ANRIのパートナー
ANRIのパートナー陣。左からジェネラル・パートナーの河野純一郎氏、代表パートナーの佐俣アンリ氏、ジェネラル・パートナーの鮫島昌弘氏
  • クリーンテック領域への投資がグローバルで加速
  • “気候変動のど真ん中にヒットするような挑戦”を支えるには既存のルールでは難しい
  • 「2050年の日本のインフラ」を支えるような企業の創出へ

2050年には日本を代表し世界を牽引するグリーン・ジャイアントと呼ばれるような企業を創出したい──。そう話すのは独立系VCのANRIでジェネラル・パートナーを務める鮫島昌弘だ。

現在4つのファンドを通じて累計約350億円を運用するANRIでは、2012年の1号ファンド設立時よりシード期のスタートアップへの投資に注力してきた。2017年に立ち上げた3号ファンドからは投資対象を拡張し、鮫島氏らを中心に研究開発型のディープテック企業の支援にも積極的に取り組んでいる。

そんなANRIが、1月26日に気候変動や環境問題に特化した新ファンド「ANRI GREEN 1号(以下 グリーンファンド)」の運用を始めた。

同ファンドを通じて太陽光や風力、蓄電池、核融合など“脱炭素”や“クリーンテック”に関連するスタートアップへの投資を加速させる計画。ファーストクローズの段階で産業革新投資機構や関西電力グループであるK4 Venturesなどから43億円を集めており、最終的には総額で100億円規模を目指すという。

なぜ従来運用してきたファンドとは別で、新たに領域特化型のファンドを立ち上げたのか。その背景や狙いを鮫島氏とANRI代表パートナーの佐俣アンリ氏に聞いた。

クリーンテック領域への投資がグローバルで加速

脱炭素や気候変動に関連する領域はクリーンテック(CleanTech)やクライメートテック(Climate Tech)とも呼ばれ、近年グローバルで投資が加速している。PwCが発行するレポート「State of Climate Tech 2021」によると、2021年上半期には同領域への投資額が600億ドル(約6.8兆円)を超え、前年同期の284億ドル(約3.2兆円)から2倍以上に増加した。

ビル・ゲイツ氏主導で2016年に発足し、2021年1月には新たに10億ドル(約1100億円)の資金を集めたBreakthrough Energy Venturesを筆頭に、この領域に特化したVCファンドも続々と登場。約1.6億ドル(約180億円)のClimate Fundを新設したUnion Square Venturesのように、老舗VCが既存ファンドとは別で特化型のファンドを新設するケースも増えている。

環境関連のスタートアップへの投資は「グリーンテック」という文脈で2000年台後半にも一時的にブームになったが、その盛り上がりは長くは続かなかった。これに対して近年増えてきているクリーンテック特化型のファンドの多くは「投資回収までの期間」や「投資領域」の観点で特徴が異なると鮫島氏は話す。

グリーンテックバブルの時代にはファンドの運用期間が短く、数年で投資を回収しようとした結果、失敗に終わった例もあった。それに対して近年は、Breakthrough Energy Venturesの20年が代表するように、投資回収までの期間を長めに設定するファンドが増えている。

投資領域についてもかつては「太陽光パネル」「バイオ燃料」など対象を極端に狭めたことでうまくいかなかったファンドもあったというが、今はそのようなケースは減っているそうだ。

また特化型のファンドが急速に生まれつつある背景には、機関投資家の変化や国の政策なども関係している。機関投資家が気候変動やクリーンテックに対する動きを強めるほど、この領域へ投資をするVCにも多くの資金が集まるようになるからだ。先進国がカーボンニュートラルに向けた目標を掲げ、国として取り組みを強化させていることも大きい。

“気候変動のど真ん中にヒットするような挑戦”を支えるには既存のルールでは難しい

今回ANRIが立ち上げたグリーンファンドでも運用期間は12年をベースに、最長で15年まで延ばせるように設計されている。VCファンドは運用期間を10年とするものも多い中で、研究開発型のスタートアップをじっくり支援しやすい仕組みを作った。

ファンドのLP(出資者)もこれまでANRIが運用してきたものでは機関投資家が中心だったが、新ファンドではエネルギー系の事業会社などからも資金を集める計画。すでに関西電力グループであるK4 VenturesがLPとして参画している。

グリーンファンドの概要は以下の通りだ。

  • 運用期間:12年間(最長3年間の延長可能)
  • 投資対象ステージ:主にシード期(創業期)
  • 予定している投資社数や1社あたりの出資額 : 10〜15社程度に対して、5〜10億円を想定
  • 投資領域 : 太陽光/風力、蓄電池、水素/アンモニア、CCUS/DAC、人工光合成/核融合など
  • LP(ファンドへの出資者) : 産業革新機構、K4 Venturesなど

特に研究開発型の場合、ソフトウェア系のスタートアップと比べてもJカーブ(成長までの曲線)がかなり深く、利益が出るまでに長い期間を要するものが多い。

ANRIでも数年前からディープテック領域の投資に取り組んできたものの、投資先を検討するにあたって「Jカーブをものすごく深く掘るような領域は、今の自分たちのファンドの設計では難しいのではないか」という議論もあったそうだ。

そのためディープテックの中でも「比較的事業の立ちあがりが早いものや、エグジットまでのルートがはっきりしている創薬のパイプラインなどを中心に始めていこう」という考えのもと、投資を進めてきた。真剣に議論をした結果「その領域に対する情熱はあるものの、今の枠組みでは投資ができない」という結論になることもあり、もどかしさも抱えていたという。

「『気候変動のど真ん中にヒットするような挑戦』を支援することは誰かがやらなければならないけれど、従来のVCのルールではなかなか難しいということも痛切に感じていました。ここにトライするためには、テーマを特化するかたちでファンドを設計し直す必要がある。そのような考えが今回の取り組みにもつながっています」(佐俣氏)

シード期のスタートアップは事業領域や事業モデルを転換(ピボット)することも珍しくないが、研究開発型のスタートアップはその難易度も高い。

「特定の研究に振り切ってJカーブを掘って行った結果、思い描いていたように技術検証や資金調達が進まず会社が存続できなくなった」というようなことも想定されるが、グリーンファンドではこうしたスタートアップを対象に投資をしていく方針。佐俣氏も「誤解を恐れずに言えば、15年経った時に(技術検証や追加の調達も終えて)ちゃんと立っているのは2社くらいかもしれない」と話す。

そのような会社に対して、機関投資家から集めた資金を元手に1社あたり数億円〜10億円を投資するというのは簡単ではない。既存のファンドと切り分けて新たなファンドを作った背景の1つには、そのような理由もある。

加えて「この分野はスタートアップが技術のブレークスルーを起こしても、単独で簡単に事業化できるわけではない」(鮫島氏)ため、LPの構成自体も既存ファンドとは変え、事業会社などからも資金を集める。

事業会社も巻き込みながら実証実験を進め、そこで生まれた事業を共同でスケールアップさせていく。「オールジャパンで取り組んでいくイメージ」(佐俣氏)で、技術実証が進んだ結果として、LPである事業会社からスタートアップへの直接出資や買収などの可能性もあるという。

「2050年の日本のインフラ」を支えるような企業の創出へ

鮫島氏によると日本国内でも気候変動や環境問題に取り組む企業への“官”の支援が整い始めてきており、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)やムーンショット型研究開発事業など、基礎研究を後押しする仕組みが広がってきた。グロースステージの企業を支える取り組みとしては、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)に2兆円の「グリーンイノベーション基金」が創設されている。

一方で、圧倒的に足りていないのが「シード・アーリーの部分を支えるプレーヤー」だ。ミドルステージ以降であれば大学系のファンドや事業会社など民間のプレーヤーもいるが、そこに至るまでのシード・アーリー期を支える存在が少ない。

ANRIのグリーンファンドの狙いはそのギャップを埋めていくこと。優れた技術シーズを発掘し、ゼロから事業立ち上げに伴走する“共同創業”に近い投資も積極的に行っていく考えだ。

グリーンファンドの1号案件となったレーザー核融合商用炉の実用化に挑戦するEX-Fusionもまさにその一例。鮫島氏が日本から核融合スタートアップを創出したいと考え、2017年からさまざまな研究室や学会に足を運び、会社の立ち上げ期から支援した。

日本ではまだクリーンテック領域のスタートアップ自体が少ない印象もあるが「ベンチャーが少ないだけで、技術はある」というのが鮫島氏の見解だ。

「実際に研究のレベルが高く、日本の大手製造メーカーや海外VCが注目をしていたり、海外ユニコーン企業がアドバイザーになっているようなラボもあります。ただ技術はあるものの会社にはなっておらず、日本のVCがコンタクトできていないところも多いです」

「だからこそ、自分たちがこれまでやってきた『ゼロから掘り起こす』スタイルがこの分野でもできるという感触がある。時間はかかると思いますが、ベンチャーがないから投資をしないというのではなく、自分たちがゼロから一緒に会社を作っていくような挑戦をしていきたいです」(鮫島氏)

核融合領域に限っても、2021年12月にマサチューセッツ工科大学発のコモンウェルス・フュージョン・システムズが18億ドル(約2040億円)を集めるなど、グローバルでは大型の資金を集めるスタートアップも生まれている。

「これだ、というポイントが決まっていて資金力がカギを握る領域」で日本のスタートアップが世界の競合と戦っていくことは容易ではないが、独自の技術がウリになる領域では、先進的な技術を持っていれば日本発の企業にもチャンスはあるという。

「日本の大企業が(先行する)欧米の技術を取り入れていく状況が続けば、ゆくゆくはエネルギー産業において国内発の会社や技術がゼロになってしまうということにもなりかねません。エネルギーは経済安全保障上も重要であり、インフラが脆弱になると国としても成り立たなくなってしまう。今回のファンドから1〜2社でも、2050年の日本のインフラを支えるような会社を創出していきたい。そのような使命感があります」(鮫島氏)

「今でこそシード・アーリーステージのディープテック企業に投資をするプレーヤーも増えてきましたが、自分たちが約4年前に始めた頃はまだほとんど存在せず、同業の方から奇人だと思われることもありました。ただ、自分たちにとってはそのくらいのタイミングで始めるのがちょうどいいと考えています。今回のファンドでも『この会社に投資をしたい』という人たちは当分は現れないかもしれないと思うくらい、未知のテクノロジーに対して積極的に投資をしていきます」(佐俣氏)