
- 「クルマのシミュレーター」としての評価は世界最高クラス『グランツーリスモ』
- 日本人にはより生々しく感じる車両販売価格
- アップデートで「賞金効率のいいレース」が改悪、SNSでユーザーの不満が爆発
- 公式サイトには異例の謝罪文が掲載
- 騒動の問題点は、「顧客との意識のズレ」
ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)自社販売タイトルの中でも25年の歴史を持ち、世界中にファンを持つ『グランツーリスモ』シリーズ。その最新作で3月4日に発売された『グランツーリスモ7』の評価が揺れている。
世界のゲームメディアが下した評価をまとめているウェブサイト「Metacritic」のメタスコアは100点満点で87点と、なかなかの高評価。一方で、ユーザー投票によるスコアは10点満点の1.8点。これは、筆者の知る限り、全PlayStation用ソフトの中で最低の点数だ。
なぜメタスコアとユーザースコアとの間で、ここまで大きな乖離(かいり)が生まれたのか。順を追って説明していこう。
「クルマのシミュレーター」としての評価は世界最高クラス『グランツーリスモ』
『グランツーリスモ』シリーズは1997年末にPlayStationで発売された初代から、現在まで25年の歴史を持つ大人気シリーズ。ジャンルは「レース」ではなく「ドライビングシミュレーター」を名乗るほど、物理法則の再現を重視した「シミュレーター」に徹しているのが特徴だ。
2016年に開催されたFIA(国際自動車連盟)主催の『グランツーリスモSPORT』の大会で世界チャンピオンとなった冨林勇佑選手。彼が2018年には実車のレーサーとしてもデビューし、「スーパー耐久シリーズ」でシリーズチャンピオンになったと聞けば、このゲームのリアルさも伝わるのではないだろうか。
そんな人気シリーズも、ナンバリングタイトルとしてはいよいよ7作目。『グランツーリスモ6』からは8年以上、『グランツーリスモSPORT』からでも4年半が経過していることに加えて、高性能ゲーム機PlayStation 5で発売されるという期待感もあって、発売が待ち望まれていた。
発売直前に公開されたメタスコアも87点。まさに「満を持して」発売された『グランツーリスモ7』は発売直後の評判も良く、ファミ通.comの発表によると3月4日の発売日から4日間で13.7万本(ダウンロード版は含まず)という快調なスタートを切った。
ところが、である。3月18日に行われたアップデート1.08の配信が引き金となり、SNSでは一瞬にして不評コメントが噴出するようになったほか、ユーザースコアも急降下した。
日本人にはより生々しく感じる車両販売価格
このゲームの魅力は、発売時点で424台収録されたクルマを手に入れ、走らせること。つまりコレクション的な要素もある。ゲーム内におけるクルマの販売価格は現実の販売価格に近い金額になっているのもシミュレーターならでは。ゲーム内での通貨は「Cr(クレジット)」という単位だが、日本人であれば1Cr=1円という金額感であると、すぐに気付くだろう。
ゲーム内でのクルマの入手方法はレースで上位入賞することや、指定のクルマを入手する、上位ライセンスを取得するなどいくつかあるが、一番ポピュラーな方法はゲーム内通貨を増やし、ユーズドカー(中古車販売店)で購入するという方法だ。


たとえば写真左上の「ホンダ フィット」(130万Cr)は、現実世界では3月31日時点の中古車価格が135万円から(ただし、ゲーム内と同じ2014年モデルであれば70万円から購入可能)。
レースの優勝賞金は走行距離や難易度によっても変化するが、序盤でも参加できる簡単なレースであれば5分程度で75万Crが入手できる。つまり、2レース(10分)も走れば、日本車のコンパクトカーは買えてしまう。
もちろん、コンパクトカーや軽自動車のコンプリートを目指して買う人もいるだろう。しかし、このゲームを買うような人であれば、現実世界では乗れないような、いわゆるスーパーカーに乗りたいと考える人の方が圧倒的に多いに違いない。何を隠そう、この記事の著者自身もそうだ。
目についた高額車両のひとつ、「フェラーリF50」の金額を調べてみると3億3000万Cr。前述したレースの賞金75万円で支払うためには440回優勝すればいい。1レース5分として計算すると、ひたすらレースを37時間続ければフェラーリF50が手に入る。
中には「37時間走ればフェラーリF50が手に入るのか」という発想の方もいるかもしれない。だが高額車種はほかにも「トヨタ スープラGT500 1997年モデル」(1億5000万Cr)や「アルファロメオ155 1993年モデル」(8000万Cr)など、それなりの種類がある。
アップデートで「賞金効率のいいレース」が改悪、SNSでユーザーの不満が爆発
そこで世界のプレーヤーたちは「できるだけ効率良くクレジットが稼げるレース」を探し、ネットで情報を共有。そのレースを何時間も周回するという行動を起こしたのは当然の結果だった。しかし問題になった3月18日のアップデート明けには、それら「賞金効率のいいレース」の賞金額がことごとく下げられていたのだ。
「発売当初まではクルマを入手しやすくしてメタスコアを上げさせ、一般ユーザーがプレイする頃にクレジット収入を下げたということか。ゲーム内課金への誘導をするな」──プレーヤーのそんな声が、世界中のSNSにあふれたのである。
このゲームでは、ゲーム内通貨を課金によって入手する手段が用意されている。一番高額で換金効率がいい「ゴールド」(2200円)の課金なら、2億Crが手に入る。
とは言え、課金だけで「マクラーレン P1 GTR」(3億6000万Cr)を買うとなると、3960円分課金する必要がある。

「どうしても手に入れたい1台」のためなら3960円の課金を受け入れられるユーザーもいるだろう。だが、このゲームには発売時点で424台ものクルマがある。
グランツーリスモ7が基本無料のF2P(Free to Play)であれば、課金問題は話題にすらならなかっただろう。だが、このゲームは8690円で販売している買い切りソフトだ。「ソフト代に加えて、ユーザーに総額いくら払わせるつもりなのか」とプレーヤーは不満を感じたのである。
実は、このシリーズがクルマを有料ダウンロードコンテンツ(DLC)で販売すること自体は過去シリーズでもあった。だが、ここまで不満の声が噴出するようなことはなかった。問題は有料DLCの値付けにもある。
前作『グランツーリスモSPORTS』では、「マクラーレン P1 GTR」の販売金額が509円だった。それを考えると、今作では8倍近い値上げがなされた換算となる。つまり「有料DLCの大幅値上げ」に加えて、「ソフト発売後にレース賞金を下げ、有料DLCへ誘導したのではないか」という疑惑の2つが重なってしまったのである。

公式サイトには異例の謝罪文が掲載
さらにアップデート直後、開発会社であるポリフォニー・デジタル代表の山内一典氏が公式サイト上で「GT7では課金なしでも多くのクルマとレースを楽しんでもらいたいと考えています」とメッセージを発信していたことも、火に油を注ぐ結果となった。
その騒動のあまりの大きさに、開発会社であるポリフォニー・デジタルはアップデート実施の翌週に、異例の謝罪文を掲載することになった。
同社がユーザーに対する火消しとして使った対応が、「謝罪文の公開前にソフトを購入している人のアカウントには、1億Crをチャージする」というもの。有料でCrを購入するとしたら、約1100円相当だ。この対応により、SNS上での騒動はやや沈静化したようではあるが、ユーザーレビューは記事執筆時点では回復する兆しすら見られない。
騒動の問題点は、「顧客との意識のズレ」
これがグランツーリスモ7で起きた騒動の全容だ。ソフト自体の完成度は申し分ないのに、このような騒動が起きた理由と開発・販売側が改善すべき点について、少し考えてみたいと思う。
起きた事象としては、以下の3つに集約される。
(1)ソフト発売
(2)アップデート&山内氏のメッセージ公開
(3)謝罪文の公開
まず、ソフト発売時点(1)では課金については特に問題視されていなかった。ゲーム内クレジットを課金で購入できる仕組みについても、多くのユーザーが受け入れていた。レースの賞金は決して多くはなかったが、少しでも効率的に賞金を稼げる方法を模索し、SNSで情報共有。全世界のプレーヤーが集合知の力で見つけた「GT Cup Gr.4」という、賞金額が多いレースの周回をしていた。
ところがメーカーが「いろんな世界のレースに参加してほしいのに、特定のレースだけを周回しているユーザーがいる」と、そんな状況に気付いたため、該当レースの賞金額を下方修正。これによりユーザーは「このゲームはソフト代のほかに、ユーザーに課金させるつもりだ」と激昂した。そこへ油を注ぐかのように、山内代表からの「課金なしでも楽しめます」発言が加わり、不満が噴出した。
ユーザーたちの投稿内容を見る限り、「賞金効率がいいレース」をそのままにしておけば、こんな事態には陥らなかったはずだ。開発側の考えとしてはおそらく「自分たちのチェック漏れの修正」レベルの感覚だったのかもしれないが、ユーザーが自分たちで探し、発見し、世界中の同志たちと共有した攻略情報を無効化したことは、開発側への大きな不信感につながった。この開発側と消費者側との意識のズレが、トラブルの最大原因だったというのが私の考えだ。
もちろん、ゲームソフトの開発・販売は利益を得るためのビジネスだ。1円でも多くの利益を得ることは、ゲームメーカー側の目的のひとつである。前作『グランツーリスモSPORT』では1台153~509円でクルマを有料販売した成功事例があるので、そうした追加収入に期待するのも理解はできる。しかし、前作では509円で買えていたクルマを3960円へ値上げしたのは、値上げ幅としては大きすぎると感じる。
これに加え、ゲーム内通貨を買う時に表示されるカードのビジュアルも、「PlayStationストアカード」「Steamプリペイドカード」といったゲーム系プリペイドカードを模したようなデザインになっており、このことも生々しさを加速させた一因かもしれない。デザイナー側としては良かれと思ってデザインしたカードのビジュアルが「やっぱり課金させるつもりだったのか」とユーザーの怒りを加速させる結果になっていたようだ。

開発費の高騰により利益率は下がる一方の、コンシューマゲーム機用ソフトビジネス。ソフトの販売額だけではなかなか利益が確保できず、有料DLCなどによる追加収入を求める方針になるのはビジネスとして当然のことだ。
しかし、製品版ソフトを買って遊んでいるファンに対して課金を求めるのであれば、見せ方には相当慎重にならざるを得ない。ユーザーが自発的に「もっと楽しみたいから課金したい」となるように誘導するのが最良だが、この辺りのさじ加減を調整するのもプロデューサーの手腕の見せどころだろう。
B2Cビジネスの1つの教訓として、本件は深く心に刻んでおきたい事例となった。