新たにペイミーのCEOに就任した卜部宏樹氏
新たにペイミーのCEOに就任した卜部宏樹氏
  • ヘイを辞め、ペイミーCEOに就任した真意
  • 新たに目指す「ファイナンシャル・ウェルネス」の提供
  • 勤怠データや給与データなどをクレジットスコアに転換する
  • 新しい金融サービスは「貧テック」ではない

“給与前払い、即日振り込み”のサービス「Payme(ペイミー)」を2017年に開始。約2年間で総額15億円の資金調達を実施するなど、注目を集めたフィンテックスタートアップのペイミー。2022年2月に経営体制の刷新が発表され、サイバーエージェント出身でヘイのグループ会社・コイニーの代表取締役社長を務めた卜部宏樹氏が新たにCEOに就任した。

21年1月に創業者である後藤道輝氏が退任を発表。双日出身の元CFO・石井達規氏に経営のバトンが渡されたが、石井氏も22年1月末で代表を退任している。

二度の代表交代を経たペイミー。新たにCEOに就任した卜部氏は何を目指すのか。彼が掲げる「ファイナンシャル・ウェルネス」という構想について話を聞いた。

ヘイを辞め、ペイミーCEOに就任した真意

──1月に退職を発表し、2月からペイミーCEOに就任しています。驚きのキャリアチェンジですが、どのような経緯だったのでしょうか。

最初にお話をいただいたのは2021年11月頃です。ペイミーはコロナ禍でも飲食や物流の業界や派遣社員として働く方々のニーズに応えて売り上げを伸ばし、事業そのものは順調だったと聞いています。実際、同年12月には過去最高値を達成しています。ただ、当時の経営陣に新たな目標が芽生え、新たな体制へとシフトする準備を進めていたそうです。

自分はというと、ヘイにジョインして2年半経った頃で、(ヘイ社長の)佐藤裕介から「そろそろ起業してもいいんじゃない?」と勧められていて。もともと起業志向はありましたが、ゼロから立ち上げるというより、既存のドメインで自分に合う会社の経営に入るのもいいなと思っていたんです。それで候補先を探していたところに、たまたま投資家であり、もともと仲の良かったサイバーエージェント・キャピタルの近藤さん、北尾さんからペイミーを紹介してもらったという経緯です。

オファーを受けようと決めたのは、すでに認知が浸透している「Payme」というブランドを基盤として新たな挑戦ができると確信したから。そして、その挑戦の方向性が、僕自身がこれからの人生で実現したい社会のビジョンと一致したから。この2つの理由で、ペイミーの株式取得を進め、社長に就かせてもらいました。

Payme公式サイトのスクリーンショット
Payme公式サイトのスクリーンショット

──卜部さんが実現したいビジョンとは、どんなものでしょうか。

たとえ規模が小さくても、思いやこだわりを持って働く人たちの人生を、デジタルの力で支援したいと思っています。

このビジョンに至ったきっかけは、前職のヘイで運営するネットショップ運営サービスの「STORES」のオーナー(出店者)さんに会いに行ったこと。全国各地へ出向いて、100人くらいには会いにいったと思いますが、大きな気づきを得られました。僕は大学を卒業してからずっと東京で働き、「スタートアップの経営に関わる人生こそがカッコいいし、面白いものだ」と思い込んでいました。

でも、地方に出向いていろいろな産業に関わっている人たちに出会ってみると、本当に素敵な人たちがユニークで価値ある仕事をしていることを知ったんです。この無数の豊かな人生を支援することが自分の使命だと感じるようになりました。

──印象に残っている人はいますか。

例えば、熊本でお会いした魚の卸業を営む50代の男性は、「コロナの影響でウェディングの注文も途絶えて生活に困っていたけれど、友達が教えてくれたSTORESで魚を売ってみたらたくさん注文が入ってね」と笑顔を見せてくれました。インターネットを通じて個人同士の取引が可能になったことで、天草で獲れた新鮮で美味しい魚が、北海道のお客さんに届いて、どちらの人生も幸せにする。これってすごいことだよなと感動しました。

新卒で入ったサイバーエージェントでも「ABEMA(旧:AbemaTV)」の事業に深く関わって、エンタメが人の幸せを増やす価値は実感していましたが、生活に直結するお金が行き届くサービスは喜ばれ方のレベルが全然違う。経済面はもちろん、「生きる勇気を取り戻せた」と精神面での支えになれることに、僕自身もこれまでにないほどの喜びを感じました。

「働く人々のためのデジタルバンキング」を実現するという目標が明確になってきた頃に、ペイミーからオファーを受け、ここで挑戦しようと決断しました。

新たに目指す「ファイナンシャル・ウェルネス」の提供

──卜部さんがトップになることで、ペイミーにどんな変化が起きるのでしょうか。

まず、会社の定義を見直します。これから半年から1年ほどかけて、僕たちの存在意義であるコーポレート・アイデンティティを新たにし、働く人たちにより深い「ファイナンシャル・ウェルネス」を提供できる会社へと進化したいと考え、準備をしているところです。

──「ファイナンシャル・ウェルネス」とは。 

個人にとって本当の意味で便利で、豊かな人生につながる金融サービスの実現です。例えば、「給料はいつから労働者のものになるのか?」と考えたときに、日本では「月末の給料日に振り込まれたとき」というイメージが一般的です。しかし、欧米では「働いた瞬間から労働者のものになる」と捉えられます。

これは「Earned Wage Access(EWA)」と呼ばれ、労働者が自分が働いた分の報酬にいつでもアクセスできる権利は本来、固有のものだという考え方です。

「月末にまとまった金額を銀行経由で受け取る」という給料のフォーマットでは、この考え方は浸透しづらいものでしたが、フィンテックによって今の金融の“当たり前”を変えることができれば、日本でもEWAは広がっていく。結果として、これまで経済の恩恵を受けづらかった人たちにもウェルネスを提供できると考えています。

──具体的にはどんなアクションから始めていくのでしょうか。

コーポレート・アイデンティティのアップデートと同時に、既存のサービスのアップデートを進めます。具体的には、給与前払いサービスを受ける上で発生する6%の手数料負担を、ワーカー側ではなく企業側へと少しずつ変えていければと思っています。

──まさにEWAに基づくサービスへの転換ですね。しかし、実現するには企業側の理解が不可欠となりそうです。ハードルは高くないのでしょうか。

おっしゃるとおりです。僕たちのビジョンに共感していただけるクライアントと一緒に実現していきたいと思っています。企業側にとっては単純なコスト増になるので、この構想を理解いただけるか少し心配でした。でも実際に話してみると、予想以上に好感を持ってもらえることに僕も驚きました。

「ぜひそうしたいと考えていた」と即答してくださる企業も少なくなく、「自分たちの会社で働いてくれている現場のワーカーをもっと大切にしたい」と考える経営者は以前に比べて増えている。そんな感覚を得ています。

勤怠データや給与データなどをクレジットスコアに転換する

──企業側のワーカーに対する考え方にも変化が生じていると。

変化が生まれていると思います。ひとつの潮目として、新型コロナウイルスの影響を社会全体が受けてきたこの2年ほどの間に、僕たちの生活がエッセンシャルワーカーの方々に支えられている事実が世の中で共有され、感謝の気持ちが広がったことが大きいのではないでしょうか。ESG経営やSDGsが叫ばれる流れも、「給料」に対する価値観の変化に影響していると思います。

人口減少によって今後も人手不足が続く中で、「今いる従業員に長く働いてもらいたい」と考え、その意思を表現する方法を求めている企業は増えていくはずです。その気持ちに伴走しながら、新しい流れをつくっていきたいと思っています。

法改正次第ではありますが、給与のデジタル払いも数年以内には実現すると見ています。すると給与支払いに関するコスト全体が劇的に下がる可能性が高く、その分、ワーカーに還元しようと考える企業も増えるはずです。

──手数料ゼロになれば、即時精算の利用者増も見込めそうです。

はい、本当にその日に困っている人をもっと助けられます。ペイミーの利用者の中には若いシングルマザーの方も多く、「今すぐ振り込まれないと、帰りの電車賃がない」「小学校の入学式までに子どものランドセルを買ってあげたい」、そんな声も聞かれるんです。そういった切実な願いに応えられる会社であり続けたいと思っています。

将来的にはペイロール(給与支払いシステム)を一気通貫で開発し、勤怠データと給与データを完全につなげていく。これが僕たちがこれから目指す「デジタルバンキング」です。そして、さらにこの先に「新たなクレジット(信用)」を生み出せると信じています。

──新たなクレジットとは。詳しく聞かせてください。

エッセンシャルワーカーの方々の多くは、年収300万円以下のいわゆる低所得層にあたります。実際にヒアリングを重ねて見えてくるのは、生活を回すのに精一杯で、より貧困になっていく構造です。高い金利を払って借り入れをしてしまったり、計画的な支出ができなかったりして、悪循環に陥っている。これは決して本人だけに原因があるのではなく、「低所得層にはファイナンシャルリテラシーが提供されづらい」という社会的構造があります。

金融商品を購入するゆとりがある層にはマネーセミナーが開催されますが、その見込みがない層に対しては十分な情報が提供されないですし、公教育でも十分に教えられないですよね。結果として、僕たちの生活を支えている低所得のエッセンシャルワーカーの方々の社会的信用が低く見積もられ、住宅ローンやクレジットカードの契約が成立しないという問題が起きています。

勤怠データや給与データ、そのほかの仕事や働きぶりに関するさまざまなデータを結びつけてクレジットスコアに転換することができれば、「この人は3年間、真面目に働き続けて、お客さんの評判もいい」といった“働き方の実績”によって社会的信用が上がり、好きな家が買えたり、より豊かな生活を手に入れられる社会が実現します。

今の年収の数字だけじゃない、その人のもっと本質的な部分にクレジットが貯まっていく。これが僕たちが目指したいファイナンシャル・ウェルネスのイメージです。もちろん、僕たちだけでは実現できないので、給与計算や決済、銀行など、複数の協業先と連携して実現していく構想です。

新しい金融サービスは「貧テック」ではない

──実現に向けて、社内の体制や雰囲気はどうですか。

今は僕を入れても10人程度の少数精鋭の体制です。ピーク時は30人ほどいて、2度の経営体制変更がある中で辞めたメンバーもいたそうですが、今残っているのは創業期から強い思いを持って顧客に向き合ってきたメンバーです。僕のビジョンに共感して新たに仲間になってくれたメンバーも加わって、新たな創業に挑むような前向きな活気があるのはありがたいですね。

毎日議論をしながら新しいアイデアも湧いてきて、いずれは福利厚生や経費精算のあり方もアップデートする提案をしていきたいと思っています。

デジタルバンキングが実現して、EWAに基づいたお金のやりとりがすべてデジタル上でできるとしたら、自社商品・サービスを従業員により簡単に提供できたり、従業員の一旦負担を介することなく会社の財布から直接経費を使えたり。そんな仕組みも技術的に可能になります。働く人に関わるお金の「当たり前」をあらゆる面で変えていきたいです。

──金融とITが結びつく「フィンテック」がいよいよ生活の核心部分に行き届く。そんなビジョンが伝わってきました。
 

フィンテックそのものを、もっと希望を届けられるものへ変えていきたいという思いがあります。フィンテックを「貧テック」と揶揄する言葉が時々聞かれますが、「新しい金融サービスは、貧困者を食い物にする」という悪いイメージが浸透しているとしたら残念です。

僕たちはそうじゃない会社でありたいし、むしろこれまで経済的な恩恵を受けてこなかった人たちにウェルネスを届けられる会社にしたい。それを実現するだけの技術も、世の中の空気感も整ってきた。だから今こそアクセルを踏んでいきたいですし、ペイミーという会社の存在価値を真剣に問い直していきたいと思っています。

僕自身、2010年にインターネットの会社に入ってこの業界で十数年経ちますが、今ようやくインターネットが人々の暮らしのエッセンシャルな部分に熟してきたと実感しているところです。真面目に働く人が、豊かな生活を送れる。そんな当たり前を社会の隅々にまで行き渡らせるために、これから仕事をしていきます。