KOU代表取締役の中村真広氏
KOU代表取締役 中村真広氏 (画像提供:中村真広氏)
  • ツクルバ共同代表時代の“内省”がヒント
  • サービスの役割は「対話のきっかけ」と「ファシリテーション」
  • 本当のターゲットは会社ではなく、社員

新型コロナによってリモートワークを取り入れる企業が増え、場所にとらわれず自由に働ける選択肢が誕生した一方で、企業や組織はこれまで社内コミュニケーションの中心を担っていた“雑談”を失った。もちろん企業は手をこまねいて見ているだけではない。ZoomやSlack、Discordなどのツールを導入してコミュニケーションを図ったが、今度はさまざまなツールによる新たな“疲れ”すら起こっている状況だ。

「リモートワークに適したコミュニケーションツールは続々と登場しています。でも『人と人のつながりを感じられるもの』は少ないように感じています」

そう話すのはKOU代表取締役の中村真広氏だ。中村氏は中古・リノベーション住宅の流通プラットフォーム「cowcamo(カウカモ)」を運営するツクルバの共同創業者・取締役だ。2021年8月にツクルバ代表取締役の退任の発表したのち、KOUの代表として2022年2月2日、法人向けにリリースしたのが対話の場づくりツール「emochan(エモチャン)」だ。

これまでツクルバ共同代表として不動産というリアルな場を作り続けてきた中村氏。新サービスでは、ネット上でどのような“空間”を作ろうとしているのか。話を聞いた。

ツクルバ共同代表時代の“内省”がヒント

ツクルバの設立は2011年。コスモスイニシアで出会った中村氏と、共同創業者で代表取締役CEOの村上浩輝氏の2人が創業した。cowcamoやオフィスのデザイン・プロデュース、そして2022年2月には売り出し前の中古不動産のマッチングプラットフォーム「ウルカモ」もリリースしている。2019年には東証マザーズ市場に上場した。

そのツクルバが上場に向けて着実に事業と組織が拡大する途上で、中村氏は葛藤を抱えるようになっていった。

「ツクルバの創業者として『代表らしくあらねば』と考えすぎるようになっていました。そこで僕自身の原体験を深掘りする『内省プロセス』を試してみたところ、本来ありたい自分と乖離(かいり)し始めていることに気づいたんです」

「そもそも僕は建築デザイン出身で、ゼロイチで事業を作り上げていくのが得意。相方の村上はビジネス畑。そう考えると、お互いに得意な領域で役割を果たしたほうがいい。そのため村上は引き続き代表を務め、僕はツクルバの枠組みを超えた活動を通じて、生み出した価値をツクルバに還元することへ軸足を移したのです」(中村氏)

このとき、中村氏に衝撃を与えたのが内省プロセスだった。内省プロセスでは「なぜそう思うのか」「今ある感情の出どころはどこか」を考える。つまり、自身の感情こそが課題解決へ近づくヒントであると身を持って知ったという。

ならば「感情」をキーワードに、以前までのオフィスで雑談として交わされていた気軽な情報共有や1on1の代替となるサービスをつくれないか──。そうしてemochanの構想が誕生する。

しかし、当初のemochanは8種類の感情が描かれたカードゲームに過ぎなかった。クラウドファンディングを通じて支援者を募り、ユーザーの活用事例を見ながら使用方法を見いだし、ウェブサービス化するつもりだった。その矢先にコロナが発生した。

「各社がリモートワークとなり、人と人が直接触れ合うことが激減しました。そのなかでカードゲームを展開するのはさすがに難しく……。そのため現在のサービスへピボットしたのです」(中村氏)

KOU代表取締役 中村真広氏
「自身の感情こそが課題解決へ近づくヒントだった」と語る中村氏(画像提供:中村真広氏)

サービスの役割は「対話のきっかけ」と「ファシリテーション」

今回、法人向けに正式リリースしたemochanは、1on1ミーティングや会議開始前のチェックイン(会議への意気込みや今の状態を共有する時間)の進行を助けるサービス。サービス名に「emotion(感情)」の「emo」が付くように、各社員の感情を切り口に対話を促すことが目的だ。リモートや在宅勤務でもに使えるよう、オンライン・オフライン問わず使える設計になっている。価格は30名までの利用で月額2万円(税別)から。

「emochan」の画面イメージ
「emochan」の画面イメージ (画像提供:KOU)

主要機能は「check」と「dive」の2つ。「check」は、会議冒頭で参加者らが「今感じていること」を「ウキウキ」「ニコニコ」といった8種類の感情アイコンから選択。その理由をシェアした後、会議をスタートさせる。

「日本人は感情のボキャブラリーが少なかったり、言い出しにくいと感じる傾向があります。でも『今日はタスクがたくさんあって実は会議どころじゃない』など、何かしら感情を抱えているはずなんです。そういったことを少しでも話しやすくするため、8つの感情から選べる形式にしました」(中村氏)

「dive」では、指定したテーマに関連する出来事や思考を振り返り、または1on1で活用するためのもの。自動botが会話を促すためファシリテーションする負荷がなく、お互いに考えをシェアすることに集中できるようにしたという。

emochanの「dive」機能イメージ
emochanの「dive」機能イメージ (画像提供:KOU)

「emochanでは『対話のきっかけを作る』『対話をファシリテートする』の2つに力点を置いています。社員同士の個性をかけ合わせてパフォーマンスを発揮していくには、対話は欠かせません」

「しかし、リモートワーク下では仕事に関連すること以外の会話が減ってしまった。コロナで失いつつある雑談を円滑にするのがemochanの狙いです」(中村氏)

本当のターゲットは会社ではなく、社員

中村氏いわく、これまでのコミュニケーションツールは初めこそ自由な使い方がされるものの、次第に「プロジェクト管理」「人材管理」などに重きが置かれ、社員同士が自由に話せる場ではなくなっていくケースも少なくないのだという。

「emochanは法人向けサービスですが、本当のターゲットは社員のみなさんです。そのため、デザインもC(コンシューマー)向けっぽくしています。checkやdiveのサマリーページも基本的には個人ごとの管理としていて、マネージャーや経営層には見えない仕様にしました」(中村氏)

「ターゲットは社員」ならば、法人向けにこだわる必要はなかったのではないか? そんな疑問をぶつけたところ、中村氏の回答はこうだった。

「もちろんC向けにすることも検討しましたが、まずは会社でのコミュニケーションを変えたいと思ったんです。それをきっかけに働く社員が変わり、家族や友人などプライベートへと伝播していく。大きな波を作るには、会社の中を変えることから始めたほうがインパクトがあると考え、法人向けにしました」(中村氏)

また、中村氏の中でemochanとツクルバでの経験はつながっていると話す。

「ツクルバの代表を離れたもう1つの理由は、事業や組織作りで培った知見やエッセンスを広げたいと思ったから。emochanを発展させていきながら、今までの経験を活かしたいと思っています」(中村氏)