Photo:Yagi Studio/gettyimages
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  • 現在発売中のVRゴーグルは大きく分けて4種類
  • SIEが目論む「打倒Quest 2」戦略
  • Meta社が目指す「メタバース」の定義と、SIEのねらい

「真のVR元年」がやってきた──2022年のゲーム業界について、こう語る業界関係者も出てきている。その理由の1つが、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)がスペックを発表した新VRゴーグル「PlayStation VR2」(PS VR2)の存在だ。SIEは1月5日から米ラスベガスで開催されたCES(Consumer Electronics Show)2022でPlayStation 5(以下、PS5)専用のPS VR2の名称とスペック、そして専用ソフトを発表した。

まずは現在のVRゴーグル市場について状況を説明しながら、PS VR2の位置付けなどを解説していくことにしよう。

現在発売中のVRゴーグルは大きく分けて4種類

現在、「VRゴーグル」と呼ばれている商品群は、大きく分けて4つのカテゴリーに分類される。それぞれの特徴や価格帯などは以下のとおり。

スマートフォンセット型

iPhoneやAndroidなどのスマートフォンを取り付け、対応するスマートフォン用アプリやYouTubeのVR対応動画を表示させるためのマウンター。2000〜5000円程度で購入可能。

ゴーグルの役割は適切な位置にスマートフォンを固定し、レンズで拡大表示するだけ。そのため非常に安価な価格帯だが、数千円の機器で立体視を体験できる。

スタンドアロン型

ゴーグル本体だけで動作するスタンドアロン型のVRゴーグル。代表的なのはMeta(旧:Facebook)の「Quest 2」で、専用のゲームソフトを本体にインストールしてプレイするほか、別売りのケーブルを使ってPCと接続すれば、PC用VRゴーグル「Oculus Rift」(販売終了)向けソフトも楽しめる。内蔵メモリ容量によって3万7180円(以降、いずれも税込)と4万9280円の2つのバリエーションがある。もともとはハードウェアスタートアップのOculusが開発していたハードだが、Facebook(当時)が買収して今に至る。

ゲーム機特化型

家庭用ゲーム機との接続に特化したVRゴーグル。現時点ではPlayStation 4/Pro専用の「PlayStation VR(PS VR)」のみ。SIEをはじめとするPS4用ソフトメーカーが作るPS VR専用ソフトに加えて、通常ソフトに「PS VRにも対応したモード」を備えた『バイオハザード7』や『エースコンバット7』などを楽しめる。発売当初は備品を含めて6万円程度していたPS VRだが、現在は廉価版が3万8478円で販売されている。前述のとおり後継機となるPS VR2は2022年1月のCESでスペックが発表されたばかり。

PC連動型

Steamなどで販売されるPC用VRソフトを再生するなど、外部のPCやスマートフォンと接続して利用するVRゴーグル。HTCとValueの2社が代表格だ。HTCの製品は、廉価版にあたるVIVE Focus 3は13万900円で、上位機種のVIVE Pro 2は17万8990円。Valueの製品は基本的な「ヘッドセット+コントローラ」が10万4280円で、スピーカーもセットになった「VRキット」が13万8380円となっている。

VRゴーグルの市場規模

ここまで説明してきたとおり、VRゴーグルには大きく分けて4カテゴリーの製品があるものの、実質的には3000円から5000円で買える「スマートフォン用VRアプリを体験できる」スマートフォン用ゴーグルと、それ以外という2つの大分類に分かれている。BCNの発表によると、2021年9月時点の販売台数シェアはFacebook Technologies(現:Meta)が72.9%、エレコムが21.5%となっている。

国内ではスマートフォン用ゴーグルはエレコムの寡占状態で、PC用/スタンドアロン型はMeta、つまりはQuest 2の寡占状態にある。PS VRも販売台数シェアが一時的に30%を越えた月もあるが、VR向けのビッグタイトルが発売された2019年9月や2020年6月など限定的で、累計台数で見ればQuest 2が圧倒的なのは明確だ。

他方、NPDグループが2022年1月20日に発表したホリデーシーズン(2021年11月21日〜12月25日)の調査結果では、北米でVR/ARハード+周辺機器の販売台数が前年度比180%増となった。

こうした状況を理解しておくと、SIEが発売日も価格も、まして外観すら発表できない状態のPS VR2の性能だけを発表したというマーケティング戦略の意図が見えてくる。SIEはQuest 2の一強状態に待ったをかけたいのだろう。

SIEが目論む「打倒Quest 2」戦略

しかし、いくらQuest 2の販売シェアが高いとは言え、VRゴーグルは販売台数を公表していない企業がほとんどだ。唯一、SIEだけがPS VRの累計出荷台数が500万台を超えたと報告しているが、それも2年前のCES 2020会場でのこと。

ここで、PS VR/2とQuest 2のスペックを比較し、ポイントをいくつか説明することにしよう。

Quest2、PSVR、PSVR2

一番のポイントは、ディスプレイが液晶か有機ELかという違いにある。有機ELは液晶よりも高額だがバックライトを必要としないため、白と黒の表現力が優れている。液晶は真っ黒を表現しようとしてもバックライトに照らされて「黒に近いグレー」になってしまうのだ。

次は解像度。PS VRではQuest2に劣っていたが、PS VR2では(わずかだが)上回った。

もともと有機ELは液晶に比べて視野角が広いという特性があるため、頭を動かさずに目だけを上下左右に動かしても鮮明な映像が期待できる。それもあってか視野角は10度ほどPS VR2が広い。PS VR2の消費電力や重量が発表されていないために表の記載はないが、有機ELは液晶よりも消費電力が約30%低く、重量が軽いという強みもある。

それに加えてPS VR2専用の機能としてゴーグルが振動するほか、PS5で話題になった3Dオーディオ機能を備えたヘッドフォンも実装。手に持つコントローラーは専用品が用意され、繊細な振動コントロールやボタンを押し込む抵抗を可変させるといった、PS5の専用コントローラで採用された新機能はすべてPS VR2専用コントローラにも採用される予定だ。

まとめると、PS VR2はPS5が必須になるため高額にはなるものの、映像に加えて振動やオーディオを総合したことによる表現はQuest2を大きく上回るものになることは間違いない。

ただし、それだけのスペックを備えてはいても、シェア獲得はそれほど容易でないことはSIEも理解しているはずだ。ゲーム業界で話題になったPS VR専用ソフト『マーベルアイアンマンVR』ですら、パッケージ版の販売本数は約3000本強(メディアクリエイト調べ)。PS VRのソフトはダウンロード版の販売比率が高いと仮定しても、これではハードウェアを牽引するどころか、ソフトウェアの制作原価すらペイしない本数だ。この結果、今後発売されるPS VR専用ソフトのうち、発売日が明示されているソフトはゼロ。PS VR専用ソフトウェアがビジネス的に非常に厳しいことは明白だ。

なお余談だが、アダルト動画配信サイト「FANZA」でアダルト動画の売上げランキングを調べてみたところ、上位30タイトル中8タイトルがVR動画だった(2022年1月13日時点)。ゲームなどの決定的なキラーコンテンツが生まれていない中、VRゴーグルを動画視聴ばかりでPS VRやQuest 2使っているケースもあるのではないだろうか。

とはいえ動画需要が加わったとしても、PS VRが単体で黒字を出しているビジネスとは考えづらい。そんな状況下でなぜSIEはPS VRの新製品を作り、Quest 2のシェアを獲りにいこうとしているのか。それはおそらく、Metaをはじめとするテックジャイアントたちが「メタバース」に熱い視線を向けているからだろう。

Meta社が目指す「メタバース」の定義と、SIEのねらい

「メタバース」の定義は、広義では「インターネット上に作られた3D空間」というもの。その言葉は2003年に生まれたサービス『Second Life』で注目が集まったが、Second Lifeは成功したとは言い難い。最近ではニンテンドースイッチ『あつまれ どうぶつの森』や、スクウェア・エニックスのオンラインRPG『ファイナルファンタジーXIV』(FF14)などがメタバースに近いかたち(オンライン上でのアバターを使った交流)を実現したものとして挙げられることが多い。

メタバースの可能性についてはすでに各所で語られているが重要なのはMetaが膨大なFacebookのユーザー情報を利用して、絶対的なVR空間のインフラを構築しようとしていることだ。そこでSIEはVRゴーグルというハードウェアのシェアで食い込んでおくことが将来への投資となると判断したのだろう。

とは言え、Metaが構想しているメタバースが実現するまでには、まだ数年かかる。もしかしたら10年以上の歳月を必要とするのかもしれない。なにしろ、3DCG空間に街というコミュニティ空間を構築するだけであれば、すでにFF14のようなオンラインゲームが実現している。視点設定をVR対応に変更するだけならば、すぐにVRゴーグル対応にするのは容易だ。

Metaが目指している内容にはゲームも含むだろうが、あくまで主体はそこで「生活」することを目的とした空間にしたほうが対象ユーザー数は増える。しかもゲーム以上のグラフィックを実現しつつも、幅広いアクセス環境を想定することで、さらなるユーザー数の増加を見越しているはずだ。目新しさがビジュアル面だけではアクセス環境が限定されるばかりか、PCスペックの進化と共に古臭さを感じられてしまうことはSecond Lifeという前例があるため、みすみす同じわだちを踏むわけはない。

だがそんな“理想のメタバース”が完成してからVRゴーグルを開発していたのでは間に合わないし、VRゴーグル企業を買収するならば企業の資産価値が低いうちに買収したほうが出資額が少なくて済む。その結果がOcculusの買収だったというのが、私から見たMetaの思惑だ。当面は「VRコンテンツやゲームを楽しめる」ツールとしてQuest 2を存続させつつ、メタバース完成の暁には「メタバース用ゴーグルにも使えます」という新たな用途を見せ、さらなる普及を狙うのだろう。現状のVRゴーグル販売シェアを見る限りPS VR2以外は競合と見ていないだろうから、これ以上の技術開発にはあまり興味を示していないとも思える。その方が、将来的なQuest 2の利益率は高くなるというのも狙いの1つだろう。

そこまでの将来を見越したSIEとしては、PS VR2も当面はPS5専用のハイスペックVRゴーグルとして売上ナンバー2のポジションをキープしながら、自分たちでメタバースを提供する時にはQuest 2よりも高品位なVRゴーグル」というポジションを虎視眈々と狙っているに違いない。

ただし、SIEはまだPS VR2の発売時期や価格、外観を発表できていないということは、まだ状況を見ながら開発を続けていると推測でき、通常のハード開発のスケジュールから考えれば2022年内の発売は絶望的だろう。

この状態のまま、たとえば2022年6月に開催されるであろうアップルの開発者会議「WWDC」で、突然VR/AR兼用ゴーグルが発表されたとしたら……? はたまたMetaからQuestシリーズの新製品が発売されたら……? 大手ゲーム開発会社アクティビジョン・ブリザードの買収を発表したマイクロソフトもメタバース領域への動きを加速したら……? そう想像すると、もうひと波乱では済まなさそうではある。