
- 顧客目線に立ち返ることから始めよう
- プライシングのPDCAの回し方
- 価格が変動する世界で個人が取るべき2つの“振る舞い”
- プライシングが秘める大きな可能性
「日本企業の価格設定(プライシング)に対する考え方は遅れている。一番の課題となっているのはテクノロジーではなく、実は人間のほうだ」
そう語るのは、書籍『新しい「価格」の教科書』の著者でプライステックサービスを提供するハルモニア代表取締役の松村大貴氏だ。
松村氏は、日本経済に対する危機感と日本のプライシングにおける課題を「なぜ日本の価格決定力は低いのか──変動価格が広がる「価格3.0」の時代とは」で指摘した。その続編となる本稿では、これからどのようにプライシングを考え、アップデートを行っていけばいいのか、松村氏が具体的に解説する。
顧客目線に立ち返ることから始めよう
企業のプライシング変革において基本となるのは、「バリューべース・プライシング」という考え方です。
日本では製造コストに対して必要な利益を乗せるという価格決定、いわゆる「コストベース・プライシング」の考え方が長らく一般的でした。この考え方を、顧客から見たときにどのくらいの価値があるのかというバリューべース・プライシングに変えていくことが重要です。
これはコストベース・プライシングの考え方を捨てるということではありません。製造や流通にかかるコストを踏まえて利益が出せる売り手の都合と、支払った額に対して高い満足度や価値を得られる買い手としての都合、この2つが折り合うポイントを改めて探っていくということです。

顧客にとって自社の商品の価値を改めて定義・分解できたら、その差異に合わせてより細かな価格提案を設計していきます。経済学の用語で「価格差別」と呼ばれる考え方です。この言葉に一般的な「差別」の意味合いはなく、異なるセグメントの顧客や異なるニーズのある顧客に対し、同一商品を違った価格で提示していくということを指します。身近な例としては、映画館の料金が挙げられます。大人料金・子ども料金・シニア料金やレイトショー料金などの区分があり、映画という同じ商品に対してさまざまなメニューが設定されています。これも価格差別です。
また、大量に発注してくれるお客様に対してボリュームディスカウントをするという考え方も同様です。SaaSなどのソフトウェアビジネスであれば、利用ボリュームや使える機能別に複数のプランを設計することが定石となっています。

顧客の特徴についての理解度が高まれば、次に検討するのは、料金体系の見直しです。このとき、つい「料金をいくらにするべきか」ということに目が向いてしまいがちですが、料金そのものよりも、料金体系の変更の方がインパクトが大きいのです。
例えば、最近はNetflix、Amazonプライム・ビデオ、DAZNなどの動画配信サービスの月額料金変動がニュースになることがあります。しかし、こうしたサービスの真のイノベーションは、動画視聴を従来の「都度レンタル」料金から「見放題のサブスクリプションサービス」へ料金体系を変えたことにあるはずです。料金自体を変更する前に、顧客ニーズに基づいた料金体系を検討していくことから考えていきましょう。

プライシングのPDCAの回し方

プライシングは永続的な取り組みです。最適な価格が1つ出てきて、それをずっと使い続けられれば良いというものではありません。プロダクトの改善や広告の運用と同様に、価格もPDCAサイクルを高速に回すことが重要になります。
このプライシングの改善サイクルは、仮説思考や実験思考が身に付いている企業であれば比較的容易に取り組むことができるでしょう。リーンスタートアップ(コストをかけずに最低限の機能を持つプロトタイプを短期間でつくり、顧客の反応を見て改善したプロダクトを開発していく手法)に慣れているベンチャー企業や新規事業のチームであれば、プロダクト開発や事業作りにおけるリーンな取り組み方をプライシングにも適用できるのではないでしょうか。仮説を立て、それを実際の顧客からのフィードバックで学んでいくという方法はプライシングにおいても有効です。
プライシングのPDCAの具体的な進め方としては、まず価格の見直しをする目的を定めるところから始めます。そして業界に知見のある仲間たちとの経験則を基に仮説を立て、それを販売データや顧客データから分析・検証します。
データからわかる範囲の答えを出した時点で料金を決定できることもあれば、実際に変動させてみないとわからないこともあるでしょう。そうしたときも、検証でわかる範囲を徹底的にロジックで詰めたうえで、やってみないとわからない部分を明確にしてからテスト運用に臨むべきです。最初からベストのプライシングを目指すのではなく、サイクルの中でよりベターなプライスの発見を繰り返し行っていきます。
この過程で組織としてのプライシングに対する重要性や有効性の認識、そして組織のケイパビリティ(強み、能力)を高め、最終的には自社の価格決定力の向上を実感できるところまで進めていくことができます。

価格が変動する世界で個人が取るべき2つの“振る舞い”
書籍『新しい「価格」の教科書』の中では、価格が変動していく世界における個人の生き方についても紹介しています。ここ数年、「ダイナミックプライシング」という言葉を聞く機会が増えてきました。まだ直接的に価格の変動が起きていない業界でも、たとえば鉄道業界でピーク時間を避けて通勤するとポイントバックされるといったかたちで、疑似的な変動価格が始まっています。
また、外食業界ではモバイルオーダーシステムを利用したダイナミックプライシングにまで発展している例もあります。近い将来、美容院・映画館・エステティックサロン・スポーツジム・外食といった時限性の高い商品は、段階的にダイナミックプライシングの考え方が浸透していくと考えられます。
このように、さまざまなモノの価格が変動していく社会において、個人はどのように振る舞えば良いのでしょうか。
1つは、フットワークを軽く保っておくということです。混雑度や需要・供給によって価格が変わるということは、多くの人が行きやすい時間帯には料金が高くなり、逆に他の人と違ったリズムで行動ができるとお得になる機会が増えます。ゴールデンウィークやお盆に飛行機・ホテルの料金が高くなるのと同じ原理です。より柔軟に毎日の行動を変えることができ、好きな場所・時間で生活できるようなライフスタイルの人が、よりお得な変動価格のメリットを享受することができるでしょう。
もう1つ重要なのは、自らの価値観を磨いていくということです。企業が一律価格で商品を販売するのではなく、さまざまな状況・顧客に合わせた価格を提示してくるようになる未来。それを買うか買わないか、そしていつどのように買うかを決めるのは、買い手である私たち個人になります。すると「この商品・サービスに対して自分はいくら支払うか」ということを問われる機会が自然と増えていきます。ただ、これは難しく考える必要はないのかもしれません。その時々の自分の状況や気分に合致し、そして自らが満足していれば、他の人の価格と差異があっても納得して購入できるからです。価格が変動していく世界では、自らの物差しを磨いていくことも重要になっていきます。

プライシングが秘める大きな可能性
書籍では、未来に向けてのプライシングの可能性について触れています。プライシングは利益を追求するビジネス上の活用に留まらず、サステナビリティの目線での活用も急速に進んでいます。代表的なテーマとしては、「食品ロス」と「カーボンプライシング」があります。
実は、食品ロスに対してのダイナミックプライシングは昔から行われていました。スーパーマーケットのお総菜コーナーなどで見かける値引き・見切りのシールです。これは商品の鮮度や廃棄期限に連動した価格変動で、日本ではそれぞれの商品にシールを貼っていくというアナログな方法が今でも主流です。一方、海外ではスマートフォンのアプリを活用したり、電子値札を活用したり、値引きによって食品ロスを下げるためのデジタルソリューションも登場しています。

もうひとつの大きなテーマが、カーボンプライシングです。企業や国の炭素排出量に対して一定の金額が課せられ、より排出量が少ないエコな企業や工場が得をするという仕組みです。1990年代にフィンランドなどで炭素税が施行されたのを皮切りに、数十カ国で導入が進んできました。EV企業のテスラが、この排出権枠の取引によって2020年度に15.8億ドル(約1800億円)という大きな売却益を上げていたことでも話題となりました。
プライシングによって個人や企業の行動変容が起きるというデザインは、人々の道徳心に訴える以上に強いインセンティブとなり、背中を押す力があると私は考えています。コンビニやスーパーのレジ袋の有料化により、多くの人がマイバッグを持って買い物に行くようになりました。このようにプライシングのデザインを巧みに行うことによって、人々の行動をより良い方へ変容させていくことができます。これからの未来で最も重要なテーマとなるサステナビリティに対しても、プライシングは大きな武器となる可能性を秘めているのです。
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