
2030年までに10億人により良い教育、スキル、仕事を提供する──2020年1月に開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で提唱された「リスキリング革命(Reskilling Revolution)」によって注目を集めたリスキリング、いわゆる“学び直し”。
日本でも経済産業省が「リスキル講座(第四次産業革命スキル習得講座)認定制度」を2017年に立ちあげ、厚生労働省の「教育訓練給付制度(専門実践教育訓練)」と連携して助成金を出す仕組みをつくるなど、新たなスキルの獲得を支援している。
コロナ禍による働き方の多様化、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進によって、職業などで必要とされるスキルが変化。こうした環境変化に対応するため、社会人が新たなスキルを習得する動きが活発になっている。ビズリーチが実施した「リスキリングに関する調査レポート」によれば、回答者の約5割がリスキリングに取り組んでいるという。
そうしたリスキリングの盛り上がりを背景に、2021年4⽉に立ち上がったのが女性向けのオンラインプログラミングブートキャンプ「Ms.Engineer(ミズエンジニア)」だ。

Ms.Engineerは未経験から最短6カ月でエンジニアを育成する、⼥性のためのオンラインプログラミングブートキャンプ。カリキュラムはシリコンバレー式のエンジニア養成スクールとして知られる「Code Chrysalis(コードクリサリス)」と提携を行っており、ライブ形式の授業で初心者向けの基礎的な技術のほか、応用技術を学ぶことができる。
価格は初心者向け基礎講座が9.9万円、プロフェッショナルになるための応用技術が132万円(いずれも税込)となっている。運営元であるMs.Engineer代表取締役の山崎ひとみ氏によれば「一般的なプログラミングスクールと比べると授業料は約2倍となっている」とのことだが、本気でエンジニアを目指す人にターゲットを絞るため、高めの価格設定にしているという。これまでに0期、1期を開講し、合計37人が受講している。
そうした反響を受け、本格的に事業を伸ばしていくために、Ms.Engineerは1月19日にNOW、iSGSインベストメントワークス、freee共同創業・CTOの横路隆⽒、アル代表取締役の古川健介⽒などから総額7500万円の資⾦調達を実施した。今回調達した資⾦は、規模の拡大に向けた人材の採用、国内IT企業とのパートナーシップ強化に充てるという。
日本の女性エンジニアの割合はわずか20%
Ms.Engineerの設立は2021年11⽉。もともと、PR・マーケティング事業や動画を中⼼としたクリエイティブ制作を手がけるアタラシイヒ(旧社名:HINT)のいち事業として2021年4月にスタートを切ったが、途中で事業を分社化し、Ms.Engineerの設立に至った。
代表の山崎氏は新卒でサイバーエージェントに⼊社し、コミュニティーサービス「アメーバピグ」の⽴ち上げのほか、⼥性向けキュレーションメディア「by.S」の編集⻑を務めた経験を持つ人物。2015年にサイバーエージェントを退社した後は、⼥性向け動画メディア「C CHANNEL」の編集⻑を務め、2016年に先述のアタラシイヒを設立した。

メディアやマーケティング、PRなどの領域でキャリアを積んできた山崎氏が「プログラミングブートキャンプ」を立ち上げた理由は、現在のパートナーの存在が影響している。
「パートナーはもともと営業職だったのですが、プログラミングスクールに通ってエンジニアにキャリアチェンジした人なんです。また、パートナーがエンジニアになってから(コロナ禍によって)フルリモートで働いている姿を見て、この働き方を女性が実現できれば、女性の働き方の可能性が広がるのではないかと思ったんです」(山崎氏)
女性の働き方に関しては、コロナ禍で環境が大きく悪化した。⼥性の雇⽤環境の悪化や⾃殺率が増加したことにより、女性(シー)と不況(リセッション)を合わせた「シーセッション」という造語も生まれており、世界的に深刻な問題として捉えられている。
「コロナ禍で女性の非正規雇用の割合は53.6%と男性(22.4%)の2倍以上となっているほか、女性の自殺者数が2年ぶりに増加となっているというニュースを聞いたときは衝撃を受けました。女性の雇用環境が悪化している一方、IT業界に目を向けてみると、エンジニアは慢性的に人材不⾜が続いており、エンジニアの⼥性⽐率はわずか2割です。⼥性の雇⽤環境が悪化しているのに、IT業界は⼈⼿不⾜でジェンダーギャップがある。女性エンジニアの比率を高めることができれば、その矛盾を解消することができると思ったんです」(山崎氏)
そうした思いから、⼥性のためのオンラインプログラミングブートキャンプを立ち上げることに決めた。一般的なプログラミングスクールは(受講者の)男性の割合が多いことから、学びやすい環境をつくるため、女性限定にしている。
また、オンラインプログラミング学習サービスはすでにいくつもあるが、「ひとりで学習していくスタイルでは、なかなかモチベーションを維持できない」(山崎氏)とのことで、ブートキャンプ型のプログラミング学習サービスになっているという。途中で挫折させないために、IT企業で働く現役のエンジニアが専属コーチとして、オンラインで質問に答えてくれる仕組みも用意されている。
「Ms.Engineerのターゲットは20代後半から30代以降の社会人女性です。彼女たちを未経験から(市場価値の高い)即戦力のエンジニアにするためには、高度なカリキュラムを受講してもらうことが何より重要になります。だからこそ、Code Chrysalisとカリキュラムを提携することにしました。Code Chrysalisのカリキュラムはペアワークやグループワークも多くあるため、受講者は学習のモチベーションを維持しやすいと思います」(山崎氏)
社会全体における、女性エンジニア比率を高めていく上で重要になるのが、Ms.Engineerのカリキュラムを修了した後のキャリアだ。学んで終わり、というだけでは女性エンジニアの比率を高めていくことにつながらない。そこでMs.Engineerは複数のIT企業と連携し、受講者限定の実践的な就業機会の場を設けるほか、特別採⽤選考フローなどを提供し、エンジニアとして働くための道をつくる予定だという。
現在、3月に開講予定の2期⽣を募集しているMs.Engineer。今後、年間で数百人の女性エンジニアを輩出できるように、Ms.Engineerの規模拡大を目指していく。