enechain代表取締役社長の野澤遼氏
enechain代表取締役社長の野澤遼氏

2016年4月に始まった電力の小売全面自由化。これまで東京電力や関西電力といった地域ごとの大手電力会社から購入していた電力を、「新電力」と呼ばれる小売電力販売会社からも電力を購入できるようになった。以降、新電力の数は増加し、今では全国に700社以上が存在する。

新電力の中には大手電力会社よりも低価格で販売するプレーヤーもいる。低価格やフレキシブルな料金プランを提供することで利用が進み、現在、東京エリアにおいて新電力のシェアは20%を超えるという。

発電能力を持たない多くの新電力は、発電を行う卸売企業から電力を購入し、一般企業や消費者に販売する。だが、小売価格は固定価格な一方で、卸売価格は大きく価格が上下する。そのため、仕入れ価格が販売価格を上回り、経営破綻に追い込まれる新電力プレーヤーも出てきた。

例えば、2021年3月には新電力大手のF-Power、同年5月にはスタートアップのパネイルが、電力の仕入れ価格の高騰などを理由に収益が悪化したことを受け、東京地裁に民事再生法の適用を申請した。

こうした市場の課題の解決を目指し登場したのが、新電力などと電力卸売企業とをつなぐ、エネルギー関連商品のマーケットプレイス「eSquare」だ。小売では25兆円規模、卸売では9兆円規模とも言われる電力市場において、電力価格の適正化を目指している。

エネルギー関連企業をマッチング、適正価格での取引を実現

eSquareを展開するのは2019年7月設立のスタートアップ・enechain。同社代表取締役社長の野澤遼氏は起業する以前、関西電力やボストン・コンサルティング・グループの電力チームなどに所属。15年にわたり電力業界に身を置いてきた人物だ。

これまで新電力や電力会社が電力を売買する際には、取引先を探し、都度個別に交渉するという大きな負担が発生していた。そこでeSquareでは、電力や液化天然ガスといったエネルギー関連商品の事業者同士をマッチングし、マーケットプレイス上でのオンライン取引を可能にした。

新電力にとっては卸売業者から毎度見積もりを取り、提示された価格で電力を仕入れるのが一般的だったため、適正価格が見えづらいという課題もあった。そのため、eSquareではマーケットプレイス上でのトランザクションなど多様なデータをもとに、適正価格を見える化している。

eSquareには現在、新電力、電力会社、ガス会社を含む、国内外・120社以上のエネルギー関連企業が登録している。enechainの主な収益源は取引ごとの手数料だ。野澤氏は手数料の詳細や売上の規模については明言しなかったが、正式ローンチから約1年で120社以上を集めたことに自信を見せた。現在、eSquareに登録する企業の7割が新電力を含む“買い手”で、3割が“売り手”だが、野澤氏によれば、マーケットプレイス上では買い手と売り手が入れ替わることも珍しくないという。

「例えば夏に価格の高騰を恐れて多くの電力を購入したものの、あまり気温が上がらずに電力を仕入れすぎた状態になり、新電力が売り手にまわるケースも少なくありません。これはeSquareの面白い特徴の1つです」(野澤氏)

約20億円を調達し採用を強化、企業買収も視野に

enechainはこれまで積極的な情報発信を行ってこなかったが、1月25日にはシリーズAラウンドで約20億円の資金調達を実施したことを明かした。内訳は、DCM VenturesとMinerva Growth Partnersからの第三者割当増資が約16億円、金融機関からの融資が約4億円だ。またシリーズA以前には、エンジェル投資家として、メルコイン代表取締役CEOの青柳直樹氏、LayerX代表取締役CEOの福島良典氏、ラクスル取締役CFOの永見世央氏らを株主に迎えている。

野澤氏いわく、日本にはeSquareのようなエネルギー関連商品のマーケットプレイスは他に存在しない。買い手と売り手をつなげる代理店的な事業者は存在するが、テクノロジーを活用してマーケットプレイスを構築するようなプレーヤーではないという。enechainでは今後、eSquareの開発を加速させるため、調達した資金をもとに採用を強化していく方針だ。

「今後3年間で社員数を現在の50名規模から150名規模にまで拡大し、ユーザー獲得を加速させることで流通取引総額を10倍以上にまで成長させていきます。また親和性のある企業の買収も視野に入れています」(野澤氏)

電力の小売全面自由化から約6年。消費者にとっても新電力から電力を購入することは一般的になってきた。だが一方で、F-Powerやパネイルといった新電力の経営破綻を不安に思う消費者も少なくないだろう。eSquareのようなマーケットプレイスの利用が進み、電力の売買が安定化することで、消費者はより安心して新電力という選択肢を選べるようになるのではないか。