
- ハチやハエに依存していた「授粉」をロボットで自動化
- 高精度の授粉で生産量をコントロール、持続可能な農業の実現も
- 植物工場での授粉ロボ稼働目指し1.5億円を調達
2025年にロボットを用いた“イチゴの自動栽培”を実現する──。そんな目標に向かって独自製品の研究開発に取り組むのが2020年8月創業のHarvestXだ。
現在同社では主に植物工場などへ提供することを想定した、イチゴの授粉・収穫ロボットの開発を進めている。
工場内をロボットが定期的に巡回しながら花や果実の位置などを撮影。その画像を解析し、「どの場所にどのような状態のイチゴがどれくらいあるか」を把握していく。その後はあらかじめ設定したパラメータに基づき、最適なタイミングで自動で授粉と収穫を行う。

果菜類の植物工場においてミツバチや人間が担ってきた負担の大きい作業をロボットが代わりに実行することで、植物工場の自動化や持続可能な農業を後押しするのが目的だ。
HarvestXでは東京大学の本郷キャンパス内に構える自社の研究施設内で研究開発や実証実験を進めてきたが、今後は他社工場での実証実験や量産試作機の販売に向けて体制を強化していく方針。そのための資金としてANRI、東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)、ディープコアから総額1.5億円を調達した。
ハチやハエに依存していた「授粉」をロボットで自動化
食料問題や農業就業人口の減少、食の衛生面・安全に対する関心の高まりなどの影響を受けて、植物工場への注目度が増してきている。ただレタスなどの葉物類は植物工場での栽培が広がる一方で、イチゴのような果菜類の工場栽培はあまり進んでいないという。
HarvestXの創業者で代表取締役社⻑を務める市川友貴氏によると、ネックになっていたのが「受粉」だ。
果菜類を扱う多くの植物工場では、ハチやハエを飼育して受粉を行っている。だがどうしても受粉精度がばらつくほか、飼育管理のコスト、ハチの死骸の腐敗による衛生環境の悪化や病害リスクの増加などいくつかの課題があった。
この受粉をロボットに置き換えることができれば、植物工場本来のメリットとの相乗効果が期待できるのではないか──それがHarvestXの考えだ。


近年は自ら植物工場を展開するスタートアップも増えているが、同社では今のところ“植物工場をサポートするためのロボットを開発する”というアプローチを採っている。
HarvestXのロボットは次のような流れで作業を進めていく。まずは床に貼ったテープの上をたどるかたちで定期的に植物工場を動き回りながら花や果実の様子を撮影する。次に集めた情報をもとに、検出システムを用いて成熟度などのイチゴの状態を細かく解析する。その後は設定したパラメータに基づいて、適切なタイミングでアームを動かしながら自動で授粉や収穫作業を実行する。
コアとなる技術要素は大きく3つ。花や果実の状態の検出・分類を行うニューラルネットワーク、検出したものに対してどのようにアームを動かすかをコントロールするための制御システム、そして実際に授粉や収穫を行うアタッチメント(ハードウェア)だ。
たとえば検出システムに必要となるデータセットを作る上では、CGを用いて効率的に生成できる技術を自社で開発した。
当初は農園や植物工場で実際に撮影した画像をアノテーション(教師データを作るためにラベルを付ける作業)していたが、それではイチゴの別の品種や他の果菜類に対応する度にコストと時間がかかる。そこでCGを使って効率的かつスピーディーにデータを集められる仕組みを作った。

同じように「花の向き」に関する教師データを作る上でもCGを活用。このデータを用いて花の向いている方向を推定する技術(法線ベクトル推定)も生み出した。授粉精度を上げるには花に対して垂直にブラシを当てる必要があるが、従来の検出技術では花の向きを特定することが難しかったため、自社で開発したのだという。
このように授粉・収穫ロボットにはさまざまな技術が求められるが、ロボット開発の経験者が多いのもHarvestXの特徴だ。市川氏は大学在学時代から大手電機メーカーやスタートアップで組み込み機器の開発に携わり、2020年には未踏スーパークリエータにも認定された人物。同氏を中心にこの領域に知見を持つメンバーが集まっている。
高精度の授粉で生産量をコントロール、持続可能な農業の実現も
授粉や収穫をロボットが自動でこなせるようになると、どのような変化があるのか。
まず大きいのが授粉が安定することだ。授粉を制御できるようになることで生産量をコントロールしやすくなるほか、虫を使用しないため衛生面も管理しやすい。
市川氏によると授粉精度が果実の形状にも直接影響するため、「いかに均等に高精度に授粉ができるかどうか」が最終的には出荷量にも大きく関わってくるという。授粉が安定して出荷量が増えれば、導入企業は利益の拡大も見込める。
これまでブラックボックスになっていたデータの収集や分析が進むこともメリットだ。苗のデータを1株単位で収集することで、栽培環境の変化が苗に与えた効果を評価できる。このデータは予測モデルと組み合わせれば、収量予測の精度向上にも役立つ。
またロボットによる授粉を実用化できれば世界的に減少傾向にあるハチを使い捨てせずに済むため、「持続可能な農業を実現するための有効な手法になる」(市川氏)という。
このような授粉を自動化することによる変化に加えて、収穫作業も自動化することで作業者の負担が減り、空いた時間を他の仕事に使えるようにもなる。市川氏の話ではイチゴの大きさを認識することで「イチゴのサイズに応じた仕分け作業」など、収穫後の工程も一部効率化できる見通しだ。

植物工場での授粉ロボ稼働目指し1.5億円を調達
会社の創業は2020年の8月だが、HarvestXのプロジェクト自体はそれより2年近く前の2018年12月に始動した。
もともと中学生のころからプログラムを書くのが好きだったという市川氏。学生時代はものづくりに熱中し、千葉工業大学在学時には個人事業主として組み込み機器の受託開発もしていた。
「ロボット技術を農業現場の課題解決に活かせないか」と考えるようになったのも、個人で農業系の開発案件に携わったことがきっかけだ。2018年から東京大学のものづくりスペースである本郷テックガレージを拠点に、イチゴの収穫ロボットのプロトタイプを作り始めた。
ちなみにイチゴを選んだのは、何よりもまず市川氏が「イチゴを好きだった」ことに加えて「1年を通して需要があり、なおかつ単価が高い果物だった」から。ビジネスとして実用化する上では収益化する必要があるため、その観点でもイチゴが最適だった。
イチゴ農家や植物工場の担当者の話を聞く機会が増えていくうちに、市川氏は工場でイチゴを栽培するにあたって「受粉の自動化」が課題になっていることを知った。ロボットを活用して授粉を自動化できないか。2019年には授粉にも対応する、改良版のプロトタイプが完成した。
2020年8月には東大IPCが運営するインキュベーションプログラムに採択され、同年12月には5000万円の資金調達も実施。社内の研究施設内で試験機の開発や実証試験を重ね、その環境下ではミツバチや人間を超える精度での授粉にも成功しているという。
今後は他社工場での実証実験や量産試作機の研究開発も見据えており、そのために新たな資金調達を実施した。
また山口県周南市の徳山工業高等専門学校と提携し、高専内に事業所を設置して共同研究も始める。この取り組みでは共同で授粉アタッチメントの開発などだけでなく、高専の学生に対して教育的なサポートも提供していく。「都心部に比べて地方では新しい技術情報に触れる機会や学んだスキルを活かす場所が限られているため、そのような機会を増やすような取り組みにすることで貢献したい」(市川氏)という。
HarvestXとしてはイチゴの授粉から収穫までの自動化を実現させた後、他社との協業も視野に入れながら「イチゴの完全自動栽培」に取り組む計画。ゆくゆくはイチゴ以外の果菜類の自動栽培も目指していく。
