写真:Staralink衛星 SpaceXのウェブサイトより
写真:Starlink衛星 SpaceXのウェブサイトより
  • 低軌道衛星の“群れ”が高速・低遅延のインターネットアクセスを実現
  • 衛星インターネットアクセス事業に取り組む海外・日本の各社
  • 世界で10億人の「デジタルデバイド」を解消する可能性も

「イーロン・マスクよ、ウクライナにStarlinkを提供してほしい」

ウクライナの副首相兼デジタル・トランスフォーメーション担当大臣、ミハイロ・フョードロフ氏がTwitterでこう訴えたのは、2月26日のことだ。

Starlink(スターリンク)とは、イーロン・マスク氏が率いる宇宙スタートアップ・SpaceXが提供する「衛星インターネットアクセス」のサービスである。ウクライナではロシアの侵攻以来、インターネットがつながりにくい状況が起きていた。

フョードロフ氏のツイートから約10時間後、マスク氏は「Starlinkのサービスがウクライナで稼働した」と返信。追加のStarlink用端末もウクライナに輸送された。SpaceXは、1月の大規模な火山噴火にともない、海底通信ケーブルに被害を受けたトンガにも、Starlinkの提供を進めている。

Starlinkをはじめとする衛星インターネットアクセスとは、どのような仕組みで提供され、どのような可能性を秘めているのだろうか。

低軌道衛星の“群れ”が高速・低遅延のインターネットアクセスを実現

衛星インターネットアクセスは文字通り、人工衛星を利用したインターネット通信の仕組みである。2010年代に入るまでは、赤道上空の高度3万6000キロメートル付近に配置された静止衛星によって提供されてきた。しかし静止衛星は地上からの距離が遠く、通信速度の遅さや遅延の大きさなどに課題があった。また高緯度では、赤道上空の衛星に向けて低い角度でアンテナを構える必要もあった。

これら静止衛星の課題を解消するのが、低軌道の「衛星コンステレーション」を利用するというアイデアだった。衛星コンステレーションとは、安価な小型衛星を多数打ち上げて、互いの衛星をネットワーク化する仕組みだ。「コンステレーション」には「星座」「星の配置」の意味があり、協調して働く一連の人工衛星群を星座に見立てて、このように呼ぶ。

衛星コンステレーションによる通信サービスでは、低軌道の場合は上空2000キロメートル以下、中軌道の場合で2000〜3万6000キロメートルと、静止衛星より地球に近い位置に衛星が配置される。このため、従来より高速で低遅延なアクセスを実現できる。

また人工衛星が極軌道を通るため、従来は衛星インターネット通信を利用できなかった北極域・南極域周辺でも通信が可能だ。

衛星コンステレーションでは、衛星1基あたりの開発コストを抑えることができ、打ち上げ時や運用時のリスクも軽減できる。そこで2010年代以降、衛星コンステレーションによるインターネットアクセスへの取り組みを表明する企業が相次いで登場した。

衛星インターネットアクセス事業に取り組む海外・日本の各社

SpaceXは2019年、Starlink衛星を同社のファルコン9ロケットにより打ち上げ、衛星インターネットアクセスのサービスを開始した。2022年中に世界のほぼ全域でサービスを展開できるよう、約1600基の衛星を配備する計画だ。

2021年9月時点で、Starlinkは17カ国でサービスを提供。ほか各国の規制当局へ認可を申請中だという。日本では、KDDIが2021年9月、SpaceXとの業務提携を発表。山間部や島しょ部など、全国約1200箇所の遠隔地から追加料金なしでStarlinkのブロードバンド通信サービスが利用できるよう、順次導入を進める計画だ。

SpaceXと同時期に衛星コンステレーションによる通信事業の計画を発表していたのが、OneWebである。OneWebには、ソフトバンクグループも出資し、2019年のサービスインを目指していたが、資金繰りの悪化により2020年3月に連邦破産法11条の適用を申請。その後、再建を図る同社は、2022年2月時点で合計428基の衛星を軌道上に配置した。これは予定している648基の衛星の3分の2にあたる。

OneWebは、2022年中にはワールドワイドで商用サービスを開始するとしている。日本ではソフトバンクと衛星通信サービスなどの展開に向けた協業を進めている。

米Amazonも、衛星コンステレーションによるインターネット通信サービス「Project Kuiper(プロジェクトカイパー)」の計画を、2019年に発表している。2022年の10〜12月までには最初の2基を実験衛星として打ち上げる予定で、10年間で最大約3200基の衛星を打ち上げるとしている。

日本でのその他の動きとしては、楽天が2020年3月に米国の衛星通信企業・AST & Scienceへ出資し、戦略的パートナーシップを締結。協業する形で、普通のスマートフォンから直接衛星と通信できるサービスの展開を目指す。

世界で10億人の「デジタルデバイド」を解消する可能性も

衛星インターネットアクセスの世界的な普及は、どのような影響をもたらすのか。全世界の人口約76億人のうち、インターネットを現在利用できない人は30億人以上いると言われている。その多くはインフラ整備が進んでいないことが原因だ。

コスト面などから地上に通信インフラを整備することが困難な地域では、人工衛星によるインターネットアクセスが実現すれば、基地局や回線を整備するより低コストで受信機を設置して、高速・低遅延な通信回線を確保できる可能性がある。

現状ではインターネットインフラが十分でないが、人口増加が期待できる途上国においては、今後のオンライン市場の伸びには大きな可能性がある。野村総合研究所の試算によれば、衛星コンステレーションによるインターネットアクセスが実現した場合、潜在的なネットユーザーが100万人以上いる国や地域は南アジアやアフリカ諸国などを中心に広がっており、これらの潜在的ユーザー数を足し合わせると、少なく見積もっても10億人。現在インターネットにアクセスできない人口の3分の1を占めるという。

衛星インターネットアクセスの提供により、ネットの恩恵を得られないデジタルデバイドが世界的な規模で解消すれば、大きな市場の開拓や、新たな地域での新たな事業の創造にもつながるかもしれない。

一方、衛星インターネットアクセスにも、雨や雪、湿気による信号の減衰や、衛星同士、基地局同士の連携の複雑さなどに課題がある。また多数の衛星を運用するがゆえに生じた問題も存在する。その1つが「光害」問題だ。

たとえば、低軌道で周回するStarlinkの人工衛星は、地上からでも観測できる。1度に60基が打ち上げられると、その直後は連なる光の軌跡が現れ、しばしばUFOと見間違えられるほどだ。この衛星の列が常に数百基、上空に存在することによって、天文台による星の観測には支障が出ている。

SpaceXでは「VisorSat」と呼ばれる機体を導入し、夜空で衛星を見えにくくする工夫をしてはいるが、これも完全なものではないと研究者からは指摘されているようだ。

さらに「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」の問題も懸念されている。故障したり稼働を終えたりした衛星によるスペースデブリは、宇宙空間を汚染するだけでなく、デブリと人工衛星、あるいは人工衛星同士が衝突することで、新たなデブリが増殖するきっかけにもなりかねない。

SpaceXは「低高度での運用では、デブリは(大気圏への再突入で燃え尽きるため)残らない」とし、「他の衛星所有・運用者との軌道情報の共有」「衝突回避システムの開発」などの対策も進めていると、宇宙のサステナビリティや安全性確保への取り組みについて説明している。

ただ、将来的には万単位の衛星配置が想定されていることもあり、今後さらにこれらの衛星配置にまつわる課題は注視していく必要があるだろう。