く来て楽しめる場所を設置したり、バスの移動時間を楽しめるようにしたり、地理的条件を逆手に取ってやれることはまだまだあるんじゃないかなと思います。

──来場する魅力を伝える手段として、何か取り組んでいることはありますか。

ウェブサービスなどでは一般的な「カスタマージャーニー(顧客が商品やサービスを知り、購入・利用意向をもって実際に購入・利用するまでの道のりのこと)」をサッカーチームにも当てはめて考えています。

具体的には試合の前々日くらいからワクワクさせ、当日の朝の移動でどう楽しませるのか。スタジアムに来てからもスタジアムグルメやグッズ、子ども向けイベントも含めて、どう楽しんでもらうか。そして試合後のバス移動、帰った後の次の試合のチケットをどのように買ってもらうのか。サッカーの試合自体は2時間ほどですが、カスタマージャーニーは長いので、ここに向き合うことで一連の体験価値は上がっていくと思います。

鹿島アントラーズのクラブ公式アプリ  ©KASHIMA ANTLERS
鹿島アントラーズのクラブ公式アプリ ©KASHIMA ANTLERS

そのために昨年からクラブ公式アプリの運用を始めました。例えば、お知らせのタブでは試合前後にコンテンツを発信することで気持ちを盛り上げてもらい、チケットを購入できる導線も用意しておく。また将来的には、アプリ経由でグッズを購入すれば、試合当日にスタジアムの売店でピックアップできるようにする。一連のカスタマージャーニーをアプリでサポートしていく流れをこれからも整えていきたいと思っています。

──Jリーグ全体として、コロナ禍で何か進歩した部分はありましたか。

ひとつはクラウドファンディングの活用です。僕らも2020年、2021年にクラウドファンディングを通じて寄付を募りました。2021年に実施したアカデミー(クラブの選手育成組織)の専用グラウンドを作るためのクラウドファンディングでは、約2億4500万円を集めることができました。

業界全体として、コロナの1年目は助けを求めるというか、援助の側面が強かった印象があります。ただ、2年目となると支援の目的により共感してもらう必要があります。鹿島アントラーズは「アントラーズの未来をみんなで」というテーマのもと、育成強化を目的としたアカデミー専用のグラウンドを作るためにクラウドファンディングを実施しました。プロジェクトでは今のユースの監督を務める柳沢敦さん、テクニカルアドバイザーの小笠原満男さん、クラブ・リレーションズ・オフィサーの中田浩二さんが先頭に立ち、「未来のアントラーズを僕たちが作るので、そのフィールドを作りましょう」と呼びかけました。

だからこそ、プロジェクトが多くの共感を生み、億単位のお金が集まった。スポーツ業界がこういった取り組みを続けていけば、新しい資金調達の形として定着していくのではないかと思います。

ロースコアのスポーツだからこそ提供できるNFTの価値

──来年以降、スポーツ業界ではNFT、スポーツベッティングで動きがあると思っています。実際、メルカリはパ・リーグ6球団、パシフィックリーグマーケティングと連携し、パ・リーグ6球団の名場面やメモリアルシーンをコレクションできる「パ・リーグ Exciting Moments β」の提供を開始しています。

パ・リーグ Exciting Moments βもそうですが、映像のNFT化は大きな可能性があると思っています。鹿島アントラーズでも過去のタイトルを獲得した試合の映像など、さまざまな映像コンテンツがあるのでJリーグやライツホルダーと連携しながら、将来的にはNFT化して自由に売買や二次利用ができるようにしたいと思っています。これもスポーツビジネスにおける新しい収益の生み出し方だと思います。

鹿島アントラーズは2020年にコロナで試合が無い時期に、YouTubeのJリーグ公式チャンネルとNHK BS-1で鹿島アントラーズの過去の試合が配信・放送されるのに合わせ、OBたちと過去の試合をアーカイブ動画を観戦するオンラインイベント「鹿ライブ」を開催しました。鹿ライブでは視聴者が投げ銭できる仕組みも取り入れました。

それまで、自分は投げ銭される瞬間はリアルタイムでゴールが決まったタイミングだと思っていたのですが、実際に鹿ライブをやってみて、実はファンの間で語り継がれるようなシーンに対して投げ銭する人が多いことに気付きました。例えば、鹿島アントラーズが3冠を獲得した2001年のジュビロ磐田戦で小笠原満男さん(元鹿島アントラーズ・元日本代表選手)のフリーキックで勝った試合があります。

ファンの多くはそのシーンがどういうものかわかっているのですが、そのシーンが流れた瞬間に一斉に投げ銭をする。サポーターは過去の良いコンテンツにもお金を出すんだな、と感じました。良いものは時間が経っても良いものに変わりはない。

特にサッカーはロースコアのスポーツなので、1点の価値が重い分、NFT化に向いていると思います。「モーメント(試合の場面)」を切るときに、サッカーの決勝点は得点がたくさん入るバスケットボールのようなスポーツと比べて希少価値が高い。自分が好きなディフェンダーの選手がシーズンに一度か二度あるかわからないヘディングでゴールを決めた映像をNFTとして保有できるのであれば、お金を払ってでも手にしたいと思うはずです。

──スポーツベッティングについてはいかがでしょう。

現状、日本にはスポーツくじ(toto・BIG)があるので、スポーツベッティングにも可能性はあると思います。ただ、日本には法規制の問題もあります。今すぐに、というわけにはいかないので、ヨーロッパやアメリカなど海外の事例も見つつ、きちんと法律まわりのケアをしていく必要があるでしょう。

将来的にはスポーツベッティングなどを通じてスポーツ業界全体だけでなく、子どもや教育の支援など社会課題の解決のためにお金が回る仕組みが構築されればいいかなと思います。実際、スポーツくじのおかげで公園が整備されている事実もある。スポーツを中心に社会全体にお金が回るような仕組みができれば、ありだと思います。

──最後に2022年以降のスポーツビジネスのあり方について教えてください。

スポーツ業界の今後を考えると、NFTやスポーツベッティングは収益を生み出す新しい方法だと思っています。今後はスポーツ業界のビジネスモデルはチケット、グッズ、広告だけでなく、クラウドファンディングをはじめ、どんどん多様化していく。テクノロジーとかけ算することで新しい資産ができる時代になっていくと考えています。