
- 女性の健康とウェルネス特化のVC・Coyote Ventures
- 2027年までに約138兆円規模に成長すると予測する理由
- 大企業のフェムテック領域への参入
- 2022年のフェムテック業界の動向予測
2021年の新語・流行語大賞に「フェムテック」がノミネートされるなど、今まで以上に大きな注目を集めたフェムテック業界。
女性の健康とウェルネスに特化したVC・Coyote Venturesと、フェムテック領域の情報配信やスタートアップサポートを行うNPO団体・Femtech Focusの予測によれば、フェムテック市場は2027年までに1兆1860億ドル(約138兆円)の市場規模にまで成長するという。今後さらなる成長が期待されるフェムテック市場だが、2022年以降は具体的にどのような領域が盛り上がるのか。
今回の記事では、Coyote VenturesとFemtech Focusが出版する2021年のフェムテック市場総括レポートの一部を解説しながら、Coyote Ventures創業者の2人にフェムテック市場の課題や可能性、2022年に注目する領域などについて聞いた。
女性の健康とウェルネス特化のVC・Coyote Ventures

Coyote Venturesは、女性の健康とウェルネスに特化した、主にアーリーステージのスタートアップに投資するVCだ。植物由来の人工肉などを開発する「Impossible Foods(インポッシブル・フーズ)」の12番目のメンバーとして、新製品の開発・発売をリードしたバイオ研究者のジェシカ・カーと、米国最大のフェムテックコミュニティ・Femtech Focusを設立し、分子・ヒト遺伝学でPhD(博士号)を持つブリタニー・バレットがタッグを組む形で2021年に誕生した。
最近のフェムテック業界への注目を受け、さまざまなフェムテックリサーチ団体やファンドが誕生しているが、筆者は個人的に同社のリサーチは最も信憑性のある情報源のひとつだと感じている。主な投資領域は、コンシューマー向けの製品やサービス、デジタルヘルス、最低限の法的管理が必要なクラスIの医療機器だ。昨年の設立以来、すでに4社に投資している。投資先を簡単に紹介する。
40歳以上の女性のホルモンの変化を助けるサプリなどを開発する「Wile」

40歳以上の女性のホルモン変調による体調や気分の変化をサポートするサプリなどを開発するWileは、Johnson&Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン)からイノベーションのための助成金を獲得している。プレシードながら、すでに米大手高級オーガニックスーパーのWhole Foods Market (ホールフーズ・マーケット)や大手薬局などで販売されており、2022年第2四半期までにSPAC経由でのIPOを予定している。
セクシャルウェルネス製品のD2C「maude」

maudeはセクシャルウェルネス製品のD2Cスタートアップ。コンドームやバイブレータ、潤滑油、アロマキャンドルなどを販売している。映画『Fifty Shades of Grey(フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ)』の主演女優・ダコタ・ジョンソンも投資しており、彼女がクリエイティブディレクターに就任したことでも話題になった。
米大手百貨店のNordstroam(ノードストローム)やBloomingdales(ブルーミングデールズ)、米アパレルのUrban Outfitters(アーバン・アウトフィッターズ)でも販売されており、2021年は前年比200%以上の成長を見せている。
子宮内膜症を非侵襲で診断する「Hera Biotech」
Hera Biotechは子宮内膜症を非侵襲で診断する方法を初めて開発したスタートアップ。世界中の15〜44歳の女性の10~20%が子宮内膜症を罹患していると推定されているが、今までは侵襲的な診断方法しか存在しないため、米国の女性が実際に診断を確定するまでには、平均で7〜12年ほどかかっていた。
しかし、同社の手法では、患者の子宮内膜のサンプルを院内で採取するため、外科的な生検が不要。すぐに診断を受けることができる。
生理用品を開発する「The Flex company」

The Flex companyは生理カップやディスクなどの生理用品を開発、販売するスタートアップ。2016年にY Combinatorを卒業している。Target(ターゲット)、CVS、Walgreens(ウォルグリーン)など米大手小売で販売されており、2021年には売上が前年の2倍になったという。
2027年までに約138兆円規模に成長すると予測する理由
米調査会社CB Insightsが2021年に発行したレポートでは、現在のフェムテック市場は350億ドル(約3.8兆円)で、2025年までに500億ドル(約5.5兆円)にまで拡大すると予想している。
一方、2021年のBloombergの記事では、更年期市場だけでも6000億ドル(65.4兆円)になると言われている。マーケットデータが混雑する中、Coyote VenturesとFemtech Focusは、昨年、新たにマーケットを2027年までに約138兆円規模に成長すると予測した。どのようにして、この数字になったのか。その背景を見てみよう。
まず、Coyote VenturesとFemtech Focusは更年期の症状や生理中の女性が体験する症状、女性が体験しやすい片頭痛や免疫系疾患など125個の領域を特定した。その後、各領域の市場規模を足していくと、約138兆円になるという。これらの125個の領域には現状で市場規模が明らかになっていないものもあり、今回の市場予測は明らかになっている情報のみを利用している。

レポートでは、フェムテックで現在取り組みが進む領域についても分析を掲載している。Femtech Focusは、現在アクティブな900件以上の世界中のフェムテック系スタートアップをまとめたデータベースを構築している。
このデータベースには「毎月約20社が追加されている」(バレット氏)とのことで、市場の急速な成長を感じた。その内訳を見てみると、フェムテックスタートアップの51%が、生理、妊婦の健康、不妊治療、セクシャルウェルネス系の課題解決に取り組んでいる。一方、慢性疾患に取り組むのは、わずか1%ほどとなっている。
先進国であるはずの米国だが、女性の健康とウェルネスに関する課題は山積みだ。例えば、妊産婦の死亡率は年々増加しており、先進国の中で最も妊産婦の死亡率が高い国となっている。また、生理用品が手に入らないために学校に行けない子どもが5人に1人いるという。生理用品の環境への影響も深刻だ。米国では、毎年200億個もの生理用品が埋め立てられている。
富裕層をターゲットにした製品には、飽和状態に近づく領域もある一方、有色人種、発展途上国や低所得の女性などをターゲットにしている企業はまだ少ない。女性の子宮の健康、メンタルヘルス、慢性疾患、循環器系の分野では、市場規模が大きく、需要が高いが、参入している企業が限られているため、イノベーションの大きなチャンスがあるという。

こちらの表は、1990年以降のフェムテック企業のイグジット数を製品カテゴリごとに示している。1位は医療機器、2位は診断、3位はコンシューマー向け製品となっている。コンシューマー向け製品に取り組むフェムテック企業は、全体の25%を占めており、最も競争が激しい領域だが、イグジット数に限っては医療機器領域の6.5%、診断領域の10.7%には遅れをとっている。
コンシューマー向け製品では近年、自己免疫疾患の症状を抑えるアプリ、女性特有の症状を抑えるアプリ、特定のメンタルヘルスの症状を抑えるアプリなどが登場している。特にデジタルヘルス分野では、自己免疫疾患や女性特有の症状、特定の精神疾患などを対象としたアプリが複数あり、これらのアプリをユーザーベースで獲得する大規模なヘルスケアシステムが今後数年間で増加すると予想される。
Coyote Venturesによれば、コンシューマー向け製品の領域は今後スタートアップ同士の合併・買収による業界の再編が進むと予想している。
大企業のフェムテック領域への参入
また、大企業がフェムテック業界に進出、もしくは既存領域として強化するケースが増えてきている。例えば、昨年6月、大手製薬メーカーMerck(メルク)が女性の健康をターゲットにした新会社・Organo(オルガノン)の設立を発表した。大企業がフェムテック事業に新規参入する、もしくは既存事業をさらに成長させる際、Coyote Venturesによれば、まずは情報収集が必要だという。
フェムテック専門ファンドにLP出資をする、もしくは、世界中で開催されるイベント(HITLAB、Kiascoなど)に参加をすることで、フェムテックエコシステムでの現状を把握する。まずは、オンラインのコミュニティに参加してみるのが良いだろう。
筆者自身、Femtech Focusのポッドキャストや、Femtech Insiderで配信されるニュースなどは日々チェックしている。エコシステムに入ることで、スタートアップ情報やトレンドが手に入り、効率的に協業パートナーや投資先が見つけられる。
2022年のフェムテック業界の動向予測
さて、2022年のフェムテック業界はどのような動きが予測されるのか。バレット氏によると、遠隔モニタリングが引き続き成長するという。妊婦や出産後の女性が病院に来ることなく、医療機関に相談できるような仕組みは出てきているが、その他の症状においてもパンデミックの影響で引き続き成長が見込まれる。遠隔モニタリングと共に、筆者が以前の記事でも紹介した自宅での検査・診断・処方薬なども便利さの観点から、引き続きトレンドとして残っていくだろう。
次に注目しているのは、CBD(大麻草に含まれるカンナビノイドの成分の一種)や新しいメンタルヘルス治療だという。実際にCBDを活用し生理痛を和らげるタンポンを開発する「Daye(デイ)」なども出始めている。サイケデリック医薬品などの代替メンタルヘルス治療法に関しては、性被害や性虐待などから起こるPTSD治療法への活用に注目しているそうだ。
また、定期的なホルモン検査も伸びていくという。血液や尿、唾液などから定期的にホルモンをモニタリングし、食欲の変化や片頭痛などの不調、不妊との関連を理解し、女性が自分の体調をコントロールするような仕組みだ。カナダベースのEli Health(イーライヘルス)は、唾液を使ったホルモンモニタリングデバイスを開発している。
今回話を聞いてみて、一貫して感じたのは、女性が自分の身体のリズムを知って、より良い生活・人生を歩んでいくニーズが消費者側から高まっているということだ。原因がわからない不調によって振り回されるのではなく、身体や心の不調のサインを受け取り、改善していく。2022年は、そうしたニーズを満たすプロダクトが増えていきそうだ。