(左から)dely代表取締役の堀江裕介氏、執行役員コマースカンパニーGMの大竹雅登氏
(左から)dely代表取締役の堀江裕介氏、執行役員コマースカンパニーGMの大竹雅登氏
  • 「儲けないようにした」ことが最良の意思決定だった
  • 21年3月期の決算が好調、デリバリーは成長へのさらなる一手
  • 創業初期のデリバリーサービスで辛酸を舐めた経験をバネに

生鮮食品や日用品などをオンデマンドで配送するグロサリーデリバリーサービス。海外では2012年創業でユニコーン企業のInstacart(インスタカート)が市場の代表格として知られており、その後AmazonがWhole Foods、WalmartがJet.comを買収する形で大手企業が市場に参入した。

最近は米国発のJOKR(ジョーカー)やロシア発のBuyk(バイク)、ドイツ発のGorillas(ゴリラズ)、トルコ発のGetir(ゲティール)など、VCマネーで急成長を目指す新興サービスが多く立ち上がり、グロサリーデリバリー市場の競争が激化している。

一方、日本では生活圏の中にコンビニやスーパーがあることが多いことから、海外と比べてデリバリーサービスの需要はそこまで高くなかった。しかし、コロナ禍で状況が変わりつつある。

生活様式が大きく変わり、外出を控える人が増えた結果、デリバリーサービスを利用する人が増加。それに伴い、市場規模も大きくなっている。ICT総研が実施した「フードデリバリーサービス利用動向調査」によれば、2018年に3631億円だった市場規模は2021年に5678億円、2023年に6821億円へと拡大することが予測されている。

コロナ禍で高まる「自宅にいながら、必要なものが手に入る」という需要に目を付けたのが、料理レシピ動画サービス「クラシル」を展開するdelyだ。

同社が展開するのは最短30分で近隣のスーパーから生鮮食品から日用品まで配達するグロサリーデリバリーサービス「クラシルデリバリー」だ。クラシルデリバリーは生鮮食品や日用品など、普段スーパーで購入する商品をオンデマンドで配達するサービス。

delyのプレスリリースより
delyのプレスリリースより

ウェブやクラシルデリバリーのアプリで欲しい商品を注文すると、配達員が指定されたスーパーで商品のピッキングを行い、最短30分で指定された配達先まで届けてくれる。料金は商品代金とは別に送料(税込330円)、サービス料(税込198円)がかかる。

2021年12月のサービス開始時点での対応エリアは、東京都港区・渋谷区・中央区の一部となっており、利用可能な店舗はピーコックストア(代官山店・恵比寿南店・芝浦アイランド店・三田伊皿子店・トルナーレ日本橋浜町店)のみだった。約2カ月が経ち、delyは新たにイオンリテールと提携することを2月1日に発表した。まずはイオンスタイル品川シーサイド店での利用が可能となる。

具体的な企業名は明かされなかったが、イオンリテール以外の小売企業とも話を進めており、今後首都圏を中心に利用できる店舗数を拡大していき、近い将来には地方にもエリアを拡大していく予定だという。

delyは今でこそ“レシピ動画の会社”として知られているが、もともとはフードデリバリーサービス(2015年1月末でサービス終了)を提供していたスタートアップだ。クラシルデリバリーの提供は同社にとって、約7年ぶりにデリバリー市場に戻ってきたことになる。

なぜ、delyはグロサリーデリバリーサービスを再び提供することに決めたのか。代表取締役の堀江裕介氏、執行役員の大竹雅登氏にクラシルデリバリーにかける思いを聞いた。

「儲けないようにした」ことが最良の意思決定だった

──まず、クラシルデリバリーを立ち上げた経緯について教えてください。

堀江:世界的に見て、日本のEC化率は低い水準にあります。その課題に対して、何かしらのアプローチを考えるべく、2年前の2021年9月にCTOを井上(崇嗣氏)に引き継ぎ、大竹にはコマース事業本部の事業責任者として、新規事業の立ち上げに注力してもらっていました。当時、あらゆる切り口からサービスを開発したのですが、どのアプローチが正しいかも分からなかったこともあり、ほとんど、うまくいきませんでした。

そこで、まずは小売業界の現場が抱える課題をきちんと把握しようと思い、立ち上げたのがネットスーパーの立ち上げをサポートする「クラシルリテールプラットフォーム」です。

このサービスは初期費用0円、システム開発不要で小売事業者のネットスーパーの立ち上げを単独アプリ型、もしくはクラシルアプリへの組み込み型の2つのパターンで支援するものです。特長は、3300万ダウンロードを突破しているレシピ動画サービス・クラシルから送客できることです。ほかにも店舗ごとの電子チラシの作成・掲載によるオフラインでの店舗販促のデジタル化サポートなどをしています。

イオンリテールとは2020年12月から、クラシルリテールプラットフォームで提携しており、クラシルアプリのレシピ・献立からイオンリテールが運営するネットスーパーである「おうちでイオン イオンネットスーパー」の商品を購入できるようにしています。

2年ほど取り組みを続けていく中で、特に電子チラシの掲載店舗数は2万店舗を突破するなど導入企業は順調に増えていました。ただ、これも基本的にはクラシルから送客しているのみ。それでは小売業界のデジタル化は進まないし、日本のEC化率も上がっていかない、と思ったんです。

メディアからの送客だけでなく、自分たちがリスクをとって「物流」まで担えるようになろう。そう考えて、クラシルリテールプラットフォームが持つ価値をさらにアップデートさせたものが、昨年12月に発表したクラシルデリバリーになります。

──なぜ、このタイミングでの参入だったのでしょうか。

堀江:クラシルリテールプラットフォームを2年かけて運営していく中で、小売企業との信頼関係が構築できたからです。今回のイオンリテールとの提携もクラシルリテールプラットフォームでの取り組みがあったからこそ、実現しました。

彼らとしてはクラシルからの送客に一定の価値は感じつつも、さらなる取り組みとして即日配送や各店舗のデジタル化にも取り組みたい、という考えも持っていたことは把握していました。そのニーズに対して、クラシルデリバリーの話をしたところ、すでに信頼関係もできあがっていたので、「ぜひ」という形で話は進んでいきました。

──改めてクラシルデリバリーの特徴を教えてください。

大竹:ユーザーに便利だと感じていただけるポイントは「最短30分でお届け」という部分だと思います。ここに関しては、一般的なフードデリバリーサービスとは異なり、delyがアルバイトとして「ショッパー」と呼ばれるスタッフを採用することで、教育の面なども含めてオペレーションの品質を高める仕組みを構築しています。

また、豊富なラインアップも特徴のひとつです。クラシルデリバリーは、スーパーマーケットの店頭と遜色のない1万超のSKU(Stock Keeping Unit:在庫管理上の最小の品目数を数える単位)を実現しています。一般的なフードデリバリーサービスのSKUは1000以下のものが多いのですが、商品の写真撮影をdelyが無料で行うことで品揃えが豊富になっています。

私たちが商品在庫の管理ツールを含んだすべてのシステムを開発するため、小売業者にとっては初期費用がかからないのも魅力のひとつです。ネットスーパーやグロサリーデリバリーを立ち上げるとなると膨大な費用がかかりますが、我々のサービスではシステム開発や運用、配送などの費用もかからず、収益に応じた手数料を支払うだけという仕組みになっています。

基本的には商品データを共有していただければ、私たちがシステム開発、写真撮影、物流まで一気通貫で行うので、立ち上げるのに労力的なコストは必要ありません。今だと、約3週間ほどの時間をもらえれば、システムを開発をすることができます。

また、システムに関しては商品欠品時の対応については工夫しました。クラシルデリバリーは店頭の在庫を取り扱っているので、買おうと思っていた商品が欠品してしまうケースもあるわけです。そのときに代替品を提案するアルゴリズムにすごく力を入れてロジックを構築しました。店頭とかなり近い感覚で、オンラインで買い物できると思います。

──写真撮影に関しては、クラシルでのアセットが生きている。

大竹:そうですね。小売企業がネットスーパーを立ち上げるにあたって、最も大変な作業が「撮影」です。クラシルリテールプラットフォームを通じて、「写真が撮れない」「写真を撮ってもクオリティが担保できない」といった現場の声をたくさん聞いてきました。

ただ、私たちにはクラシルで培った撮影のノウハウがある。だからこそ、この機能を無料で提供することで、小売企業が抱えるボトルネックを解消していくことにしました。

堀江:クラシルデリバリーの面白いポイントは、すでにネットスーパーを提供している小売店とも組めることです。ネットスーパーは基本的に翌日のお届けになってしまうため、ユーザーの「今すぐ欲しい」というニーズをくみとれていません。とはいえ、自前でグロサリーサービスを立ち上げるにはコストもないし、ノウハウもない。

そういったときにクラシルデリバリーと組めば、商品の即時配送にも対応することができます。そのため、小売企業と話しても基本的に「やりたくない」みたいな話にはならず、多くの企業から興味を持っていただいています。

むしろ、私たちが「そうした要望にどれだけ早く対応できるか」が今後はより重要になってきます。今の対応エリアは東京都内3区のみですが、対応エリアが広い方がサービスの価値も増していくので、多くの小売企業と連携し、対応エリアは順次拡大していきたいです。

21年3月期の決算が好調、デリバリーは成長へのさらなる一手

──クラシルデリバリーもシステム開発費用や運用費用、配送費用も無料と小売企業からほとんどお金をとっていません。dely側の負担も大きいのではないでしょうか

堀江:このモデルは(開発費用や配送費用をとらないため)ほとんど儲からないので、delyの負担も大きいです。ただし、誰かがそれくらいのリスクをとらなければ、小売業界のDX(デジタル・トランスフォーメーション)は実現しない、と個人的には思っています。

小売企業の多くは「デジタル化したいけど、どうアプローチをしていいかわからないし、予算もない」ということを口にしているわけです。そうした課題に対して、“小売版Yappli”のような形で費用をとって、企業ごとのアプリ開発する選択肢も考えました。その道の方が儲けることもできるし、黒字化するまでの時間も短く済みます(編集注:Yappliはノーコードでスマホアプリを開発できる、ヤプリ社が提供するプラットフォーム)。

実際、10Xはネットスーパーの立ち上げを包括的にサポートする「Stailer」の提供を通じて利益を生み出しています。それはそれでひとつの道です。10Xのような存在があることでマーケットへの期待値も上がるし、マーケットへの理解も深まる。小売業界のデジタル化という切り口でさまざまなプレイヤーが生まれることは大歓迎です。

ただ、個別にアプリを開発するだけではく、こちらが費用を負担するなど一定のリスクをとって小売企業のデジタル化をサポートすることで、小売業界全体のデジタル化のスピードを加速させていけると思ったんです。

delyはレシピ動画事業、電子チラシ事業が好調に推移しており、2021年3月期の最終利益は19億4800万円となっています。きちんと利益を出せる体制になってきたからこそ、このタイミングでリスクをとって、デリバリー領域までやることに決めました。

振り返ってみると、2年前に「無料」で提供するという意思決定を下したのは良い判断だったと思います。もちろん利益は出ないのですが、ここでお金をとってしまっていたら、企業側の言いなりになって受託開発を続けていた。お金をとらなかったからこそ、対等なパートナーとして小売業界のデジタル化に必要なことを考え続けられました。

目先の売上、利益を得たところで、根本的には小売業界のデジタル化は進まない。100億円、200億円のお金を投資して、より大きな市場をつくっていくしかないわけです。

サイバーエージェント代表取締役の藤田晋さんが麻雀について、「みんなで水を張った洗面器に顔を突っ込み、最後まで苦しみながら耐え抜いて、洗面器から顔を上げなかった人が勝つ」といった内容のことを話していました。

自分はすごくこの話が好きです。利益が出ないなら、利益が出るまでやればいいという話じゃないですか。正直、直近の利益はわからないですが、10年後にトップでいるためには大胆なリスクを取るべきだと思います。

──このビジネススキームを構築するにあたり、参考にした事例はあるのでしょうか。

堀江:創業期にdelyに投資してくれたALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナー・前田ヒロさんがInstacartに投資していたこともあり、Instacartの動向は常に注視してきました。

彼らはリスクをとって費用を払い、集客し、配達員を集めて、小売業をデジタル化することで、グロサリーデリバリーの市場をつくってきました。多分、向こう5年ぐらいは利益は出ないと思いますが、日本では自分たちがその役割を担わないといけない。

例えば、今ではキャッシュレスサービスも一般化しましたが、それはPayPayが100億円以上のお金をかけて投資した結果、市場が出来上がっていったのだと思います。大胆にリスクをとった結果、キャッシュレス決済は浸透し、今ではPayPay自体も事業的にうまくいきそうな雰囲気が出てきましたよね。それと同じことをやるだけです。

創業初期のデリバリーサービスで辛酸を舐めた経験をバネに

──delyの創業期の事業はフードデリバリーです。

大竹:(サービスとしてはクラシルで知られていますが)ここまで社名を変えなかったのも「またどこかでデリバリー事業をやるかもしれない」という思いがあったからです。当時は資本力も含めて全く歯が立たなかったわけですが、今はグロサリーデリバリーの市場をつくるために勝負に打って出ていけるだけの会社の体制も資本もあります。そのあたりは当時と今の大きな違いです。

堀江:事業自体は撤退しましたが、その後フードデリバリー自体は世の中に浸透していった。当時、自分がレストランに資料を持ってプレゼンしに行っても理解されず、誰からも「よくわからない」「そんなの無理だよ」と言われ続けました。しかし、実際はすごく便利で、今やフードデリバリー抜きの生活なんて考えられなくなりつつある。

つまり、自分たちの目指す方向性は間違っていなかった。ただ、当時はやり方が中途半端だったため、最後まで戦うことができなかったわけです。スーパーの安くて新鮮な食材がすぐに家に届く世界は間違いなくやってくる。だからこそ、今回は絶対に心を折ることなく最後までやり抜いていきたいと思っています。

──今後の展望を聞かせてください。

大竹:まだ詳細は話せない部分も多いですが、クラシルデリバリーのグロースにアクセルを踏んでいきます。店舗展開、エリア展開を加速させていければと思います。

堀江:エリア展開のスピード感こそが、クラシルデリバリーというサービスへの信頼の現れだと思います。「まだ私の住んでいるエリアでは使えない」という状態が続くのは良くありません。今後はクラシルリテールプラットフォームで取引のあった企業を中心に話を進めていくことで、拡大のスピードを加速させていきます。