
- 少量の正常品データで学習モデルを構築、産総研生まれの独自AI
- 140社以上にソフトウェアを提供、本田技研工業との共同実証も
- テクノロジーで「検査の手の内化」を後押し
- 11億円調達で事業強化、“インテル型”の新事業も
身の回りにある電子機器や自動車を始め、さまざな製品は「検査・検品」といった工程を経て消費者のもとに届けられる。
この検査・検品業務は安全な製品を供給する上で欠かすことができないが、その一方で負担が大きく大変な仕事だ。労働人口の減少による担い手不足や技術の継承難が課題になっていることもあり、さまざまな企業が「自動化」に向けた取り組みを進めてきた。
近年は製造業においてもさまざまなシーンでAIやテクノロジーの活用が加速しているが、こと検査・検品においては、必ずしもうまくいっている状況ではないようだ。
「一番自動化が進んでいないのが検査・検品の領域で、先進的な企業でもそのエリアだけはたくさんの人がいるということが多いです。今でも検品作業の95%ほどはAIが導入されておらず、人の目で実施されているとも言われています」
独自の画像解析技術を用いて検査・検品業務の自動化に取り組むアダコテック代表取締役CEOの河邑亮太氏はそう話す。
この領域でAIを活用した自動化の障壁となってきたのが、教師データを集める難易度の高さだ。特にディープラーニングを用いて検査を自動化する場合、最初に大量の「不良品データ」を用意しなければならない。
これが日本の製造業にとってはハードルが高いことに加え、 計算過程が複雑であるが故の“判断基準のブラックボックス化”などに難色を示す企業もいる。
結果的に一部の超大手企業などを除き多くの企業がAIによる自動化を断念し、目視作業に頼っているのが現状だ。
製造現場がこのような課題を抱えている中で、アダコテックでは産業技術総合研究所(産総研)生まれの特許技術を用いた独自のAIによって、検査の自動化に取り組んできた。

現在は自動車産業のメーカーを中心に取り組みを進めており、実証実験なども含めて累計145社にソフトウェアを提供。直近では本田技研工業と共同実証を実施するなど、日本を代表するメーカーとの連携も広がっている。
アダコテックでは今後さらなる事業拡大を目指していく計画。そのための資金としてリアルテックファンド、Spiral Capital、東京大学協創プラットフォーム開発、東京大学エッジキャピタルパートナーズ、DNX Venturesを引受先とした第三者割当増資により総額11億円を調達した。
少量の正常品データで学習モデルを構築、産総研生まれの独自AI
アダコテックは2012年の設立。産総研で生まれた「HLAC特徴抽出法」を社会課題の解決に活用するべく、現在はその技術を製造業における検査の自動化を進めている。
HLAC特徴抽出法の大きな特徴が、不良品ではなく「少量の正常品のデータのみで、精度の高い学習モデルを構築できる」ことだ。「正常(通常)」とするデータの範囲を求め、そこから逸脱したものを異常として判定する仕組み。正常品のデータが100〜200枚程度あれば検査モデルを作れる。
そのため従来ネックになっていた「時間をかけて大量の不良品データを集める」必要がなく、計算過程やアルゴリズムがシンプルなため結果の根拠がブラックボックス化しない、計算負荷が少ないので汎用PCで計算処理ができるといった利点もある。
「従来の(ルールベースの)画像解析では、欠陥の種類が多かったり、素材が均一ではなかったりする領域において自動化が難しかったんです。そこでディープラーニングに期待が集まったのですが、今度は大量のデータが必要なことやブラックボックス化がネックになって『もう人がやるしかないよね』となってしまった。実際に当社のお客様の6〜7割は過去にAIを試されている印象ですが、試した結果うまくいかずに幻滅し、『AIは使えないのではないか』と思われているところから話がスタートすることもあります」(河邑氏)

アダコテックの顧客となるのは主に大手メーカーの生産技術部だ。その顧客に対してAIの学習モデルを構築するためのアプリケーション「AdaInspector Cloud」と、現場でカメラと接続してAIを動かすためのアプリケーションをセットで提供している。
大手企業向けプロダクトのため実証実験を経て正式導入に至るケースが多いが、ソフトウェアの提供企業数は累計で150社近くまで増えてきた。河邑氏によると特にこの1年でその数が約100社増加するなど、事業に対する手応えを感じられるようになってきたという。
プロダクトの価格は企業規模や利用用途などにもよるが、年間でだいたい300万円ほどから。今年度は数億円規模の売り上げを見込んでいる。


140社以上にソフトウェアを提供、本田技研工業との共同実証も
山梨県に本社を構える部品メーカーでは、自動車部品の外観検査においてアダコテックのソフトウェアを活用している。
部品の製造工程において生じる傷や打痕などの欠陥は数ミリと細かく、その種類や場所も多岐にわたることからシステムでの検出が難しいことから、熟練者が目視で検査してきた領域だ。
ただ部品の需要が増す中で検査のキャパシティがネックとなり、機会損失が発生してしまうという状況に陥った。そこで人不足や技術の継承難といった課題の解決策にもなりうることから、アダコテックのシステムを活用することを決断。導入後は検査時間が約3分の1程度に短縮され、4人がかりで担当していた業務が1人でも対応できるようになったという。
「検査は固定コストになってしまうので、毎月必ず同じ量だけ生産するのであれば人で良いという企業もありますが、製造量に波が出てくると人が浮いてしまいます。その点も自動化によるメリットの1つです」(河邑氏)
このメーカーの場合は河邑氏自身が現地に1週間泊まり込み、実際に工場での目視検査業務を体験しながら課題のヒアリングやサービスの提案を行った。ここまでするケースはさすがに珍しいというが、アダコテックでは現場への訪問を重要視しており、それがプロダクトの発展や事業の成長にも結びついてきていると話す。

別の自動車部品メーカーではアダコテックのシステムを活用することで21人だった検査人員が12人に減り、別の業務に人の力を生かせるようになった。検品のデータ化が進み良品率も93%から96%へと改善された結果、1つの工場の1つの工程を変えるだけで年間2.3億円の導入効果が見込めるといったような事例も生まれている。
2021年からは本田技研工業とも共同実証を開始。同社との取り組みでは欠陥の検出に加え、欠陥の種類の分類を自動化する技術の研究開発も進めてきた。
テクノロジーで「検査の手の内化」を後押し
顧客規模が広がる中で、より細かいニーズや得意な領域も見えてきた。特に大手メーカーは検査を内製化して「自分たちの『手の内化』」することを重要視するところも多いという。
そこでアダコテックとしても検査の手の内化を支援するためのソフトウェアという打ち出し方をして、顧客自身がプロダクトを使いこなせるように運用面のサポートを強化してきた。
たとえば上述した山梨のメーカーでは、製造工程でついたほんの少しのスリップ痕をシステムが異常だと反応してしまう問題が起きた。そこで正常な画像を改めて30枚程度用意してもらい、アダコテックのメンバーとも協力しながら5分程度で再学習をし、問題発生から1時間後には再稼働を実現した。
このように運用面を改善し、内製化したい企業向けにサービス内容を整えたことで「顧客からの食いつきも変わった」(河邑氏)という。
特に「型がかなり決まっている製品」はアダコテックが得意とする領域だ。短い期間でも高い精度を実現できることが多く、導入効果が出やすい。
一方でアダコテックが取り入れているHLAC特徴抽出法が万能というわけではなく、苦手なものもはっきりわかってきたと河邑氏は話す。たとえば果物や魚といったような自然物はばらつきが多く、ディープラーニングの方がうまく対応できる可能性が高いという。
11億円調達で事業強化、“インテル型”の新事業も
今後はこの1年で得られた知見も活かしながら、自社の技術が力を発揮できる領域においてさらなる事業拡大を目指す計画。調達した11億円で組織体制の強化を進め、現在の20人弱から2年で60名規模まで人員を拡大する方針だ。
事業面においては大きく「業界の拡大」「海外展開」「新規事業」の3つに挑む。
現在は自動車業界の顧客が多いが、今後は既存製品を展開できる余地のある電子部品や半導体といった別産業への進出を見込む。エリアについてもすでに昨年ドイツの自動車部品メーカーとの取り組みをスタートさせており、中長期的にアジアなども含めた海外展開を進める。
「ドイツに行ってみて、日本以上に海外の方が課題感が強い印象を持ちました。海外は日本ほど検査の精度が高くない場合も多く、人員の流動性も高いので雇用の面でも課題がある。製造業は日本の技術がグローバルで評価されてきた領域ですし、自分たちもグローバルで挑戦していきたいと考えています」(河邑氏)
また河邑氏が「インテル型」と話すように、世の中にある検査装置にアダコテックの技術を組み込んでいく新規事業にも取り組む。
河邑氏によると既存の検査装置は精度と設定工数の面で改善の余地があり、今のところは「完全な自動化には程遠い」状況だ。アダコテックのソフトウェアの場合は100枚程度の正常な画像データでモデルを作れるため、数週間かかっていた準備が2〜3日に短縮される。
すでに実証実験ベースでは一定の成果が出ており、2023年には同社の技術が組み込まれた検査装置が発売される予定だという。
「さまざまな事例に取り組む中で、この1年間は検品データの希少性や重要性に改めて気づかされた期間になりました。最初の目的は自動化による人手不足の解消や作業効率の改善などであったとしても、実は検品のデータが定量化されて、蓄積されていくことが製造業のDXにおいても重要です。それがものづくりの改善や、取引コストの削減などにもつながっていく。そんなところに自分たちの未来があるのだと感じるようになりました」
「検品のデータ化を、現場主導で新しい発想や創造性が生まれるきっかけにしていきたいです。検品はどうしても労働集約型で同じことを黙々とやっている側面もありますが、AIの活用で効率化とデータ化が進めば、人はそのデータをどのように活かしていくかや、どうやって新しいものを作っていくかにもっと時間を使えるようになる。そのような仕組みを実現することで、日本の製造業を後押ししていければと考えています」(河邑氏)