京浜工業地帯の中心地、川崎市。ものづくりの街、産業の街である川崎市が、今では550以上の研究開発機関が集積し、DeepTech領域のスタートアップを育てるイノベーションハブとして進化を遂げている。

なぜ、川崎市が官民一体で起業家を支援するのか。NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)、川崎市、川崎市産業振興財団の3者連携による起業家支援拠点「Kawasaki-NEDO Innovation Center(K-NIC)」は、3年間でK-NIC会員の資金調達実績は100億円に達した。K-NIC開設から3年が経過した今、どのようなイノベーションの萌芽(ほうが)が見られるのか。先進的なチャレンジを地道に後押しする川崎市のDNAに迫る。

100年を超える企業支援の伝統を誇る川崎市

多摩川を隔てて東京都の南側に位置する川崎市では、明治時代から市政の方針として工場を積極的に誘致し、京浜工業地帯の中心として発展してきた。円高による産業空洞化が始まった1980年代後半には、いち早く製造拠点集約から研究開発拠点集約に向けてかじを切り、「かながわサイエンスパーク(KSP、89年開設)」や「かわさきマイコンシティ(95〜05年に誘致活動)」などの取り組みにより企業の研究開発の支援と研究拠点誘致を進めてきた。

2004年、政府の産業技術開発支援の中心的な存在である新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が川崎市に本部を移転。16年に川崎市とNEDOとの間で、先端的技術や中小・ベンチャー企業の発掘・育成などに関する協定が締結され、19年3月にはNEDO 、川崎市、川崎市産業振興財団の3者による起業家支援拠点「Kawasaki-NEDO Innovation Center(K-NIC)」が川崎駅前のミューザ川崎セントラルタワー内に開設された。

川崎市経済労働局イノベーション推進室・創業担当係長の清田祐介氏は、川崎市とNEDOの協働についてこう指摘する。

「川崎市としては、かねてより研究開発支援に力を入れてきたこともあり、せっかくNEDOの本部が川崎にあるのだから、一緒に組んでやりたいという気持ちがありました」

川崎市経済労働局イノベーション推進室・創業担当係長 清田祐介氏

川崎市では以前から投資フェイズに入ったベンチャーの支援を行ってきた。しかしそれより前段階の、起業最初期の企業に対しては十分なサポートができておらず、そのための常設の施設が欲しいという思いもあった。その点で、新技術開発をミッションとするNEDOと狙いが一致したのだ。NEDOが自治体と組んでスタートアップの支援拠点をつくるのは、K-NICが最初の事例となる。

K-NICでは起業経験者を中心とする各分野の専門家による無料コンサルティング窓口、行政の支援事業についての相談窓口がリアルとオンライン双方で設けられている。施設のスペース内でセミナーやシンポジウム、ピッチイベントなどを行って、起業家同士や投資家との交流機会を創出することを目指した。

DeepTechに特化、支援対象は全国──川崎市の支援スキームの特徴

NEDOは政府組織なので、支援対象は全国に設定する必要がある。そして、川崎市は研究開発型スタートアップ創出支援に注力してきたという経緯もあって、K-NICでは「全国の研究開発型のスタートアップをメインターゲットとして支援する」という枠組みを設けることになった。

「一般的な公的スタートアップ支援施設では受け入れ業種が幅広いため、特定分野への支援が手薄になりがちです。K-NICはDeepTech志向で、バイオテクノロジーやIT、ロボットなど、先進的な技術領域に対応できるスーパーバイザーやサポーターがそろい、利用者にも(DeepTechからソフトウェアまでの)テック系のスタートアップが多いことが特徴です」

そう説明するのは、同じく川崎市の創業担当である竹内倫氏だ。

自治体のスタートアップ支援はどうしても域内が中心になるが、K-NICではあえて全国のスタートアップを支援の対象としている理由について、清田氏はこう語った。

「市域内でビジネスが完結することは少ないですし、ビジネスコンテストにしても地域内に参加者を限っていては続きません。たとえばK-NICの運営主体のひとつである川崎産業振興財団による起業家オーディションは2001年に始まっていますが、当初から『全国誰でも応募できます』とアピールしてきました」

川崎市経済労働局イノベーション推進室 創業担当 竹内倫氏 

竹内氏は、「他のスタートアップ支援施設では、テック系の比率は5%にも満たないという話も聞きますが、K-NICの場合は今年度の起業家相談会の参加者のうちテック系が55%と過半を占めている」と語る。また国内の年間新規設立法人数13万件のうち、大学発ベンチャーは年間339件と、率にして0.3%にも満たないが、K-NICの起業家相談会利用者の大学発ベンチャーの割合は15%と、突出して高い。

「それには理由があって、実は我々の側から全国の各大学の産学連携本部に、Zoomで営業をかけていったんです。大学も学内の研究成果が社会実装されることを望んで、起業を後押ししています。ただそのためのノウハウやリソース不足などの課題もあるようで、支援メニューを紹介したり、『連携企画を一緒にやりませんか』とK-NICから申し出たりすると、前向きに検討いただけることが多かったです」(清田氏)

行政主導の起業支援施設は数字を求められがちだ。だが施設の利用率や起業家数、開業率などの数字だけを追うと、支援はスモールビジネス中心になり、事業化に年数を要するDeepTechはメインの支援対象から外れてしまう。

「多くの大学では、学内から有望なスタートアップが出るのは年に1件あるかどうかです。事例やマンパワーも不足しており、学内だけで支援体制を整えるのは困難です。研究のシーズはあるはずなのに、なかなか事業化にまで至らない。そこをどう後押ししていくか。K-NICが関わることで、起業のハードルを下げていきたい。『起業したいけど、何をしたらいいかわからない』という人たちの窓口でありたいと思っています」(竹内氏)

現場に密着し、伴走するハンズオン── 川崎流“ドブ板支援術”

なぜ、川崎市はスタートアップ支援において、ほかの自治体ではあまり見られない取り組みを行い、成果を上げられているのか。清田氏と竹内氏が、その理由について話した。

「政府の支援は全国を対象にしており、制度設計と予算獲得などの調整業務も多く、地方の個々の企業にまでフォーカスするのが難しいんです。個別案件については、『いいところがあったら紹介して』と、自治体が相談を受けることも多くあります。一方、川崎市の職員は1軒1軒をまわる"ドブ板"での支援に慣れています(笑)。川崎では以前から『出張キャラバン隊』と称したチームを作っています。先方から呼ばれる前にこちらから『おたくの会社、おもしろそうなので、支援にうかがってもいいですか』と電話して、政府の支援機関や県の職員も巻き込んで応援する。そんな『川崎モデル』と呼んでいただいている取り組みを行ってきました。公的な支援施設でそういうカラーがあるところは少ないでしょう。全国的なスキームをつくれるNEDOと、現場を持っている川崎市と産業振興財団が連携しているのがK-NICの強みです」(清田氏)

「K-NICは公共プロジェクトのため、利用者の方からは、『しがらみがなくオープンに話をしやすい』とよく言われます。大企業のアクセラレーションプログラムも充実してきていますが、利害関係がなく、公の立場から支援し、守秘義務はきちんと守る公共サービスへのニーズを感じます」

「また、K-NICにはスーパーバイザーをはじめ、情熱をもって起業家を育てていこうと考える経験豊富なメンターがそろっています。彼らは技術やビジネスの作りこみはもちろん、初動期の研究開発型スタートアップが陥りがちな問題にも詳しいんです。相談会や、年2回実施しているハンズオンプログラムを活用してもらえれば、スーパーバイザーらメンターが、そのチームの一員かのように本気で悩み、一緒に解を探っていく、きめ細かいメンタリングスタイルを実感していただけるでしょう。そして、ひとりで悪戦苦闘しているよりずっと早く事業化にたどり着けるはずです。こちらがただ待っていても施設の周知や利用にはつながらないことが多いので、我々の地道な営業によって、K-NICの支援を必要としている方とつながり、利用のきっかけを作っていきたいですね」(竹内氏)

「IT系スタートアップと比べ、DeepTechの研究開発型企業は事業化までの道のりが遠く、それだけ孤独な時間が長くなります。ですから『そうしたなかでK-NICのメンターの人たちと話ができたことで安心できました』という人が多くいます。開設して3年で認知も少しずつ進んできて、『困ったときはK-NICに行けば、相談に乗ってくれる』という声も増えています」(清田氏)

この3年間でK-NIC会員の資金調達実績は100億円に達した。同レベルの実績を出している支援施設と比較すると、K-NICの予算規模ははるかに少なく、小さな投資額で着実に支援実績を上げていることが見て取れる。

「もともと川崎は京浜工業地帯の中核をなす産業集積都市で、大都市比較の統計データを見ても、研究者などの従業者割合や、製造業の製品出荷額がトップであるなどの基盤があります。積極営業が実って全国の大学とのネットワークもできてきたので、今後は『DeepTechといえば川崎』と思ってもらえるようになることを目指しています。『ここから生まれた技術が世界を変えた』と胸を張れるような、未来につながる研究や産業を育てていきたいですね」(清田氏)

ドブ板の現場からグローバルへ。K-NICは、そんな標語が似合うスタートアップ支援拠点のようだ。

CASE STUDY

実際にK-NICを活用し、世界をめざす2つの企業を紹介する。

CASE1

LexxPluss 代表取締役 阿蘓将也氏

LexxPluss(レックスプラス)は物流自動化を実現する、次世代の自動搬送ロボットの開発企業です。同社の搬送ロボットは、電池で動き、奥行き60cm、幅60cmと小型ながら、1台で500kgを牽引可能。ひとつの現場で数十台を同時に稼働させることができます。
 
誘導走行のAGV(無人搬送車)と自律走行のAMR(自律走行搬送ロボット)、両方の機能が使える世界でも例がないハイブリッド制御技術をもち、稼働環境に合わせて使い分けられます。タブレット端末で各ロボットの現在地を確認したり走行ルートを指示でき、床に貼った専用テープに沿って自動走行したり、人間を含む障害物を避けての自律走行、また、自動で充電スタンドに戻って充電する機能もあります。

開発中の自動搬送ロボット

従来の自動搬送ロボットではカバーしきれなかった工程間搬送を行うことが可能で、事業者が管理する既存システムに合わせ、容易にカスタマイズできることが特長です。

2020年夏にハードウェアアクセラレータープログラムの「HAX Tokyo」に採択されたのに続き、21年5月には世界最大のハードウェアアクセラレータープログラムである「HAX Shenzhen」に採択され、グローバル市場へ向けた量産プログラムを開始しています。22年春から物流倉庫や製造工場にロボットを提供し、年内に100台の販売を目指しています。

僕は名古屋大学からマンチェスター大学の大学院に進学し、自動運転についての幹部候補生採用をしていたボッシュ社に入社、そこで物流分野の人手不足の状況を知り、この課題を解決しようとLexxPlussを創業しました。ひとりで始めたんですが、すぐにボッシュのの日本法人にインターンに来ていた学生や、自動車メーカーでソフトウェアを担当していた人などが来てくれて、起業半年で5人ほどになりました。

ボッシュにいたころは、渋谷と横浜の2つの拠点に通わなくてはならなかったので、その中間の川崎市・溝の口に住んでいました。そのときK-NICの存在を知り、ファイナンスの勉強会や起業家の講演会に参加するようになりました。いろいろな業種の方にお話を聞かせていただき、メンターのみなさんとの"壁打ち"のなかで、ビジネスモデルを磨き上げることができました。最初の時点では高層マンション内の搬送に特化したロボットを考えていたんですが、そこから物流現場の人手不足解決に起業の方向を振り替えたんです。

K-NICではオフィスも借りたし、LexxPlussへの最初の出資者となってくれたインキュベイトファンドを含め、多くの投資家ともここで知り合えたし、NEDOの人やスタートアップ関係で活躍されている人たちともつながることができました。補助金の申請のやり方も教わりましたし、HAX TokyoについてもK-NICで知って応募したんです。おかげで世界が広がったと思います。

世界に大きな影響を与える科学的な発見や革新的な技術、またそれを使って社会的な課題を解決する取り組みを「DeepTech」と言いますが、川崎はハードウェアを含むDeepTechのスタートアップにとって有利な立地、特にハードウェアに関わるスタートアップにとって有利な土地だと感じています。

今は「かわさき新産業創造センター(KBIC)」の「AIRBIC(エアビック)」の施設を借りていますが、周囲にたくさんの工場があって、「試作品をつくりたいのですが、金属の曲げ加工を頼める会社がありますか」と尋ねると、自転車で行けるところにあったりする。そういう製造業集積の強みにお世話になっています。

東京にも近いので投資家や大企業の本社の人にも会いやすいし、優秀な人材も採用しやすい。それでいて家賃は世田谷や横浜より安い。恵まれています。

K-NICでは、「DeepTechのスタートアップを育てて、世界を変えていく」という方向性を打ち出していますが、僕たちも同じ方向を目指しています。LexxPlussがK-NICの活動を盛り上げていくきっかけになればと思っています。

CASE2

オプティアム・バイオテクノロジーズ 代表取締役 西岡駿氏

僕が代表取締役を務めるオプティアム・バイオテクノロジーズは、創業科学者である愛媛大学の越智俊元先生らのグループが次世代抗体作製技術「Eumbody System(エンボディ・システム)」を開発したことに始まります。

Eumbody Systemは遺伝子改変技術を用いて難治性がん、自己免疫疾患や感染症など、さまざまな疾患に合わせた医薬品を作製するための基盤技術で、主にCAR-T細胞療法の治療におけるグローバル・スタンダードを目指しています。

2021年3月には第一三共との共同研究契約を締結し、同年9月にはベンチャーキャピタルなどから2.9億円の資金調達を実施。NEDOの21年度「シード期の研究開発型スタートアップに対する事業化支援(STS)」にも採択されました。

オプティアム・バイオテクノロジーズの研究室

僕は09年に野村證券に入社、希望して社内の投資銀行部門に配属になり、バイオテック企業を中心とするヘルスケアセクターの専任バンカーになりました。仕事でバイオベンチャーに接するうち、「自分も実業の世界で挑戦したい」と感じるようになり、そうした思いを抱えながら仕事をしていた頃、越智先生に出会ったのです。

CAR-T細胞療法は、免疫細胞の一種であるT細胞に、T細胞の機能強化をするためのCARと呼ばれる特殊なたんぱく質をつくり出すことができるよう遺伝子操作したうえで患者様に投与する治療法です。越智先生は、このCAR-T細胞に多様性をもたせ、実際にがん細胞と戦わせて治療効果が高いものだけを選別するスクリーニング手法を確立したのです。

越智先生からエンボディ・システムの話を聞いて、「これはCAR-T細胞の世界を変えるテクノロジーだ」と直感し、越智先生に「ビジネスについては僕に任せてもらえませんか」とお話ししたら、「もちろん。ぜひ一緒にやってください」という言葉をいただき、20年6月に野村證券を退職。オプティアム・バイオテクノロジーズを共同創業しました。

創業後最初のミッションは、研究をドライブしてくれる研究者を採用することでしたが、本拠地が愛媛県ということもあってなかなか理想的な人材が見つからず、苦労していました。そのなかで当社のメインバンクから紹介されたのが、K-NICのスーパーバイザーでもある武田泉穂さんだったのです。

武田さんは人材採用についてアドバイスをくださったうえに、K-NICのハンズオンプログラムを勧めてくださいました。僕たちもちょうどNEDOのSTS助成金に応募しようと考えていたときだったので、K-NICのプログラムに申し込むことにしました。K-NICの第一印象は、そのまま武田先生の印象でもありますが、すごく話しやすく、相談しやすい「あねご」のイメージです(笑)。

僕の周囲には、ビジネス上の問題点を指摘してくれる人があまりいなかったのですが、K-NICのメンターの人たちは、たとえば僕が作った資料を見て「ワーディング(言い回し)が良くない」「ロジックが立っていない」などと容赦なく駄目出しをしてくれます。それが逆に気持ちいいです。自らスタートアップを経験されている方たちなので、アドバイスがとても的確なんです。

最初のSTSへの応募は面接で落ちてしまいましたが、このとき、メンターの人たちがすごく残念がってくれたのを覚えています。そして翌年に再チャレンジしたときには武田さんとK-NICの皆さんが僕らと一緒に燃え上がってくれました。それが僕たちの心の支えになりました。結果は見事に採択となりました。

ひとつのプロジェクトに向けて僕らと伴走してくれて、同じ気持ちで挑んでくれている人がいる。それがすごく心強く、何よりもありがたいと感じました。

問い合わせ先
Kawasaki-NEDO Innovation Center(K-NIC)
https://www.k-nic.jp/