ピースオブケイクnoteプロデューサーの徳力基彦氏(左)と、ネスレ日本の媒体統轄室マネージャー・村岡慎太郎氏(右) 提供:Agenda note
  • コーヒー豆のバイヤーがデジタル担当へ転身
  • 「UGCの先駆者」との衝撃的な出会い
  • 「心臓が止まった」生き方を変えた一大事件
  • 数値に囚われない感覚を大事に
  • ネスレ流「イノベーション」を起こす方法
  • 「人」を軸に考える

ネスレ日本で媒体統轄室・マネージャーを務め、2020年1月からスイス本社に赴任している村岡慎太郎氏。コーヒー豆の買い付け部門からマーケティング部門への異動という異色の経歴をたどりながら、マーケティングに求められる視点について話を聞きました。(編集注:本記事は2020年1月21日にAgenda noteで掲載された記事の転載です。登場人物の肩書きや紹介するサービスの情報は当時の内容となります)

コーヒー豆のバイヤーがデジタル担当へ転身

徳力 この連載のメインテーマは、「ミレニアル世代のビジネスパーソンは、それ以前の世代と比べると、インターネットに対する感覚が違っていて、それがビジネスにおける感覚にも影響を与えているのではないか」になります。今回は、村岡さんのチャレンジを伺いながら、その感覚を探っていきたいと思っています。村岡さんは1980年生まれですよね。インターネットに最初に触れたのは、いつ頃ですか。

村岡 それは、忘れもしない1999年4月でしたね。大学に入学してすぐ、情報システムの試験で先生から「試験は単純です。自分のパソコンからYahoo!メールのアカウントをつくって、私宛てにメールを送りなさい」と言われたんです。当時はまだ、インターネットサービスにアクセスして、アカウントをつくること自体が新しい体験でした。

徳力 それまでインターネットに触れたことは、なかったんですか。

村岡 あるとしたら、ケータイのメールくらいですかね。

ネスレ日本の媒体統轄室マネージャー・村岡慎太郎氏 提供:Agenda note

徳力 面白いですね。やはりこの世代の人たちは、ケータイをインターネットとは呼ばないんですよね(笑)。先日インタビューした、ホットリンクの飯高さんもそうでした。インターネットを本格的に使いだしたのは、会社に入ってからですか。

村岡 はい、2003年からです。コモディティ部という原料を扱う部署に配属されて、コーヒー豆の買い付けを担当したんです。先物相場なので、インターネットでチャートを見て購入のタイミングを探ったり、ニューヨークやロンドン、原産国とメールでやり取りする必要があったりして、ぐっと触れるようになりました。

徳力 村岡さんがマーケティング担当になったのは、いつ頃ですか。

村岡 本格的には、5年前の2015年1月ですね。最初は、デジタルマーケティング担当ではなく、広告担当でした。ただ、デジタル領域には、その前の2012年頃にデジタル開発室に配属されたときから触れていたんですよね。

「UGCの先駆者」との衝撃的な出会い

徳力 買い付け部門からデジタル部門への異動は、珍しいですよね。何か理由があったのでしょうか。

村岡 実は当時、買い付けの交渉に飽きていたんですよね(笑)。そのときに、ネスレのコーポレートサイトのプロダクション選定に、プロジェクト的に加わることになり、初めて揖斐理佳子さん(元ネスレ日本・デジタルメディア開発ユニット ユニットマネージャー)に会いました。

徳力 おお、揖斐さんですか。確か、社長秘書をされながらイントラネットの構築を始めて、その後にネスレ日本の公式サイト「ネスレアミューズ」も担当されていた方ですよね。

 ユーザーのクチコミ投稿を公式サイトに掲載するという、当時としてはあり得ないほど早くUGC(User Generated Contents=ユーザー生成コンテンツ)に取り組まれていたことを覚えています。いい師匠に恵まれましたね。

村岡 はい。それで、そのプロジェクトが始まる前に、揖斐さんから事前資料がメールで送られてきて「目を通してください」と。当時の私は、まったくデジタルの知識がなくて、揖斐さんから「質問は、ありませんか」とメールが来たときも、よく分からないので「今のところないです」と返信したら、揖斐さんから「興味がないんですか、それとも勉強不足ですか」と返ってきて…。

「やる気がないと思われてしまった!」と焦りました(笑)。そこから自分で学ばないとダメだなと思って、本を買って読み漁りましたね。

徳力 それまでは、デジタルにはあまり興味がなかったんですか。

村岡 というよりも、バイヤーという立場でしたので、周りが勝手に情報をくれていて、私自身が受け身だったんです。あとは当時、ドワンゴの「ニコニコ生放送」で党首討論が行われているのを見て、これからはデジタルにきちんと取り組まないと生きていけないなと危機感を持っていたんです。

 その後に、デジタル部門で人員募集があったので、すぐに手を挙げました。会社からは「お前、何考えているの?」と言われましたけど(笑)。

徳力 すごいな。バイヤーからデジタルに転身というのって、もはや転職に近い判断ですよね。個人的にパソコンが好きだったわけでもなく、それまでデジタルにも全く関係がなかったんですよね。

村岡 はい、むしろ苦手でした。そうして異動した初日に、揖斐さんから「アンケートフォームでキャンペーンをつくりなさい。それで、そのアンケート結果を全部読みなさい。そうじゃないとユーザーの気持ちは分からないから」と言われて。

 それで、すぐに実施して回答を全部読んだところ、揖斐さんから「どう思ったの?」と聞かれて、私がサマリー程度の答えしかできないでいると、揖斐さんから「そうじゃない」と一蹴されたことを覚えています(笑)。そのときは、ユーザーのインサイトを突いた答えができなかったんですよね。

「心臓が止まった」生き方を変えた一大事件

徳力 徹底的にユーザー視点をたたき込まれたんですね。ただ、揖斐さんが衝撃的だったという理由だけでは、デジタル部門に異動しようとは思わないですよね。他に何か異動したいと思った理由があったのでは、ないでしょうか。

村岡 そうですね。もうひとつ理由があったかもしれません。実はデジタル部門に配属される前、30歳のときに調達部の出張でトルコに行ったのですが、現地で急性心不全になり、心臓が止まって倒れてしまったんです。

 かなり深刻な症状で、お医者さんからは「もうダメです」と言われて、日本にいる家族にも連絡がいきました。私の方は、もう毎日起きているのか寝ているのかも分からない状態で、目が覚めたらまだ生きていたという感じでした。そのとき「明日はないかもしれないから、やりたいことを優先しよう」と決意したんです。

徳力 強烈な体験ですね。デジタルに出会ったときに、直観的に「これだ!」と思ったということですか。

ピースオブケイクnoteプロデューサーの徳力基彦氏 提供:Agenda note

村岡 そうですね。あとは、病院でお世話になったトルコのお医者さんや看護師さんから「Facebookやっている?」と聞かれて、それをやれば彼らとずっとつながれるんだと思ったこともあります。実際、今だにつながっていますね。

徳力 すごい話ですね。もうその逸話だけで十分記事になりそうです。

数値に囚われない感覚を大事に

徳力 村岡さんは、マーケティング担当になられて以降、いろんなカンファレンスに登壇されていますよね。登壇し始めたのは、いつ頃ですか。

村岡 2015年頃からです。配属されて半年ほどで、大きなマーケティングカンファレンスに呼ばれたんですよ。

徳力 それは早いですね。外に出て話すことに抵抗感はなかったでしょうか。それに、日本では、会社として若いメンバーを登壇させることに抵抗感がありそうです。

村岡 どちらも、ありませんでしたね。ネスレは外資系で組織がフラットなこともありますし、私自身も大学のときに、英語サークルでスピーチをしていた経験があったので、話すことに抵抗感はなかったんです。

徳力氏(左)と村岡氏(右) 提供:Agenda note 

徳力 私はデジタルマーケティングにおいては、エクセル上の数値に囚われがちな人と、その先にいる人間までイメージできている人に、はっきり分かれるなと感じています。カンファレンスでの村岡さんの発言を聞いていると、データ分析をして成果にコミットしながら、人間もしっかり見ている印象です。なぜ、それができているのでしょうか。

村岡 具体的な誰かをイメージしているんですよ。この商品であれば、実際に誰が受け取ってくれるのかをすごく考えて、エクセル上の数値と私の感覚にギャップがあれば、施策を変えたりもします。

徳力 例えば、どういうことですか。

村岡 少し前に、YouTubeの6秒動画でABCDの4パターンを制作してクリエイティブテストをしたのですが、AパターンのCPM(Cost Per Mille)が最も良かったんですよね。

徳力 一般的にはCPMが良いというのは、しっかりユーザーが見てくれているということですよね?

村岡 はい。でも、何か違和感があったんです。Bパターンの方が少しやかましい表現だけれども、私の印象にはすごく残っていて。それでYouTubeのブランドリフトサーベイにかけたら、やっぱりBパターンの方の結果が良かったんです。CPMの良さが必ずしもブランドリフトにつながっていないことを確認できました。

徳力 Bパターンは冒頭で飛ばされることも多いけれど、最後まで見た人の気持ちが動いていたということなんですね。数字としての「結果」だけを見ていると、その違和感に気づけず、そのまま進んでしまうリスクがあった。村岡さんがその目線を持てたのは、先ほどのアンケートの経験があったからですか。

村岡 それもあります。ただ、ルーツをたどればコーヒー豆の買い付けも同じだったんですよね。コーヒー豆の相場は、数字を見て予測するのですが、実はそれ以外の定性的要素がものすごく影響するんです。なので、定量と定性を考えるクセがついていると思います。

ネスレ流「イノベーション」を起こす方法

徳力 社会人として、量と質の両方を見ることを鍛えられていたんですね。では、これからデジタルマーケティングに携わる人は、村岡さんのような経験がない状態で、どうすれば数字だけに囚われない感覚を身に付けられると思いますか。

村岡 私がいつも部下に対して言うことは、「これは誰のためにやっているのかを意識する」ということです。誰の生活を良くしたいのか、これをやれば誰の何が変わるのかを詳しく聞くんです。そうすると、「人」軸で考えるようになり、数字だけに囚われない発想が生まれやすくなると思います。

徳力 ネスレ日本の社長である高岡浩三さんが、顧客が気づいていない問題を発見して解決する手法として「ニューリアリティ・プロブレムソルビング(NRPS)」というメソッドを提唱されていましたよね。

「人」を軸に考える

村岡 はい。まず自分にとっての顧客が誰かを明確にして、次に顧客の問題は何かを考えます。そして、顧客自身が意識していないレベルにまで踏み込むことが必要です。

 例えば、暑いからエアコンのスイッチを入れようというのは、意識しているレベルの発想。一方で、そもそも電気代をかけずに涼しくすることはできないかと考えて、それを新しいテクノロジーで代替するとしたら、と考えることがニューリアリティです。

 こういう考え方をすると、イノベーションにつながるアイデアが生まれるんです。ネスレでは、全社員が一生懸命に取り組んでいます。

徳力 そうやって「ネスカフェ バリスタ」や「ネスカフェ アンバサダー」、「キットカット ショコラトリー」が生まれていったのですね。何にでも使える普遍的な考え方だと思います。

村岡 なので、他社の方から、「これってどうやって進めているんですか」と具体的な手法をよく聞かれるのですが、それにすごく違和感があります。そもそも誰をどうしたいのかが抜け落ちているな、と。そうすると、どんどんデータからしか考えられなくなってしまって、人が見られなくなるんですよね。

>>4月16日(木)公開予定の後編に続きます。