
- 「データ信頼性」をもたらしたブロックチェーン技術
- エピック・モーメントなNFT
- プロセスや履歴が価値になるNFT
- 空間が売買される、メタバース時代のNFT
今や誰もが聞くところになったキーワード「NFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)」。テレビ番組やネットニュースでも取り上げられるところになりましたが、しばしば聞くのは「NFTでいくらもうかった」という話。とりわけNFTアート作品の売買を通じたもうけ話が先行しています。
「Collectibles(コレクティブルズ)」と呼ばれる領域では、いわゆる「収集家」の人が作品をやり取りし、Bored Ape Yacht Clubなど著名なコレクションでは、時には数千万・数億円単位の取引も行われています。3Dのキャラクター画像などに平気で数十万円の値がつきます。
ここまで聞くと、機関投資家のような人たちが利益を上げるための商材としてNFTが存在してしまっているように思えます。実態を見れば、その視点も正しいと言えますが、本記事では売買者視点でNFTを見るのではなく、クリエイター視点でNFTを捉え、NFTがもたらしたクリエイターの活躍の場を3つのユースケースから考察していこうと思います。
「データ信頼性」をもたらしたブロックチェーン技術

本題を説明するために、NFTがもたらした価値の1つを紹介したいと思います。それはデジタルデータに「信頼性」をひも付けた点です。具体的にはブロックチェーンを応用した技術により、本物とコピーを見分けられるようになった点が挙げられます。
従来は、物理的なモノの価値を証明するために、鑑定士が活躍し、該当物が正真正銘の「本物」であることを証明するために鑑定を行ってきました。真贋の証明が多くの人に支持されたモノは、「これは本物である」と市場で合意形成がなされ、「市場の約束」となります。
私たちが普段、何も疑わずにモノを買えているのはこの約束が仮想的に適用されているためです。そして市場にモノの存在が認められて初めて価値評価され、流通することになります。たとえばオークションに出品される芸術品は、鑑定士や芸術評論家などの多数の専門家の同意を取り、それが「本物」であると判定されています。この証明を市場が信頼し、オークション会場にいる聴衆の合意によってその場で価格が決まります。
このように私たちの住む物理世界では、いくつもの証明ステップを経た上で市場の約束が形成され、その上で初めて価値が算出され、市場に出回っていきました。「それって本物なの」という市場からの疑問を反証するのに、膨大なコストをかけてきました。
他方、デジタル世界では真贋も市場の約束も通用しませんでした。画像や動画などのデジタルデータは、右クリックをしてコピー&ペーストをしてしまえば、全く同じものが即座に手元に生成されてしまうからです。手元のデータが「本物」であると市場に証明するすべもありませんでした。
そこへ登場したのがNFTであり、ブロックチェーンを応用した技術がもたらした、モノの唯一性を担保する機能です。デジタルデータに「本物」と「コピー」の見定めが付くようになり、コピー品の価値は相対的に下がる契機が生まれたのです。
「このデータはコピーではない」と見分けがつくようになり、誰もが信頼してデータを判別できるようになりました。ある種の市場の共通規格が誕生したことにより、さまざまなデータの取引に「収集性」と「売買性」が伴うようになりました。これにより、冒頭で説明したようなNFTアートの高額取引を私たちは目の当たりにするようになりました。
エピック・モーメントなNFT

NFTのメリットの1つに「データ信頼性」が挙げられると説明してきましたが、その上でクリエイターにメリットのある3つの新しい価値観が誕生しました。それが「モーメント(歴史価値)」「プロセス(履歴価値)」「スペース(空間価値)」です。まずは「モーメント」から紹介しつつ、NFTが生み出す新しい価値観やユースケースを簡単に考察していきます。
この2〜3年、北米のバスケットボールリーグ「NBA」が展開するNFTデータプラットフォーム「Top Shot」上での売買が盛んに行われるようになりました。有名なバスケットボール選手のダンクシュート動画データなどをNFT化し、高額で売買されています。たとえばレブロン・ジェームズ氏の歴史的なシュートシーンは、40万ドル(4500万円相当)で落札されたそうです。
ここではリーグが公式で撮影した試合風景の一部、歴史に刻まれる「エピック」な瞬間に価値がつきました。歴史の1ページとして世界的に評価されるコンテンツの所有を誰もができるようになりました。これはファンにとって自己承認欲求を満たす、とても良いきっかけになるでしょう。憧れの選手の、あの瞬間を「所有」していると認められれば、世界中のファンからも羨望の眼差しを受けるはずです。
さて、バスケットボールのシュートシーンの売買で起きている事象は、YouTuberのクリエイター業界にも波及するのではないかと考えています。たとえば、YouTubeで爆発的な人気を誇るようになった「THE FIRST TAKE」。新進気鋭のアーティストが、一発撮りする形で即興で曲を歌います。私たちは彼らの音源動画をYouTubeで無料で、どこでも楽しむことができますが、この元データがやり取りされるとなればどうなるでしょうか?
ブロックチェーンによって「一発撮り」という高い付加価値あるデータの証明がされ、デジタル音源データは、後世のファンたちの間でも売買され、年月を経るたびに売買価値が上がるかもしれません。
また、人気YouTuberの動画の中でも数百万、数千万の再生回数を叩き出した動画のワンシーンを、NFTとして切り売りするような流れがすぐにでも一般化するかもしれません。これは音楽シーンの事例になりますが、実際アーティストの坂本龍一氏は自身の楽曲『Merry Christmas Mr. Lawrence』の右手のメロディー595音を1音ずつデジタル上分割し、NFT化して販売しています。
これまで1つの作品しか販売できなかったり、作品から得られる広告収入しか収入源がなかったりしたクリエイターにとって、作品の「一部」に価値を付けて販売できるようになりました。この時代の流れはクリエイターに柔軟な収益源と新しいクリエイティブの余地を与えることでしょう。「エピック・モーメント」に売買の仕組みをNFTがもたらしたことで、ユニークな作品販売のアプローチが成されると考えられます。
プロセスや履歴が価値になるNFT
次に「プロセス」に関して紹介していきます。この価値を象徴するのが、Twitter創業者のジャック・ドーシー氏が自身の最初のツイートを売り出し、290万ドル(3億円相当)で落札されていた件です。SNS上でやり取りしたコミュニケーションの履歴も売買されるようになった出来事でした。今後、たとえば友人とのチャット内容や、TwitterやFacebook上での議論の履歴ですら誰かが価値を見出し、すべてを売買できる未来がやってくるかもしれません。
また、クリエイターの最終アウトプットではなく、制作過程をコンテンツ化してしまう「プロセス・エコノミー」の考えとも相性が良いと考えます。たとえば、こちらのバットマンの描写プロセスは20億円以上で販売されています。成果物が成功であろうが失敗に終わろうが、プロセスや、やりとりの履歴にコンテンツ性を持たせ、価値が付く時代になりつつあります。

10〜20年後になって作品が売れるようになれば、今は無名のクリエイターであっても高い価値がつきます。こうした未来を見越し、制作過程の記録データをこぞって撮り溜めておく習慣が生まれるかもしれません。デジタル世界において、あらゆる「プロセス」に価値がつくようになる中で、どんな瞬間もコンテンツにしてしまうクリエイターが多く生まれそうです。
空間が売買される、メタバース時代のNFT

最後に紹介するのが 「スペース」。私たちは普段からさまざまなデジタル空間に入ってやり取りをしています。ライブストリーミングが一般化してからこの流れは顕著になりました。
たとえば、Twitter SpaceやClubhouseのRoom、Instagramのライブ配信など、各ユーザーやテーマ別に仕切られたデジタル空間を行ったり来たりしながら、その場でしかやり取りされないコンテンツのやり取りを体験しています。こうした空間体験そのものをNFTとして残し、売買できるようになるでしょう。
まさにこの領域に取り組んでいるのがドキドキが展開する「オーディオメタバース」です。オーディオメタバースでは、オーディオ空間「キューブ」内でのやり取りが保存できます。保存された音声空間データはNFTとして市場売買できるようになります。データの所有者は、空間データに入れば、いつでもその空間内でのやり取りを再体験できる、という仕組みです。友人との会話や、音楽イベント等の体験をいつでも振り返れるようになります。
NFTと並んでキーワードになりつつある「メタバース」。より三次元性を帯びたデジタル世界を指すようになりつつある昨今のメタバースでは、スマートフォンによる二次元でのやり取りではなく、私たちが実世界で体験するような三次元空間が無数に生まれます。それぞれの空間を「キューブ」のようにとらえ、各空間で発生した体験価値をNFTとして販売、誰もが追体験できるような流れができつつあります。
1つ目に挙げたバスケットボールのダンクシーンは二次元データでしたが、空間データになると、歴史的なイベントが発生した「空間そのものを所有する」価値が発生するでしょう。この価値観はメタバースがより一般化することで加速していくと感じます。
Fortniteで開催されたトラビス・スコット氏主催の音楽イベントには1000万人以上のプレイヤーが参加しましたが、こうしたイベントの空間データは高額でやり取りされるはずです。クリエイターは一度開いたイベント体験をNFTとして流通させる市場価値も見出せるようになるでしょう。
ここまで「歴史体験」「履歴価値」「空間価値」の3つを軸に、NFTが切り拓くクリエイター向けの新しい価値ケースを紹介してきました。これまで気付かなかった、当たり前過ぎて意識にも入ってこなかった瞬間、やり取りがデジタルデータ化され、高い価値がつくようになりつつあります。
このように、デジタルデータの「本物」と「コピー」の見分けがつくようになったことで、さまざまなユースケースや作品を展開するための発想が誕生してきています。ただし、NFTはあくまでも市場に新しいモノの見方や価値観を生み出す基礎でしかありません。
一番大事なのはユーザーの価値観の変化です。この変化の兆しをいち早くとらえ、クリエイターは自身の作品や制作過程を最適化したコンテンツの形で市場に流通させる必要がありそうです。