Photo:tolgart/gettyimages
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  • 世界経済をひっくり返すほどのインパクトをもたらす「メタバース」とは?
  • 国家戦略としてのメタバース、20年前の失敗を繰り返すか?
  • 「人材・知財・文化」のすべてが揃う、日本の強み
  • 日本経済復活のカギはメタバースしかない

2021年10月、Facebookが社名をMeta Platforms、通称「Meta」に変更することを発表し、それ以降バズワードのような盛り上がりを見せている「メタバース」。

メタバースについて、「どうせ普及しない」「絶対に流行らない」など冷めた目で見る人たちもいる。そうした中、スペースデータ代表取締役社長の佐藤航陽氏は「メタバースの将来性を読み違えてしまったら、日本は20年前にインターネットで起きた失敗を繰り返すことになるでしょう」と警鐘を鳴らす。

3月31日には『世界2.0 メタバースの歩き方と創り方』(幻冬舎)を出版する佐藤氏。メタバースの真価について、同書の内容の一部抜粋をもとに解説してもらう。

世界経済をひっくり返すほどのインパクトをもたらす「メタバース」とは?

今、世の中ではメタバースという新しいテクノロジーに対して、インターネット以来の革命だという人もいれば、あんなものはいかがわしいとバカにする人もいます。

少し長めの序章になりますが、評価が真っ二つに分かれるメタバースを、私たちはどのような姿勢で受け止めるべきか、お読みいただけると幸いです。

本書を手に取った読者の中には、「メタバース」(metaverse)という言葉を初めて聞 いた人も多いかもしれません。メタバースとは、インターネット上に作られた3D(3次元)の仮想空間のことです。1992年、アメリカの作家ニール・スティーヴンスンが、『スノウ・クラッシュ』というSF小説を発刊します。メタバースという言葉は、この小説の中で初めて使われました。「メタ」(meta=概念を超える、上位概念を指し示す)+「ユニバース」(universe=宇宙)を組み合わせた造語です。

VR(Virtual Reality)ゴーグルをつけて、バーチャル・リアリティによって形づくられたアナザーワールド(もう一つの世界)に人間がログインしてしまう。

あたかもこの世とは別のアナザーワールドに紛れこんでしまったかのように、そこで冒険を始めてしまう。サイバーパンクSF小説『スノウ・クラッシュ』のビジョンは、キアヌ・リーブス主演の映画『マトリックス』(1999年公開)やスティーブン・スピルバーグ監督の映画『レディ・プレイヤー1』(2018年公開)といった作品に決定的な影響を与えました。

GoogleマップやGoogle Earth(いずれも2005年からサービス開始)は、『スノウ・クラッシュ』に出てくる「地球」というマシーンから着想を得て実用化されたそうです。メタバースの世界は、カセットゲーム時代の『ドラゴンクエスト』のように「すでにでき上がった完成品」ではありません。ネット上にオープンソースとしてアップロードされた世界は、ユーザーがいくらでも作り換えることが可能です。ユーザーがログインすると、メタバースの世界をアバター(avatar=分身)が自由自在に移動できます。

『マトリックス』のキアヌ・リーブスのように空を飛ぶこともできれば、アバター同士 がメタバース内で話をすることもできるのです。やや時代を先取りしすぎたせいで失速してしまいましたが、2003年にはアメリカのリンデンラボというベンチャー企業が『セカンドライフ』というメタバースをリリースしました。『セカンドライフ』が失速してしまった一つの原因は、通信速度の遅さです。

メタバースでの冒険を楽しむためには、瞬間的に大量の情報を処理できなければなりません。今のように4Gや5Gという高速回線がなかった2000年代は、『セカンドライフ』の世界を現実と見紛うほど精巧に設計するわけにはいきませんでした。

ログインしてみると、既存のゲームより見劣りする安っぽい画面しか現れず、途中でフリーズしたりノロノロ運転になったりしてしまう。これではユーザーが離れてしまうのは当然です。2010年代後半に入ると、メタバースをめぐる状況は一変しました。パソコンやスマートフォンのスペックが2000年代とは比較にならないほど爆上がりし、常時接続の高速回線が当たり前のインフラとなり、高精細の動画を何時間連続で動かしてもフリーズしなくなったのです。

2002年に初号機がリリースされた『ファイナルファンタジー』(のシリーズ初のMMORPG)、2020年に発売された Nintendo Switchの『あつまれ どうぶつの森』など、メタバース的なオンラインゲームは人々を魅了します。

大勢のユーザーがオンライン上で同時に参加できることから、これらのゲームをMMORPG(Massively Multiplayer Online Role Playing Game=大規模多人数同時参 加型オンライン・ロール・プレイング・ゲーム)と呼ぶ人も増えました。2017年にアメリカのEpic Gamesがリリースしたオンラインゲーム『Fortnite』(フォートナイト)は、世界中で爆発的にヒットします。Epic GamesのCEOであるティム・スウィーニーは、『Fortnite』の仮想空間を「メタバース」と呼んでバズワード化しました。

『Fortnite』がリリースされたあたりから、メタバースという言葉がバズワードとして 広く認知されるようになります。「AI」「ブロックチェーン」「仮想通貨」といったバズワードは、2〜3年に1度くらいの頻度で出てくるものです。いずれも世界経済を揺るがすほどのインパクトをもたらし、AIやブロックチェーン・仮想通貨によって株式市場も世の中全体も激しく変化していきました。今はメタバースが、世界中の株式市場と世界経済をひっくり返すほどのディープ・インパクトをもたらしつつあるのです。

国家戦略としてのメタバース、20年前の失敗を繰り返すか?

メタバースという大きな流れを個人の人生にではなく、国家の戦略として組みこんだ場合のことを考えてみようと思います。

個人がメタバースを「くだらない」「オタクや子どものオモチャ」と考えて将来性を読み間違ったとしても大したことはありません。その人のチャンスが失われるだけです。ただ、国家がもしメタバースなどの新しいテクノロジーの将来性を読み間違えた場合、その影響は甚大です。

産業は丸ごと他国に奪われ、重要な人材は海外に流出し、企業は安値で買い叩かれ、給与は上がらなくなり、経済成長はストップし、先進国としての世界での影響力はどんどん低下していくでしょう。現在の1億人以上の国民、これから生まれてくる何千万人の子どもの人生を左右することになるので、シビアに考えていく必要があります。

20年前にインターネットでまさに日本は同じ失敗をしてしまいました。家電や自動車 などのハードウェアの製造で国を成長させてきた日本にとっては、インターネットなど の新しいテクノロジーの存在を過小評価していました。

2000年代では「モノづくり大国ニッポン」として形あるものを作ることこそが「実業」であり、無形のソフトウェアやコンテンツを作るインターネットは「虚業」と言われていました(今でもそう呼ぶ年配の方はたくさんいますが)。

そして、伸ばしていく産業ではなく規制していく対象でした。その後、日本の家電メーカーは中国や韓国の安価で高品質な新興メーカーにどんどん世界でのシェアを奪われていき、自動車メーカーも今まさに脱炭素・電気自動車の世界的なトレンドの中で同じ岐路に立たされています。アメリカと中国は早くからインターネットが世界の産業の中心になることを見抜いて、育成と管理を国家レベルで進めていました。

佐藤航陽著『世界2.0 メタバースの歩き方と創り方』(出版:幻冬舎)
佐藤航陽著『世界2.0 メタバースの歩き方と創り方』(出版:幻冬舎)

モノづくりで窮地に立たされ始め、インターネットの産業としての重要性に日本が気づいた2010年代ごろにはすでにGAFAやBAT(中国三大テック企業 Baidu・Alibaba・Tencentの頭文字)といったグローバルIT企業が市場を占有しており、手遅れになっていました。

日本は国としてインターネットという新しい技術の将来性を見誤ったことで、その後の年間で成長産業を生み出せず、ずるずると世界での影響力を失っていきました。このまま行くとメタバースでも全く同じ失敗をすることになる危機感があります。ただ、今回はメタバースは日本に圧倒的な「地の利」があります。実は日本は極めて有利なポジションにあるのです。

「人材・知財・文化」のすべてが揃う、日本の強み

それは日本が漫画・アニメ・ゲームなどの「コンテンツ大国」であるという利点です。
ここまで日常的に漫画を読み、アニメに触れて、ゲームに課金するという国は世界的に見ても非常に珍しいです。日本で作られているコンテンツは海外にも輸出されて人気を博していて、日本が他国にも誇れる数少ない産業です。

漫画であれば『ドラゴンボール』『NARUTO』『ワンピース』などは昔から中国や東南アジアでも大人気ですし、最近では『鬼滅の刃』が北米でも映画が大ヒットして全米興行収入1位を獲得する快挙となりました。

映画ではジブリ作品や『君の名は。』も大人気です。ゲームにおいても『マリオ』『ポケモン』は世界的な知名度があり各国に熱狂的なファンがいます。『ファイナルファンタジー』や『キングダムハーツ』も世代を超えて人気です。

任天堂やプレイステーションを作っているSONYも世界で最も有名な日本企業です。後述しますが、メタバースはゲームが入り口になります。これらのコンテンツをゼロから作り出すことができるのは非常に強力な強みとなります。

日本は「人材・知財・文化」の3つすべての観点からも他国に比べて下駄を履いてスタートできる有利な状態なのです。「人材」の観点で言えば、これほど漫画やゲームや映像を作りたい人が溢れている国は珍しいです。

手塚治虫など過去の偉大な漫画家がロールモデルとして存在したことで、多くの子どもが誰かを感動させるコンテンツを自分の手で作りたいと考えるようになり、『ワンピース』や『NARUTO』など多くの人気作品が生み出されました。ゲームも『マリオ』や『ドラクエ』に影響を受けた世代が大人になって『パズドラ』や『モンスト』などのゲームを生み出し、好循環が生まれました。

優秀なクリエイターが大量に存在して、業界にノウハウも蓄積されています。「知財」の観点でも有利です。知財とは知的財産権の略でコンテンツの版権のようなものです。『マリオ』や『ポケモン』や『ワンピース』のような世界的に人気のある作品の知財を持っているので、これをグッズや映画など他のビジネスにも横展開が可能になります。

メタバースにおいてもこういった世界で通用するコンテンツを活用してバーチャル空間を作ることができれば、一気にユーザーを獲得してビジネスを成功させる確率を高められます。最後に忘れてはいけないのが「文化」の強みです。あまり注目されていませんが、日本はコンテンツに対して最もお金を払う国民性を持っています。

スマホゲームでもユーザー1人あたりの課金額は日本が世界でぶっちぎり1位です。漫画などのコンテンツにもちゃんとお金を払う習慣があります。メタバースにおいてもアバターやデジタルアイテムを購入するということに最も抵抗がないのが日本人なのです。

自分の国のユーザーが世界で一番コンテンツにお金を払ってくれる国民性というのは、 作り手からするとこれほどありがたいことはありません。

日本経済復活のカギはメタバースしかない

一方で、メタバース以外でもいくらでも新産業などあるだろうと考える人がいるかもしれませんが、他産業では強みを活かせる領域が少ないどころか、絶望的な差がどんどん開いています。例えば、インターネットの次の産業として注目を集めている宇宙産業ですが、こちらは軍隊を保有して莫大な軍事予算を持っているアメリカや中国のような国が非常に有利です。

将来的に宇宙が戦場になる可能性が高く、制空権ではなく制「宇」権を争うためには、 ロケットや衛星に国を挙げて投資をする必要があります。

もちろん行政や軍隊から民間企業にも発注されるため、産業としての盛り上がりは比べものになりません。また、量子コンピュータのような次世代コンピュータの領域も、GoogleやIBMのような巨大テクノロジー企業が湯水のごとく予算を注ぎこんで開発しているため、差はどんどん開いていっています。

グローバルIT企業のこの分野に対する研究予算は、他の国家の研究予算よりも巨額です。エンジニアや研究者の人材も比較にならないほど層が厚いです。

宇宙開発や量子コンピュータなど次世代産業を作る分野では、日本はスタート地点か らすでに不利なのです。総合的に見渡してみても「コンテンツ大国」という強みを活かせる唯一に近い新産業分野がメタバースです。

日本は徐々に国家としての停滞が顕著になってきていますが、メタバースは久しぶりに日本が世界でプレゼンスが出せる新産業の登場だと見ています。

ですから、もし、国としての新産業の育成を考える立場にある官僚や政治家が「『セカンドライフ』だろ?」「所詮ゲームでしょ?」程度にメタバースを考えていたとしたら、20年前にインターネットで起きた失敗を繰り返すことになるでしょう。

個人が新技術の将来性を読み間違えても本人とその子どもの人生が犠牲になる程度で済みますが、国家が将来性を読み間違えればこれから生まれてくる何千万人の未来が犠牲になってしまいます。

今の20〜40代はまさにそういった犠牲を強いられてきた世代なので、今度は自分たち が次の世代に同じ負担を強いることがないように、新技術に対して真剣に向き合う必要 があります。一方で、インターネットが登場したときの上の世代の反応と、メタバース が登場しつつある現在の大人の反応は極めてよく似ているというのもデジャヴを感じさせます。

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