
- 大規模離職の現状
- 離職原因の1位は「有害な職場文化」
- 離職を防ぐため、企業がとるべき行動
- 卓球台のあるお洒落なオフィスから従業員ウェルネスへの投資へ
米国ではいま、労働者が大量に仕事を辞めている。この現象は、大規模離職を意味する「グレイト・レジグネーション」と呼ばれ、メディアで頻繁に報道されている。なぜ人が辞めているのか。また、企業が優秀な人材を採用し、繋ぎ止めるためにはどうしたら良いのか。MIT Sloan Business Reviewが2022年1月、従業員データに基づくリサーチ結果を公開した。
この記事では、このリサーチ結果を解説しながら、ニューノーマルな働き方や新しい価値観に合わせて変化を求められている企業のHR戦略について書いていく。
大規模離職の現状
米国では、2021年4月から9月の間に2400万人以上の従業員が仕事を辞めた。これは過去最高の記録だ。米国労働省労働統計局が発表した最新の統計によると、大規模離職は2021年11月に再び勢いを増し、453万人という記録的な離職数となっている。

MIT Sloan Business Reviewによると、業界ごとで差はあるものの、ブルーカラーとホワイトカラーに等しく影響を与えている。最も被害の大きかったアパレル・小売、ファストフード、専門店などの業界は、調査した全業界の中でブルーカラー労働者の割合が最も高い。
一方、経営コンサルティング業界は、離職率が2番目に高い。企業向けソフトウェア業界も離職率が高く、エンジニアや技術系の従業員の割合が最も高くなっている。
同業他社間で離職率に大きな差

興味深いことに、同じ業界の中でも、離職率が高い会社とそうでない会社が大きく分かれている。例えば、ボーイング社の離職率が6.2%なのに対し、スペースX社では21.2%となっている。HSBC社では5.1%に止まっているが、ゴールドマン・サックス社では15.2%だ。
離職原因の1位は「有害な職場文化」
上記の表は、賃金や報酬が離職に与える影響を1とし、上位5つの離職に至る原因を数字で示したものだ。MIT Sloan Business Reviewによれば、有害な職場文化は、業界と比較した企業の離職率を予測する上で、報酬の10.4倍の力を持っているという。

ここからは、離職率の予測因子の上位5つについて詳細に見ていく。
1位:有害な企業文化
2位に大きく差をつけて1位となったのは、有害な職場文化だ。本レポートによると、有害な職場文化の主な要因は、多様性や公平性、インクルージョン(組織への参画・貢献を感じられる状態)を促進していないこと、従業員が軽視されていると感じていること、そして非倫理的な行動となっている。
米国では、求職者も企業を評価する文化が強い。実際の従業員からのレビューや報酬レンジが読めるGlassdoorや、匿名で自社に関する情報を書き込めるSNSのBlindなどで情報収集を行う。500万人のユーザーを持つBlindは、昨年5月に、Cisco Investmentsや韓国、シンガポールの投資家などからシリーズCラウンドで約43億円を調達している。
2位:雇用不安と組織内の再編
雇用の不安定さやリストラも、従業員の離職率に影響を与えている。チーム内でレイオフが続く、業界の勢いが衰えているなどの状況が原因で、安定した職につきたいと考えるのは、当然の流れだ。同レポートでも、非自発的離職(=解雇)が大企業の全従業員の退職者数に占める割合は4分の1以下であったとした上で、キャリアの見通しの悪さや、雇用が不安定であることが、従業員の自発的な退職にも大きく寄与していると考えられると述べられている。
3位:イノベーションが活発でワークライフバランスが取れない
いわゆるイノベーションが活発な企業から離職する人が多いことも報告されている。イノベーションの最先端を走る企業の従業員は、長時間、速いペースでの仕事が求められる。これが強いストレスとなり、バーンアウト(燃え尽き症候群)につながるケースもあるだろう。
4位:成果を評価されない
チームや社内で成果をあげても評価されない場合、従業員は転職を考える。記録的な売り手市場も、転職への動きを後押ししている。
5位:COVID-19への対応
ここ数年続くパンデミックへの対応が5位になっている。TwitterやMicrosoftは、永久的なリモートワークを発表したが、GoogleやMeta(旧Facebook)は、安全な環境に戻り次第、オフィスへの出社を求める方針だ。従業員が自らの健康を最優先されていないと感じたことがきっかけで、離職に至るケースも多い。
実際、GlassdoorやBlindといったレビューサイトでも、オフィス出社を求める企業への不信感を訴えるコメントが数多く見られた。
離職を防ぐため、企業がとるべき行動
本レポートの後半部分では、こういった環境の中で、企業がどのように従業員の離職を防ぐべきかが記されている。

上記の表は、賃金や報酬が離職を防ぐ影響を1とし、従業員を維持するための主要予測因子の影響を数字で表している。1位は、社内での新しいキャリアパスの提供だ。本レポートによると、すべての従業員が昇進を希望しているわけではないという。
多くの社員が求めているのは、気分転換や、新しいことに挑戦するチャンスだ。多国籍企業の場合は、海外赴任の可能性がある場合、現状の会社に止まるというデータもある。
2位以降は、リモートワークなど柔軟な働き方の提供、ハッピーアワーやレクリエーションなど社員同士が交流する場を設ける、予測しやすいスケジュール管理となっている。
卓球台のあるお洒落なオフィスから従業員ウェルネスへの投資へ
ここからは、筆者自身が感じている、各企業のHR方針のシフトチェンジに触れる。
これまで、著名なテック企業は、高い報酬はもちろんだが、ホテルビュッフェ並の食事、カフェのようなお洒落な内装のオフィス、ボードゲームや卓球台などのレクリエーションツールを提供するといったかたちで優秀な人材を集めてきた。

パンデミックによるリモートワークで、仕事と私生活の切り替えが出来ないことから、燃え尽き症候群がかつてないほど問題になった。先の見えない状況で、多くの人が心の不調を訴え、メンタルヘルス危機も起こっている。
そんな中で、従業員が働きやすい環境を作るためにはどうしたら良いのか、各社が模索している。模索の中で導き出されつつあるひとつの解は、従業員のウェルネスへの投資だ。
下記に具体例を紹介する。
カスタマーサポートソフトウェアのZendeskは、2020年5月からメンタルヘルスの福利厚生を提供するModern Healthと提携し、セラピー、コーチング、ビデオなどのリソースに簡単にアクセスできるようにした。実際、最初の1週間で全世界の従業員の25%が利用したという。
会計事務所のPwCでは、全社的に会議の時間を25%短縮するという目標を設定し、1時間の予定を45分に短縮するなどの行動をマネージャーに促している。同社では、金曜日の午後12時以降は、原則会議を設定しないことを推奨している。
瞑想アプリのCalmでは、月々のウェルネス補助金をセラピーやジムの会員権、栄養プログラム、マッサージなどのサービスに利用できる制度を設けた。
ユニリーバ、クラウドファンディングのKickstarterなどは、週休3日制を試験導入している。今年1月のFortune記事では、英国の30社が週休3日制を試験導入すると報じられた。参加する企業の従業員は、80%の時間は賃金と従業員手当を全額支給され、100%の生産性を維持することを約束する。また、生産性だけでなく、従業員のメンタルヘルスや環境への影響、男女共同参画などについても調査を行う。
Salesforce、Pinterestなどは、子どもを持つ自社の従業員に、働く親のための福利厚生プラットフォームのCleoの提供を開始した。従業員は、Cleoを通して、育休からの復職時に悩みを相談できる専門家や、子どもの健康の専門家、助産師や産後うつ専門家などにアクセスできる。同社は、55カ国以上の100社を超える多様な企業に導入されている。
人々の価値観が大きく変わるいま、企業にもニューノーマルな職場文化の形成が求められている。