
- Uber Eatsの料金体系に差をつける「グループ注文機能」
- 元DeNA子会社社長が「日本の食」で起業
- 老舗の料理屋にも愛されるサービス設計
- コロナ騒動で頻発した「一時利用停止」の真相
- 飲食店・配達員・サービスの掛け合わせ
フードデリバリーといえば、真っ先に「Uber Eats」を想起する人は多いだろう。そんな牙城を少しずつ崩そうとしているサービスがある――「Chompy」だ。運営するのは、DeNAやメルカリなどの元メンバーが集まり、2019年6月に設立したSYN。同社は創業してすぐ約2億円の資金調達を実施した。そんな彼らが展開する「Chompy」で見えてきた、「Uber Eats」への勝ち筋とは。(ライター 福岡夏樹)
フードデリバリーサービス「Chompy(チョンピー)」は、ユーザーの現在地から「約30分以内に届けられる範囲の飲食店」と連携し、商品の注文・配達ができるアプリだ。現在、都内の個店を中心とした約150店が登録されており、オーダー後、近くにいる配達員が飲食店からユーザーへ配達を行うギグ・エコノミー(ネットを通じて単発の仕事を請け負う経済圏のこと)の要素も生かされている。
Uber Eatsの料金体系に差をつける「グループ注文機能」
ここまではUber Eatsとたいして変わらない。両者の最大の違いは、価格の安さを徹底するために誕生した「グループ注文機能」だ。
Uber Eatsでは、登録された飲食店は手数料として注文総額の35%、ユーザーは送料として400円前後支払うシステムになっている。ほかのフードデリバリーサービスを見ても送料に600円前後をかけているところは多く、サービスの仕様上、配達コストが高くなってしまうことがわかる。
一方、Chompyでは、飲食店側への手数料も注文総額の30%にとどめている。その理由は人件費削減を意識したサービス設計をしているからだ。前述の「グループ注文機能」は、文字通り、複数人で注文できる機能。1つのURLを友人や同僚と共有すれば、同時に商品の注文ができ、配送料も割り勘にできる。こうした工夫から配達員の人件費を抑え、飲食店側への手数料も注文総額の30%にとどめている。
現在はベータ版として、東京都渋谷区を中心にサービスを展開しており、新規ユーザーのうち約4割がリピーターとなっている。さらにユーザー1人あたり週1.8回利用するなど、定着率も高い。
元DeNA子会社社長が「日本の食」で起業
サービスを提供するSYNの代表取締役CEOは、大見周平氏だ。2012年にDeNAへ新卒として入社した大見氏は、すぐに韓国でゲーム事業の立ち上げを担当。2014年には国内に戻り、個人間カーシェアリングサービス「Anyca(エニカ)」を立ち上げた。2017年からはDeNAトラベルの代表取締役社長も務めた実力者だ。かつて一緒に働いていた仲間を集め、2020年2月にChompyをリリースした。

「自分が32歳を迎えたとき、今後一生かけて取り組めて、子どもや孫の世代に『あってよかった』と言われるサービスをつくりたいと思ったんです。少子化などの社会課題により劣化していく日本の衣食住のインフラを支え、いまや世界水準となった日本的ものづくりをさらに磨いていけるサービスは何か。そう考えて、たどり着いたのが“日本の食”でした」(大見氏)
とはいえ、フードデリバリーはUber Eatsのほか、中国などのアジア圏でも多くのサービスがしのぎを削る、“レッドオーシャン”な領域だ。それについて、大見氏は「Chompyの最終ゴールは『新しい食のインフラ』をつくること。(ライドシェアの延長線上のサービスである)Uber Eatsとは目指すゴールが違う」と話す。

「海外に食を広めるには、現地に実店舗を置く必要があります。これがネックで、多くの飲食店が海外進出を諦めてしまう。ですが最近では、デリバリーやテイクアウトのみの飲食店も増えているんです。そこで、レシピや仕入れのフローを構築して、実店舗なしで海外展開できる仕組みを作りたいと考えました」(大見氏)
日本の食文化を海外に届ける第一歩として目をつけたのが、国内でのフードデリバリーだったのだ。ランチタイムの飲食店は忙しく、実店舗だけで売り上げを上げるには限界がある。Chompyはそういった飲食店と連携し、「店舗から30分圏内」に購買範囲を広げ、売り上げとともに顧客を増やす橋渡し的立ち位置を担う。
老舗の料理屋にも愛されるサービス設計
東京・原宿で1977年から営む老舗中華料理店「龍の子」は、今年1月からChompyに出店している。

オーナーの及川美代子氏は、「以前からお弁当は販売していましたが、調理後すぐに提供できないのが悩みでした。中華料理は熱いうちに食べてもらうのが理想。Chompyは配達速度が速いため、デリバリーでも温かい料理を食べてもらうことができる」と笑う。
また、飲食店が使用するタブレットにも、顧客と飲食店の距離を近くする工夫がある。
「注文したお客さんの顔写真が、アイコンとして見えるようになっています。また、過去の注文回数までわかる設計になっているので、リピートの注文だとわかると、つい嬉しくなってしまいますね」(及川氏)

Chompyは、龍の子以外にも老舗の個店との提携が多い。なかなか新しいテクノロジーに及び腰な個店が提携を決める理由は、Chompyが「人と人のつながりを感じる場づくりを意識している」ためだ。
「インターネットは便利になりすぎると機械的に見えてしまいがち。でも中身は、人が作ったものを人が運び人へ届けるサービスです。だからこそ、エモーショナルな体験を大事にするため、飲食店と顧客それぞれの人間味が見えるようにしています。特に飲食店には、店自体を知らなかった人達に対してネットを通じて届けられるため、一気に商圏が広がる感覚を味わってもらいたい」(大見氏)
コロナ騒動で頻発した「一時利用停止」の真相
ベータ版である今だからこそ、サービス開発に注力しながらさまざまな試みを同時進行で進めている。
その1つが、前述の「グループ注文機能」だ。Chompyの安さを周知するための仕掛けとして、現在は2人以上での注文で配送料は無料、4人以上だと支払い総額の5%を幹事にキャッシュバックするキャンペーンを実施している。
「どれだけおいしい食事でも、1人で食べたがる人は少ない。一方で、大事な人と行くなら、高いお金を払ってでも食べたい人は多い。それほど、人は食を通じてコミュニケーションし、絆を深めようとするところがあります。その満足感から口コミを生み、サービスを広げようとしているところです」(大見氏)
最近では「グループ注文機能」を拡充し、1社あたり10個単位で弁当を注文できる機能を一部企業に向けて開放。ディナータイムの配達もスタートさせた。
ベータ版ならではの試みはまだある。飲食店や配達員はもちろん、ユーザーの声を直に受け取れるよう、ビジネス向けのチャットツール「Slack」との連携を実施している。飲食店・配達員・ユーザーそれぞれの意見を直接拾い上げ、コミュニティ形成を図っている。

「飲食店・配達員・サービスの3つが協力し合うからこそ『30分以内の配達』が成立する。そのためには、一方通行なやりとりではなく、フェアな関係をつくる必要があるんです」(大見氏)
そんなChompyがリリースされてすぐに起こったのが、新型コロナウイルスによる騒動だ。これによって不要不急の外出を控えるユーザーから、フードデリバリーのニーズが急増した。Chompyも例外ではなかった。
しかし、このときのChompyはピークタイムである11時半~12時半にかけて「一時利用停止」する事態に陥っていた。
「配達員の密度が減ると、サービス体験も下がる。その最低値はどこにあるのか、注文が配達員のキャパシティを超えたときにどう対処すべきか。まさに、その限界値を探っていたタイミングでした。ユーザーのみなさまにはご迷惑をおかけしましたが、おかげで閾値を見ることができました」(大見氏)
飲食店・配達員・サービスの掛け合わせ
フードデリバリーは、ソフトウェア開発はもちろん、配送経路やオペレーション、ローカルへの最適化を行う必要がある。そのため、「参入障壁が高く、経営経験の豊富な連続起業家でも敬遠する傾向がある」と大見氏は言う。
そうした難しい領域にも関わらず、SYNはDeNA(Delight Ventures)やDCMベンチャーズ、Coral Capital、さらにサンフランシスコを中心に投資を行うGreenoaks Capitalからローンチ前に約2億円の資金調達に成功した。

さらに、2回目の資金調達は2020年夏頃を予定しており、それまでは開発と営業、オペレーションの磨き込みに注力する。資金調達後には配達地域の拡大も考えているという。
「フードデリバリーで特に問われるのが、“ローカル化”です。僕らは、引き続き飲食店・配達員・サービスの3つを強化させながら、まずはローカル中心で仕組みを確立させていく。このビジョンに対して、投資家の方々から評価いただきました。今後はより日常利用できるようにし、街の個店をさらに支える場作りをしていきたい」(大見氏)
Chompyのさらなる「ローカル最適化」で、Uber Eatsを凌駕する日は来るのか。日本の「食」が彼らのサービスをベースに、世界へ展開されていく日が楽しみだ。