
- 良いチームを作るには、私のコミットメントを示さないといけない
- Slackの投稿にスタンプを押す。小嶋陽菜の社長としての一面
- 誠実にモノを作って届ける。Her lip toは正統派であり続ける
- Her lip to、人気の秘訣は「自己肯定感」
小嶋陽菜氏が率いるD2Cブランド「Her lip to(ハーリップトゥ)」が好調のようだ。
2022年2月22日、運営元であるheart relationの新経営体制が発表され、創業者の小嶋が代表取締役CCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)に就任した。
そして、代表取締役CEOには、東証マザーズ上場のITベンチャー・フリークアウト(現:フリークアウト・ホールディングス)の取締役、インドネシア法人代表などを務めた安倉知弘氏が名を連ねた。企業の真髄は人事に現れる。元AKB48という肩書きはもはや彼女の一部でしかない。社長・小嶋陽菜は言う。
「私たちは王道、正統派をいく。経営も、モノづくりも道を外れない」
2月、都内のスタジオで取材に応じた小嶋は、インタビューを前にフォトグラファーが求める前でさまざまな表情を決めてみせた。一方の安倉が撮影時にやや戸惑ったような表情も浮かべる中で、撮りなれた姿は貫禄すら漂っていた。とはいえ、ここまでは想定内である。
2020年1月に起業したheart relationは、D2Cブランドを運営する会社として急成長期にある。20年時点で十数人だったメンバー(正社員、業務委託、パートなどを含む)は、21年末で40人ほどにまで増えた。好調な採用は、好調な業績を反映している。
コロナ禍で事業計画の変更を余儀なくされたが、それでも売上は前年比で2倍近くに増えた。一体なぜ。インタビューで彼女の口から語られた言葉は、良い意味で想定外だった。

良いチームを作るには、私のコミットメントを示さないといけない
──このタイミングで新経営体制発表になりました。
小嶋:Her lip toは本当に仲間内で始めたブランドで、私が着たいものを作って、私の周囲にいるブランドの世界観を共有してくれる人たちに届けるところから始まったんです。今も立ち上げ当初の価値観は大切にしていますが、ブランドをやってみると、私が思った以上に世界観を共有したいという人が多くいました。
InstagramなどのSNSを通じて、少しずつお客さまが増えていき、受注数も増えていきました。新しい商品を楽しみに待っている人も多くなり、洋服の型数もどんどん増えていったのですが、私にはアパレルの専門知識がありません。
何をすればいいのかもわからない手探りの中からスタートしていったので、会社を始めてからしばらくの間は記憶がないですね。目の前に課題が出てきては、それに対応する。そうするとまた別の課題が出てくる。生産管理やMD(マーチャンダイジング、商品化計画)を担当してくれる仲間は集まりましたが、去年から人が増えるなかでもっと強い組織、良いチームを作る必要性が出てきました。

良いチームを作るには、私のコミットメントを見せることも重要です。本気で会社にコミットしていること、リスクを取る姿勢も外に示して、それに応えてくれる仲間をキャリアSNSのYOUTRUSTが企画していた「すごい副業」を通して募集しました。そこで応募してくれた方の中に安倉さんの名前があったんです。最初はウソでしょと思いました。こんな良い人が本気でうちの会社に参加したいのかなと疑っていたんです。
──安倉さんは本気だったんですよね。どういう経緯で応募を決めたのでしょうか。
安倉:僕の社会人生活のスタートはリクルートで、直前まではインドネシアを拠点にフリークアウトの海外展開も手掛けてきました。経験も積んでちょうどいいタイミングだと思ったので、実は起業しようと考えていました。でも、ここで小嶋さんの募集メッセージを読んで、成長に役立てるかもしれないと思ったんです。
というのも、僕は前職では急成長期の良いところと同時に、組織づくりの課題に直面したことがあったからです。急激に成長する組織は勢いと同時に、空中分解するリスクも抱えています。人が増えるときに大事なのは、誰が、どの範囲で責任を持っているかを明確にすること。円滑にコミュニケーションが図れるように工夫しないといけません。
組織へのコミットメントも雇用形態などでどうしても濃淡が出てきますので、1人ひとりのメンバーに合った参加の仕方も明確にする必要がある。そこを担えるなと思ったんです。
Slackの投稿にスタンプを押す。小嶋陽菜の社長としての一面
──そこで採用を決めるわけですね。狙いははまりましたか。
小嶋:組織づくりの課題は、私にとっても大事なことだと思っていました。よく周りの経営者から「経営とは課題がたくさん出てくるもので、みんな不安になるけど大丈夫」と声をかけられることもありましたが、私にとっては目の前の大切な課題でした。人材採用も本当に私が必要としている人を採用しなければ、これ以上の成長はないと思っていました。
heart relationは、大きく分けてIT系スタートアップ、アパレル系、エンタメ系から参加した人がおり、さまざまなバックグラウンドを持つ社員がいます。当然ですが、仕事のやり方や考え方も分野によってさまざまで、それぞれの力が組み合わさればすごい力になると思っていましたが、どうやったらそれが実現できるのかを考えていたんです。
安倉:最初にオフィスに行ったとき、「ちょっとみんな余裕がないのかも……」と感じました。事業規模が大きくなると目の前の仕事に忙殺されて、コミュニケーションが後回しになることはどこでも起こり得ます。当たり前のことです。
そこで、地味なことだと思われるかもしれませんが、コミュニケーションを取りやすくするために、会社が全額を負担するから仲間でランチに行ってみて、というイベントを社内で進めました。もちろん感染症対策も示した上で、です。ランチの様子をおさめた写真をSlackへアップしてもらって、そこにスタンプをみんなで押すことで盛り上がるんです。

仲間が増えるたびに、僕がみんなの写真や名前を使ったスタンプを作っていました。最初の大切な仕事だったかもしれません(笑)
小嶋:これは本当に良かったですね。私はミーティングの日程も詰まっていて、なかなか参加できないのですが、ランチの写真にはちゃんとSlackのスタンプを押しています。私も見ているし、気にしているよというメッセージになりますし、仲間のモチベーションアップにもつながると思うんです。
安倉:いろんなバックグラウンドを持つ社員と接することで、僕も学んだことがあります。ITベンチャー出身なので、ついつい物事を生産性やスケールで考えてしまう。たとえば、ミーティングでもちゃんとアジェンダを設定しないといけないとずっと思っていました。でも、ブランドづくり、モノづくりはそうではない。一見すると無駄話だと思ったものが重要なアイデアにつながっていきます。実は無駄や余白が重要なのです。
これはどちらが良い、悪いではなく、問題や状況に応じて最適なやり方を使い分けることで、組織は成長するのだと思いました。
誠実にモノを作って届ける。Her lip toは正統派であり続ける
──モノづくりといえば、Her lip toの商品展開を見ていると、デニムには名産地として知られる岡山県・児島産の生地を使用していますし、この冬シーズンに出したツイードのコートも品質と価格のバランスを良く研究しているという印象を持ちました。
小嶋:本当に私が着たいもの、着るものを作るようにしています。いま大体300点近い商品がありますが、すべての商品に私が実際に携わっています。年間1000点近く投稿しているInstagram用の写真、動画もすべて私が目を通していますし、商品ページの概要コメントも全部自分で考えています。
ほとんどの洋服は私がモデルも務めて、撮影もしています。価格帯も私と同世代女性のライフステージとかけ離れた価格にはしていません(編集部注:現在、販売しているデニムの価格帯は2万円台)。
だからこそ箱を開けて手に取って着たときに、「写真よりも良かった」と思ってほしい。そのためには、細部へこだわることが大切になります。ここを人任せにはしたくないんです。名前を貸して、人に任せたプロデュースではなく、自分で手を動かしています。オンラインの販売で大切なのは、写真よりも現物のほうが良いと思ってもらえる実際の体験にあります。
今の仕事も楽をしようと思えば、いくらでも楽はできます。振り返れば私はアイドル時代もすごい経験をさせてもらいました。王道、正統派のアイドルであり、ファンに対して誠実であることが求められました。そこでビジネスを始めた私が道を外れて楽をするのはダメですよね。私たちは王道、正統派でありたい。誠実にモノを作って、お届けする。好きなことをやっているのに、手を抜きたくはないんです。

──社長の姿勢は明確ですね。
安倉:そうですね。自らリスクを取っていますし、誰よりも会社のことを考えているなと思いました。
小嶋:何のときだか忘れてしまったのですが、安倉さんに「それが経営哲学ですね」と言われたことがありましたよね。「あっ。それでいいんだ」って思った記憶があるんですけど……。
安倉:具体的な話は僕も覚えていませんが、理想を下げる必要はないという話はしました。「気分が上がる瞬間を届けたい」のなら、それだけを考えていれば良いと。とにかく社長がやりたいことをやりたいと言って、モノづくりも組織づくりも妥協せずに自分の目標を下げないでいることが、そのまま経営哲学になりますよね。
小嶋:もっと突拍子もないことを思いついて、それを口にしていきたいと思っています。現実的なことより、もっと大胆なビジョンを打ち出せるリーダーになりたいですね。
Her lip to、人気の秘訣は「自己肯定感」
──このブランド、会社はどう成長させていきたいと思っていますか。
小嶋:私たちは月に一度、週末に経営陣全員で集まり、この会社について考える合宿をやっています。そこで気がついたのですが、私たちの事業は社名の通り「heart relation」になっているんです。私たちと買ってくださるお客さまとの間にある関係性を大切にする会社、Her lip toの服を着ている人たちの間に生まれる関係性を大切にする会社です。
2021年は、ポップアップイベントも東京と大阪合わせて10回ほど開催しました。コロナ禍で、入場制限もせざるを得なかったのですが、年間で2万人近くの人が来場してくれました。イベントに行った人同士での交流、SNS上で「一緒に行きましょう」という関係が生まれていることが、私たちにとってはすごく嬉しいことでした。

単に服を作って、届けて終わりではなく、その先に生まれる関係。これからも、私たちとお客さまの間に生まれる「relation」を大切にして、気分が上がる瞬間を作っていきたいのです。キーワードは「自己肯定感」です。
若い人たちの中でも、自分に自信がないという声は多く聞きます。私は長く人から見られる仕事をしてきたので、どう見られるかという視点は大切にしています。私たちの服を着て褒められた、自分に自信が持てたという感想は嬉しいですね。
安倉:社名の話は僕自身もすごく納得したことです。今後は海外展開も視野に入れています。もちろんハードルは高いと思います。ですが、海外で事業をしていて学んだのは、日本の長所はやはりコンテンツにあるということです。コンテンツ産業は世界で勝負できます。
小嶋さんのようなコンテンツビジネスの王道にいた人が、社長として挑戦すること自体に大きな意味があると思います。
小嶋:海外展開ももちろんですが、DX推進でさらなるユーザー体験の向上も必要ですし、新規事業の立ち上げなどを企業として目指していきたいです。