
- スタートアップに足りていないのは資金ではなく専門スキル
- “報酬”の課題を解決する独自スキームにより一流の専門家が無償で支援
- VC事業は永続的な成長を目指す上での一歩目
「日本のスタートアップに対してビッグマネーが向かう流れは徐々にできてきているので、今度はあらゆる領域の一流のスキルが新しい産業に向かっていくことで、経済全体が発展していく道筋を作っていきたいと考えています」
そう話すのは知識やスキルを売買できるマーケットプレイス「ココナラ」を展開するココナラの創業者で、代表取締役会長を務める南章行氏だ。同社では新設した子会社「ココナラスキルパートナーズ(以下CSP)」を通じて、ベンチャーキャピタル事業に乗り出す。
コンセプトは「各ビジネス領域における一流の専門家と初期フェーズのスタートアップをマッチングすること」。資金だけではなく、さまざまな領域において専門的な知見を持つ“スキルパートナー”のスキルを無償で提供することで、初期のスタートアップの成長をサポートする。
具体的にはシード・アーリーステージのスタートアップに対して、1件あたり1000〜5000万円程度の出資をする計画。ファンドサイズは10〜15億円規模を目指しており、ファンドの出資者(LP)は事業会社や個人投資家などすべて外部から募る方針。ココナラ自体はLP出資をしない。
CSPの代表は南氏が務め、スキルパートナーたちと共に投資先のメンタリングを無償で行う。投資方針としては他の投資家との協調投資に特化し、ラウンドを主導するリード投資は行わずにフォロー投資のみに専念するという。
スタートアップに足りていないのは資金ではなく専門スキル
CSPの最大の特徴はスキルパートナーによるサポートだ。初期のパートナーとしてはプロダクト開発やデザイン、マーケティング、弁護士、人事など各領域の専門家10人が参画。スタートアップの創業から上場までを経験した南氏自らがフロントに立って投資先のメンタリングを実施し、各社の課題に応じて適切なパートナーをマッチングしていくという。

なぜ専門家と初期のスタートアップのマッチングを重要視しているのか。背景には昨今の調達環境の変化と、南氏自身のかつての経験がある。
「自分が起業した2012年と昨年を比べると、ベンチャーの資金調達額は10倍以上に増えている」と同氏が話すように、特に成長著しいスタートアップを中心に日本国内の企業に供給される資金は一気に増えた。資金調達環境が徐々に整いつつある一方で足りていないのが、スタートアップの成長を支える「知見やスキル」だ。
「VC事業で難しいのは、うまくいかないか瀬戸際の案件だと思っています。明らかに難しいのは初期の仮説が間違ってしまっているところが多く、そこから浮上させることはなかなか難しい。でもほとんどのスタートアップは仮説は悪くないものの、お金や良い人材が足りなかったり、プロダクトを磨ききれなかったりする中で必死にもがいています。正直ココナラ自身もそのような状況に陥っていた1社でした」
「ここの成功確率を上げるのは、究極的にはお金ではないと思っています。その段階の企業を支援することで一定のラインを超えることさえできれば、お金が集まる時代になってきている。自分たちの存在意義は、仮説は悪くないけれど、一歩突き抜けられずに苦しんでいる起業家に寄り添うことです」(南氏)
先輩起業家や専門家のスキルを借りれば、余計な回り道をせずに済んだり、不必要な失敗に陥ることを避けたりできる可能性もある。ただ専門家と初期段階のスタートアップをマッチングする仕組みにはニーズがあるものの、従来の方法では実現が難しかったと南氏は話す。
最大のネックは「報酬」だ。
初期のスタートアップは資金力に限りがあるため、優れた知見やスキルを持つ専門家を雇いたくても資金不足が課題になる。現金報酬に代わる仕組みとしてストックオプションが活用されることもあるが、「成功すれば渡しすぎ、反対に失敗すれば少なすぎ」といったように適切な設計が難しい。
近年はVCが投資先の支援策の1つとして専門家と顧問契約を結ぶ例も出てきてはいるものの、南氏が関係者にヒアリングをしている中でも「月額契約の場合、意外と枠が埋まらないなど稼働量の調整が難しい」「専門家が投資先の成長に貢献しても、報酬のアップサイドが見合わないことがある」などの悩みが聞こえてきているという。
“報酬”の課題を解決する独自スキームにより一流の専門家が無償で支援
こうした課題の解決策として、今回CSPではタイムチャージや月額固定のような報酬ではなく、“ファンド全体の投資リターンをスキルパートナーに分配する”仕組みを作った。
通常VCは投資先株式の売却に至った際、売却代金の一部を成功報酬として受け取る。一般的には8割をファンドの出資者であるLPが、残りの2割を運営会社(GP)が受け取るケースが多いが、CSPではこの割合を7(LP): 3(GP)へと変更。その上でGPの取り分の1割をスキルパートナーへのリターンの原資とする。
スキルパートナーは支援先が株式公開やM&Aに至るまでは基本的に無償でサポートをするかたちになるが、支援先が大きく成長するほど成功報酬も増える。一方のスタートアップ側も、落とし穴にはまらないように南氏や各領域の専門家から知見を授けてもらえる。
スキルパートナーの報酬については活動した期間やサポートの内容、投資企業からの評価などを考慮しつつ、ファンド全体の運用成績に応じて決定するとのこと。報酬と案件を紐づけてしまうと、どうしても良い案件だけをやりたいという考えが働きやすくなり、本来もっとも支援を必要としている企業に十分なサポートが行き渡らなくなる可能性があるからだ。
「ファンドの資金集めをしていて(LPの候補先から)『専門家にどれだけコミットしてもらえるのか』ということを必ず聞かれるのですが、それでは結局これまでの発想と変わらない。CSPではその概念を変えていきたいと思っています。スキルパートナーにお願いしたいのは日々の作業の外注ではなく、重要な意思決定のタイミングで一撃必殺のメンタリングをすること。そこに最大の価値があるので、時間という概念だけで測れば(コミットが)それほど多くはなく、だからこそ超一流の人の参加ハードルを低くできるという側面もあります」(南氏)
トップクラスの専門家が参加しやすい枠組みが作れれば、結果的には投資先のスタートアップに対する価値も高まり、新たな投資先を引きつける魅力にもなりうる。CSPとしてはスキルパートナーという独自の強みを磨きつつ、協調投資に特化することで、他のVCと協業していく「プラットフォーム型のVC」を目指していくという。
VC事業は永続的な成長を目指す上での一歩目
これまでココナラでは「個人の知識・スキル・経験を可視化し、必要とする全ての人に結びつけ、個人をエンパワーメントするプラットフォームを提供する」というミッションの下、複数のサービスを展開してきた。
ただココナラ自体が「副業感覚で月額500円でスキルを売買できる」といったかたちでライトな領域から事業を拡大していったこともあり、現在は大企業などでも活用され始めているものの「何となく安かろう悪かろうのイメージが残っている部分もあると感じている」(南氏)という。
今回のVC事業は、南自身が創業時に苦労した経験を基に当時の自分が欲しかった仕組みを実現した側面もあるが、会社としてはこれまで十分にはやれていなかった「トップレベルの人材のスキルの可視化とマッチング」に取り組みたいという考えもある。
また高度なスキルがベンチャー業界に流れ込む道筋を作ることで経済の発展に寄与するほか、新しい働き方を提示することによってスキルを持つ人材のロールモデルを作りたいという狙いもあるようだ。
「ココナラとしては、今後ファイナンスを活用した事業成長にも踏み込んでいくことになると思っています。本体の事業をずっと伸ばし続けていきつつも、新規事業も作っていきたいですし、M&Aにも積極的に取り組んでいきたい。会社として永続的な成長を目指していくためには、起業家精神のようなDNAを何らかの仕組みとして入れていく必要があると考えていて、今回のVC事業をその一歩目にしていきたいです」(南氏)