
- サブスクサービスの請求を自動化、指標可視化もリアルタイムに
- データドリブンでサブスク事業を支えるツール目指す
2021年に続き、SaaSの隆盛やサブスクリプションサービスの広がりが続きそうな2022年。だが一方で、成長市場のシェアを巡るサービス同士の競争激化や、統合・吸収による再編を予想する声が挙がっているのも確かだ。
各社が生き残りをかけて挑戦を続ける中、SaaS・サブスクリプションという“ゴールドラッシュの金鉱”そのものではなく、“金鉱採掘者のためのデニムをつくる”──つまりこれらのビジネスで求められるツールづくりに注力するスタートアップも現れている。
そのひとつが、SaaS・サブスクリプション事業者のための販売・請求管理SaaS「Scalebase(スケールベース)」を開発・提供するアルプだ。
2月9日には総額12.5億円の資金調達実施を明らかにしたアルプ。同社代表取締役の伊藤浩樹氏、CPOの山下鎮寛氏は「SaaSに限らず、あらゆる継続型収益ビジネスの販売・請求管理全般に対応していく」と話す。
サブスクサービスの請求を自動化、指標可視化もリアルタイムに
Scalebaseは「SaaS事業者のためのSaaS」として2019年にリリースされた。SaaSやサブスクリプションビジネスにまつわる商品設計や売上管理、請求、KPIの可視化・分析などの業務をまとめて支援するプラットフォームだ。
サブスクリプションモデルのような継続課金ビジネスで事業成長を図るには、KPIをリアルタイムで管理し、アップセル、クロスセルの余地がどこにあるのかを把握し、価格の変更やオプションの設計を柔軟に行い、適切なタイミングでキャンペーンを打つ必要がある。
このとき、システムを改修せずに対応しようとすると、旧価格と新価格、通常価格とキャンペーン価格が適用される顧客が混在する環境で、「誰にいつ、いくら請求するのか、カオスになってしまう」(伊藤氏)ため、ミスの発生やオペレーションコストの増大を招く。一方で料金改定やオプション追加などに追従できるようにシステムを改修するとなると、こちらもかなりのコストがかかる。
「このため、こうしたビジネスでセット施策などを思いついたとしても、なかなか実現することが難しく、そこで機会損失が発生しています」(伊藤氏)
伊藤氏と山下氏はいずれも前職のピクシブで、サブスクリプション事業に携わってきた。
山下氏は「ピクシブはイラストSNS事業の会社です。ですが事業ドメインへの理解が薄かったので、まずはデータを取得して、データを見て考えるということを最初の半年ほどやっていた」と振り返る。
「その半年で気づいたことは、データをもとに複数のプライシングを用意して多様な使い方を考えたとしても、そのための機能開発が大変だということでした」(山下氏)
「実際、決済手段を増やしたり、料金を変えたりといったソリューションを考えても、まさにシステムがボトルネックになって、なかなか実施できません。これは本当にもったいないということで、課題解決のためのソフトウェアとして開発したのが、Scalebaseです」(伊藤氏)
従来、新規顧客獲得のための新しい販売条件の導入や、既存顧客のLTV(顧客生涯価値)向上には、バックオフィスのオペレーションの煩雑化がつきものだった。また、BtoB SaaSなどでは、営業担当者の裁量でさまざまな販売条件を適用することも多い。顧客の事情に合わせて契約期間を月単位・年単位などで設け、それぞれの料金が異なるパターンや、初月、3カ月など契約期間に応じて無料期間を設けるといった具合だ。すると請求額の算出や入金額の照合を行うためのオペレーションコストが増えるだけでなく、MRR(月次経常収益)などのKPIを把握するのに時間がかかり、機動的な対応がますます取りづらくなってしまう。
「これらの処理を、多くの企業がスプレッドシートやExcel、もしくは自社開発ツールによる管理に頼っていて、継続課金ビジネスに共通の課題を解決するソフトウェアが流通していないという現状がありました。グローバルでは『Zuora』のようなサブスクリプション管理SaaSもありますが、商習慣やプライシング、ユーザビリティなど、日本へのローカライズはそこまで進んでいるとは言えません。Scalebaseは、日本の商習慣に即し、よりリーズナブルで小回りの利くBtoBソリューションを目指しています」(伊藤氏)
具体的には、販売条件や顧客管理、請求管理、会計まで、サブスクリプションビジネスの業務に必要な機能を一気通貫で提供。定額課金から条件付き従量課金まで、多様な料金計算モデルに対応し、契約情報から自動で請求業務を行うことができる。また、アップセル、クロスセル、チャーンなども契約情報から把握でき、リアルタイムでMRRやチャーンレートといった指標を可視化・分析することも可能だ。
また、シームレスなオペレーション実現のために、SalesforceなどのSFA(Sales Force Automation)ツール、会計システムといった国内外のクラウドサービスとの連携も進めている。
料金は基本的には月額制。取り扱う契約の件数に応じた変動料金を採用しており、契約件数が100件以下の小規模事業では月額5万円、契約件数が1000件を超えるような大規模なクライアントでは月額40万円〜といったケースも。ほか、導入初期費用が10万円、導入期間中のプロジェクト支援費用が支援期間に応じてかかる。
導入企業には、クラウド型OCRサービスのAI inside、塾向けAI教材提供のatama plus、副業・転職マッチングSNSのYOUTRUSTといったスタートアップのほか、旅行会社大手のJTBや東芝グループから独立したWorkVision(旧・東芝ソリューション販売)といった企業の新規事業部門などが活用するケースもあるという。現在、70社超の企業がScalebaseを利用しているそうだ。
現状では、BtoB SaaS提供企業が主要顧客となっているが、中長期的には「BtoCサブスクリプション事業者など、顧客数が多く、大規模なトランザクションが発生したり、24時間・365日決済に耐える基盤を用意してターゲットを増やしていきたい」と伊藤氏は語る。
データドリブンでサブスク事業を支えるツール目指す
アルプは2018年8月の設立。今回の総額12.5億円の調達はシリーズAラウンドにあたり、同社の3回目の資金調達となる。第三者割当増資の引受先はグロービス・キャピタル・パートナーズ、DNX Ventures、GMO VenturePartners、電通ベンチャーズの各社だ。
投資家からは、SaaS事業者を中心とした顧客への事業展開への評価に加え、「あらゆるビジネスが“サービス化”する中で、かなりの企業が継続課金ビジネスのオペレーション実現に課題を抱えている」(伊藤氏)という現状も注目されているようだ。
「情報通信やソフトウェア企業、サービス業、さらにはリースや保険、レンタル、賃貸物件など、毎月請求が行われる広義の継続課金ビジネスでは、実はオペレーションの課題感などがサブスクリプションビジネスと共通するところが多い。そこへホリゾンタルに価値提供できるソフトウェアとして進化させていけるという点が評価され、期待にもつながっているのではないかと思います」(伊藤氏)
継続課金ビジネスのオペレーション効率化で、事業者がより自由度をもってビジネス展開できるようにする。と同時に、アルプでは「販売条件や売上情報などの事業のコアアセットを生かして、より事業をグロースさせるための示唆を与えるような、レベニューマネジメントが可能な経営システムへの進化も目指す」(伊藤氏)としている。
CPOの山下氏は「具体的には、現在のコンディションを可視化できるツールと、そこからアクションにつながるインサイトまで得られるツールとをつくろうと考えている」と語る。
「ピクシブでの最初の半年間、データを集めて打ち手を考えていた際に、可視化や打ち手を検討する業務がかなり属人的で、アナログだと感じました。私はたまたま外部からもアドバイスをもらえたのでよかったのですが、普通の企業ではそういう視点はなかなか得られません。ある程度、規模の大きなSaaS企業でも、この部分には手がつけられていないと聞きます。そこで事業の価値向上のための施策を打てるように、可視化やインサイトの部分もScalebaseを提供する我々が一気通貫で提供するのがよいのではないかと考えました」(山下氏)
今夏にもプロダクト化を予定している可視化ツールは、請求書データやクレジットカード決済データなどをアップロードすることによって、MRRやチャーンレートを類推して表示できるようなダッシュボードだ。
「このツールでは、国も準拠を決めた電子インボイスの国際規格『Peppol』の形式であれば、データを加工せずに可視化が可能です。他のBIツールと違って可視化ができるだけではありますが、サブスクリプションに特化した指標を投資家の方々から監修いただいて、資金調達などでも参照される指標がすぐに見られるようにします。これはScalebaseの顧客以外でも利用できるようにする予定です」(山下氏)
もうひとつの「アクションにつながるインサイトを得られるツール」については、年内に正式版を提供する予定だ。
「ピクシブ時代にも経験したことですが、『どの機能とどの機能を併用しているユーザーがアクセス率が高い』『何回以上○○機能を使うユーザーは継続率が高い』といったことは、契約履歴データとユーザー行動データの組み合わせで分かります。これまで各社がExcelや自社DBで管理していた収益データをアクションデータとひも付けて、『どういうアクションを促せばいいのか』が分かるようなサービスを提供したいと考えています」(山下氏)
調達資金について伊藤氏は、既存サービスの強化と、これら新領域のツール開発に投資していくと述べている。