
- 実はMicrosoftよりも積極的だったソニーの買収戦略
- 日本でも珍しくないソフトウェアメーカー同士の合併
- 「ハードウェアメーカーによるソフトウェアメーカー買収」に競合が警戒する理由
- ゲーム専用機が存在意義を失う、Xデーまでに
- ソニーグループ副社長らが口を揃えるキーワード「ライブサービスゲーム」
2022年はゲーム業界が大きく動く年になりそうだ。1月にはMicrosoftとソニー(ソニー・インタラクティブエンタテインメント:SIE)という2大ゲームプラットフォーマーが、それぞれ大きな買収を発表したからだ。
Microsoftは1月18日、687億ドル(約7兆8800億円)でActivision Blizzardを買収すると発表した。米連邦取引委員会(FTC)が反トラスト法(独占禁止法)関連の審査を始めたほどだと言えば、かなりのインパクトがある出来事だということが伝わるだろう。

Activision Blizzardという社名にピンとこない読者もいるかも知れない。だが『Call of Duty』『Warcraft』『Diablo』『Hearthstone』『クラッシュ・バンディクー』『Candy Crush』といったゲームシリーズを手がける(一部は買収)会社と言えば想像がつくのではないだろうか。
同社の作品は国内のコンシューマー機では大きなヒットには至らなかったためにピンと来ない人もいるだろうが、2021年の北米におけるゲームソフト売上トップ20(NPD調べ)を確認してほしい。
この表のとおり1、2位を獲得した『Call of Duty』シリーズは、Activision Blizzardの作品。Microsoft自身も13位の『Minecraft』と20位『Forza Horizon 5』のメーカーなので、今回の買収が実現すると、トップ20中の4タイトルがMicrosoftから発売されていることになる。
一方で日本国内における2021年のゲームソフト販売ランキング(店頭販売分のみ)を見てみると、任天堂タイトルと『Minecraft』以外は、北米とは異なるランキングになっている。北米では11月に発売されたばかりなのに年間ランキング1位になった『Call of Duty』最新作も、日本での売上は店頭販売分が約5万本強と報じられている(メディアクリエイト調べ)。

日本で「Activision Blizzardの買収」と言っても、海外ゲームのファン以外にはいまいち他人事のように受け取られている節もあるようだ。
Microsoftがゲーム会社を買収したのは初めてではない。
2014年には『Minecraft』のMojangを、2020年にはZeniMax Mediaを買収したことで、子会社であるBethesda Softworksを手に入れた。Bethesda Softworksは、『The Elder Scrolls』や『Fallout』、『DOOM』といったシリーズなどで知られている。
実はMicrosoftよりも積極的だったソニーの買収戦略
一方で、SIEも1月31日にBungieの買収を発表した。Bungieは今や『Destiny』シリーズで有名な会社だが、創業から9年後の2000年にはMicrosoftが買収。同社傘下でXboxを代表するFPS(本人視点のシューティングゲーム)『Halo』シリーズを開発しており、2009年にMicrosftから独立するも、翌年までは『Halo』シリーズの開発を担当していたほどの実績を持つ。
ソニーグループの株価もめまぐるしく動いている。1月18日の終値は1万4230円だったが、Microsoftの報道を受けて下落。1月27日には1万1770円となった。だがSIEがBungieの買収を発表すると価格は上昇。2月2日には1万3400円となり、2月10日には 1万2800円で着地した。
ここで少し過去を振り返ってみる。実は「ゲーム開発会社の買収」に関しては、MicrosoftよりもSIEのほうが積極的だったという歴史がある。
たとえばSIEが2017年に発売した『Horizon Zero Dawn』や、2022年2月18日に発売を控えている『Horizon Forbidden West』は、2005年に買収したGuerrilla Games(代表作『KILLZONE』シリーズ)が作った作品だ。
2018年の大ヒットソフト『Marvel's Spider-Man』を作ったInsomniac Games(代表作『ラチェット&クランク』シリーズ)も2019年に買収し、2020年にはPlayStation 5(PS5)ローンチタイトルの『Marvel's Spider-Man:Miles Morales』と、ローンチには少し遅れたが『ラチェット&クランク パラレル・トラブル』を制作。
2020年に発売した『Dreams Universe』は、2010年に買収したMedia Molecule(代表作『リトルビッグプラネット』)が担当。同じく2020年に発売した大ヒットソフト『Ghost of Tsushima』も、2011年に買収したSucker Punch Productions(代表作『inFAMOUS』シリーズ)が制作したものだ。
加えて2021年には、中小規模ではあるが6月にHousemarque、7月にNixxes Software、9月にFiresprite、10月にBluepoint Games、12月にもValkyrie Entertainmentと、わずか半年の間に5社もの買収を発表している。
このようにMicrosftとSIEの両社がソフトウェアメーカーをM&Aする傾向は以前から見られた。Activision Blizzardはソフトウェアメーカーとしての規模がずば抜けて大きかったことで、騒ぎになっただけに過ぎない。
日本でも珍しくないソフトウェアメーカー同士の合併
そもそもゲーム業界においては合併やM&A、子会社化という動きは珍しいものではない。Activision Blizzardも、もともとはActivisionとBlizzard(正確には、Blizzardの親会社であるVivendi)という2つのゲームメーカー同士が合併して生まれた。
日本国内でもスクウェア・エニックス・ホールディングスやバンダイナムコホールディングス、コーエーテクモゲームスホールディングス、セガサミーホールディングス、スパイク・チュンソフトといった前例がある。そのほか連結子会社化では、コナミホールディングスはファミコン時代に名を轟かせたハドソンを、スクウェア・エニックスHDは『スペースインベーダー』で一斉を風靡したタイトーを子会社化。『真・女神転生』や『ペルソナ』シリーズのほか、『プリント倶楽部』で知られるアトラスも、現在はセガの子会社だ。
ソフトウェアメーカー同士の合併は、管理部門や営業部門などを統一化できるほか、自社のソフト同士で発売日が重ならないように調整できるという利点もあるため合理的だ。だが今回のM&Aが大きく報道されている背景には、買収したMicrosoftがXboxというハードウェアメーカー、つまりプラットフォーマーだったことが大きい。
日本の環境に例えるならば、PS5を発売しているSIEがスクウェア・エニックスとカプコンを買収したようなものだと考えればいい。『ドラクエ』『FF』『モンハン』『バイオハザード』の新作が今後PS5独占となったら、SIEの株価はもちろん、ハードウェアの勢力図も大きく影響を受けるだろう。
こうした思惑で投資家が動き、スクウェア・エニックスの株価は1月14日の5340円から2月7日には6040円へ。カプコンの株価も1月14日の2442円から2月7日には2891円へと、両社ともに値上がりしていたのは興味深い。
「ハードウェアメーカーによるソフトウェアメーカー買収」に競合が警戒する理由
話をActivision Blizzardに戻そう。SIE広報が「Microsoftが契約上の合意を守り、アクティビジョンのゲームをマルチプラットフォームにすることを引き続き保証してくれると期待している」とコメントしたことは、Wall Street Journalで大きく取り上げられた。コメントから推察するに、おそらくSIEとActivision Blizzardの間には、『Call of Duty』シリーズの少なくとも次回作をPlayStationでも発売するという契約が残っているとも推測できる。
Microsoftは以前に子会社化したBethesda Softworksのタイトルを一部、Xbox/Windowsで独占販売したことがあるため、SIEが警戒するのも当然だ。MicrosoftのXbox責任者フィル・スペンサー氏も「今週はソニーの首脳陣と良い話ができた。私はActivision Blizzardの買収に際し、既存のすべての契約を尊重し、『Call of Duty』をPlayStationで販売し続けたいという希望を確認しました。ソニーは我々の業界にとって重要な存在であり、この関係を大切にしたいと考えています」とツイートした。
『Call of Duty』シリーズは、PS4/5版の販売でも大きな利益を上げている。PlayStationプラットフォームでの販売を停止すれば、Activision Blizzardの収益にも大きな影響を与えかねない。そう考えると、当面はこれまで通りのプラットフォームで発売されると見て間違いないだろう。
いずれにせよ、今回の買収が完了すれば、Microsoftのゲームメーカーとしての売り上げは大きく飛躍する。中国のテンセントやSIEに続く巨大なゲーム企業になるだろう。
ゲーム専用機が存在意義を失う、Xデーまでに
2021年末に、筆者は以下のような記事を掲載した。
記事の内容を要約すると、最新のゲーム機であるPS5やXbox Series S|Xは大量生産によりコストダウンしたゲーミングPCの廉価版のような仕様になりつつある。それに加えて現在はクラウドゲーミング技術も進化しているため、スマートフォンやタブレット端末でもゲームが楽しめるようになり、ゲーム専用機の存在意義が薄れつつあるという内容だ。
この状況に両社を照らし合わせてみると、MicrosoftはXboxを失ってもWindowsというプラットフォームがある。だがSIEがPS5を失ったとしたら、Windowsまたはスマートフォンというプラットフォームを選ばざるを得ない。立場は違えど、奇しくも両社が選んだ戦略が「ソフトウェアメーカーとしての地位を確保」することだと考えれば、今回の買収劇がふに落ちる。
2022年2月5日に発表された2021年度第3四半期の連結業績において、ソニーグループ副社長兼CFOの十時裕樹氏が語ったコメントが印象的だ。「時期は明確にできないが、PlayStationのIPをモバイルに展開する計画がある。確実に増やしていくことになる」──これは自社ソフトをモバイルアプリケーションに移植するというよりは、将来的にクラウドゲーミングとして提供すると考えるのが妥当だろう。
ソニーグループ副社長らが口を揃えるキーワード「ライブサービスゲーム」
SIEの発表で印象的だった副社長のコメントはほかにもある。「Bungieが持つライブサービスゲームの知見や技術をグループ内に取り込み、PlayStation Studiosが制作するゲームIPにも活用していく狙いがある。2025年度までに10タイトル以上のライブサービスゲームをローンチすることを計画している」というコメントもそうだ。発言の一節にある「ライブサービスゲーム」というキーワードは最近ではスクウェア・エニックスが発売するPS4/5、Steam向け新タイトル『BABYLON’S FALL』(開発はプラチナゲームズ)の説明でも語られている。
これに加えて、1月31日にSIEの社長兼CEOであるジム・ライアン氏もPlayStation Blogで「PlayStation Studiosでは複数のライブサービス型ゲームが開発中」という投稿をしている。
「ライブサービス型ゲーム」をシンプルに説明するならば「継続的にアップデートすることで、ゲームの寿命を伸ばす」タイトルのことだ。GaaS(Games as a Service)とも呼ばれている。こちらも、筆者の過去記事を参照していただくと状況がわかりやすい。
SIEは当面PS5のビジネスを継続しながらも、ライブサービス型ゲームにより利益率を向上するというのが当面の目標なのだろう。そして来たるべき、ゲーム専用機の存在価値が薄れていくXデーに備えて、ソフトウェアメーカーとしての地位を確保しておきたいというのが本音ではないのか。そのために現段階から優秀なソフトウェアメーカーを傘下に入れておく。さらに言えば、任天堂やバンダイナムコホールディングスも、決算の場などで言及を始めている「メタバースの時代」への布石になるのではないか。これが私から見た今回の買収劇の解釈である。