Photo by Ben Sweet on Unsplash
Photo by Ben Sweet on Unsplash
  • ひとり人事が抱える2つの悩み
  • 経営チームを巻き込み、採用の解像度を上げる
  • 社内コミュニケーションにヒントはある
  • 「ちょっと無理をすればなんとかなる」を積み重ねない
  • 先手先手でHRチームのあり方を考えておく

本連載は元メルカリ・現LayerXでHRを担い、スタートアップにおける人事採用経験が豊富な石黒卓弥氏が自身の“採用論”について語っていきます。第2回目は、スタートアップにおける“ひとり人事”のあり方についての見解です。

スタートアップの母数が増えていくにつれて、ここ数年で、“ひとり人事”の数も増えてきています。ひとり人事とは、その名の通り採用はもちろんのこと、評価、制度、育成等といった業務に1人で向き合う人事担当者のこと。リソースに限りのあるスタートアップにおいては、1人しか人事がいないということもそうですが、組織がスケールしていく過程で人事の役割が変化し、1人で何でもやるという状態になってしまうことが多いのです。

この話を聞いて「もしかしたら自分もそうかも」と思った人もいるのではないでしょうか。

そもそも「経営は人事に仕事を丸投げしてはダメ」「採用には経営チームがコミットすべき」という話ではあるのですが、ここではひとり人事を対象に、目の前の局面を乗り越えていく方法を一緒に考えていきたいと思います。

ひとり人事が抱える2つの悩み

私は日々、SNSなどで採用に関する情報を発信しているのですが、よく、ひとり人事の方から悩み相談をされることがあります。その悩みの内容は大きくわけて、2つのパターンがあります。

ひとつは、経営チームと同じ目線・熱量で、採用戦略を立てることの難しさに直面するというパターンです。例えば、創業者や経営チームから「今年は30人採用したいので、来週までに採用戦略を考えておいてください」と言われたとします。

しかし、創業者のビジョンや起業したストーリーをインストールできていなければ、同じ目線・熱量で採用戦略を考えることは難しいでしょう。

大前提として、人事が語るストーリーよりも創業者が語るストーリーの方が熱量も高く、魅力的です。それにもかかわらず、採用の競争が激しい今の時代に、人事担当者だけに「じゃあ、戦略考えておいて」と丸投げされても、どうにもなりません。

もう1つが、キャリアに悩むパターンです。基本的にスタートアップのひとり人事は事業の成長フェーズであればあるほど採用業務がメインになります。上長となるであろうCEOやCFOに相談ができればいいのですが、実際は彼・彼女らに採用実務の経験がない場合がほとんどです。

友人にスカウトメッセージを打って「800万円でうちに来てよ」というアプローチをしたことはあると思いますが、専門的な採用媒体のトレンドや採用プラットフォームの選定などについて実務をやってこられた方とそうでない方の解像度には大きな開きがあります。(メルカリの小泉文明さんやラクスルの永見世央さんのように採用から組織づくりまでの実務に明るい人はとても希少です)。結果としてメンター不在となり、相談相手を探すためにTwitterで同じくひとり人事の仲間を募るようになるわけです。しかしこれでは本質的な課題解決に近づいていきません。

経営チームを巻き込み、採用の解像度を上げる

こうした問題を解決するには、どうすればいいのでしょうか。まずは、経営チームと同じ目線・熱量で、採用戦略を立てることの難しさに直面する、という悩みに対してお答えできればと思います。

採用における問題を解決するために必要なのは、「30人採用する」というような具体的な数値目標ではありません。ひとり人事の方たちが、経営チームの採用に関する理解度、解像度を上げていくことが何より重要です。

もっと言ってしまえば、経営チームが「会社にとってすごく大事なことだから、採用にはリソースの3割割いてください。人事はひとりなんだから、みんなで支えよう」と宣言できるように働きかけていく、そんな動きです。

採用は誰の仕事でしょうか? 人事だけの仕事ではなく、会社全体の仕事です。CEO、CFOをはじめとした、各責任者、つまりハイアリングマネージャーの仕事でもあるわけです。であれば、人事はもっと経営チームを巻き込んでいく必要があります。これは持論ですが、仮に社内の打ち合わせと面接の予定が被ってしまった場合、CEOのスケジュールは面接を優先すべきでしょう。ひとり人事は、決して遠慮していてはいけません。

ただし、これはもちろん経営チームとの信頼関係があってこそできる話です。経営チームのビジョンや哲学を理解し、自分の言葉で言語化できなくては信頼を得ていくことはできませんし、ましては巻き込んでいくことは難しくなるでしょう。

そのためにはとにかく愚直にコミュニケーションを重ねていく必要がありますし、経営チームの小さな考えの変化にも気づけるように、日々チューニングしていかなくてはいけません。1on1のように形式ばったものではなくても、雑談でも構わないのでコミュニケーションの頻度を増やしていくこと。地道な取り組みの先に経営チームとの信頼関係があります。

社内コミュニケーションにヒントはある

コミュニケーションに関しては、何も経営チームだけに限った話ではありません。

私はメルカリに転職したばかりのころ、エンジニア採用を始めるにあたって、社内のエンジニア20人と1on1を実施しました。「どこでメルカリを知りましたか?」「何がいいと思いましたか?」などといろいろ話を聞いたのですが、思わず膝を打ちたくなることがたくさんありました。

たとえば、「採用媒体のOGP画像で週刊少年ジャンプやMacBookのケースの上にMacを乗せている写真がよかった」と言われたこともありました。少し極端な例かもしれませんが、雑多な感じがスタートアップらしくて惹かれたそうです。私はもともと、大企業に勤めていたこともあり、自分だけでは気づくことのできない視点でした。

エンジニア採用に悩む人は多いと思いますが、採用したいエンジニア像は社内にいるわけです。社内のみんながリスペクトするエンジニアが、一番採用したいエンジニアでもあるので、社内コミュニケーションを通じて経歴や入社理由、エンジニアが見ている採用媒体などの情報をインプットしておくことには意味があります。

あわせて、エンジニアに限らず、社内Slackのさまざまなチャンネルに参加したり、1日の予定に社内コミュニケーションの時間を設けたりすることはおすすめです。

「ちょっと無理をすればなんとかなる」を積み重ねない

何か新しいサービスや面白そうなサービスを見つけたら、好奇心のおもむくままにまず使って見ることを推奨したいです。

そのフットワークの軽さこそがひとり人事の醍醐味です。私もカジュアル面談プラットフォーム「Meety」やキャリアSNS「YOUTRUST」などを早い段階から使っていました。また、IT勉強会支援プラットフォーム「connpass」を使って、採用イベントなども開催していました。ひとり人事にとって、好奇心は非常に大切だと思います。

一方で、ひとり人事の仕事は次から次へと増えていきます。確かに内定承諾をもらえたり、入社後活躍している場面を目の当たりにしたりすると、なにものにも代え難い高揚感を覚えます。またそこから「スタートアップだからもっと頑張らないと」というマインドになりがちです。ただ、睡眠時間や家族やパートナーとの時間を削ってまでやるべき仕事ではありません。

私は常日頃からLayerXで「1番目に自分の健康、2番目に家族の健康、仕事は3番目でいい」という話をしています。もちろん、候補者体験を向上したいからと即レスしたい気持ちは痛いほどわかります。たとえばパートナーが体調を崩してしまって、候補者へのレスポンスが遅れてしまう、と悩まれるシーンも有るかと思いますが、代わりの人が社内にいなければ翌日の返信でもいいと思います。

「ちょっと無理をすればなんとかなる」を積み重ねると“大きな無理”になってしまって、長く続かない。人事自身も“会社の顔”としてのプライドやモチベーションでついつい頑張れてしまうのですが、一人で無理を続けているだけではスキル面の成長も鈍化していきます。

健康面でもキャリア面でも、2人目なり、マネージャーなりを採用した方がいいと思います。経営チームも「ここまで頑張れたなら、もっといけるでしょ」「まだまだ大丈夫だろう」と過度に期待してはいけません。

先手先手でHRチームのあり方を考えておく

最後にひとり人事のキャリアについてです。ひとり人事としてさまざまな業務を経験すると、自身のキャリアについて考える機会も増えると思います。

採用に注力していく道もありますし、HRBP(経営者や事業責任者のパートナーのこと)や育成・評価、労務などの道も視野に入ってきます。「自分の得意なものは何か」「次に得たい経験は何か」に向き合い、会社が成長したときに注力したいキャリアを決めておき、自分のチームの採用に力を入れていく。もし、自分が育成に力を注ぎたいのであれば、今後採用や労務に強い人を探せばいいわけです。

チーム化していくにあたって大事なのは「自分より優秀な人を採用せよ」という鉄則です。実はLayerXのHRチームは5人まで人数が増えました。私以外の4人は、いずれも私には持っていない得意分野を持っています。

ひとり人事だと、つい自分が体調を崩すギリギリのところで「もう1人採用したい」という話が出がちですが、もっと早い段階で動きだし、なんなら募集要項をつくっておくぐらいがいいのかもしれません。

もし予算的に難しいようなら、営業や広報との兼任というプランも検討できます。先手先手で考えておくと、人事としてのキャリアも描きやすくなると思います。

さて、今回はひとり人事の働き方についてお伝えしました。孤軍奮闘する人事のみなさんが一歩でも前に進むヒントになれば幸いです。