Photo:Ada Yokota/gettyimages
  • コロナの感染拡大は方向転換の「シグナル」
  • 「オフライン」コミュニティを「オンライン」へ
  • 「パーソナル」で「正直」なメッセージは効果大
  • 主役は「プロダクト」から「人」へ

新型コロナウイルスの影響で冷え込む世界経済。企業は外出の禁止・自粛が求められる消費者の行動変化に対応する必要がある。対策を練る上で、顧客との「オンライン」での接点を強化し不況を「チャンス」に変えようとしているD2Cブランドの戦略は、多くの企業にとって参考になるだろう。元ベンチャーキャピタリストで米国のスタートアップに関する情報を発信するポッドキャスト「Off Topic」の配信者が解説する。(Off Topic運営 宮武徹郎)

コロナの感染拡大は方向転換の「シグナル」

 「習慣は21日で身につく」――。これは50年以上前の自己啓発本に書かれていた話だ。だが新型コロナウイルス影響下で世界中の人々が少なくとも3週間以上もの期間を家で過ごす今、まさに新しい“消費者習慣”が生まれようとしている。

 中国ではインターネットの利用時間が平均6.1時間から7.3時間に伸び、YouTubeなど短尺動画のDAU(1日あたりのアクティブユーザー)は4.92億人から5.69億人へと上昇した。米国では映画館などの“リアル”から、NetflixやDisney+などの動画ストリーミングサービスへと消費は移行している。

 Facebookはスマートフォンに可能性を見いだしてモバイルシフトした。コロナの感染拡大による経済不況もまた、あらゆる業界に方向転換の必要性を示している。

 特に顧客との「直接的な接点」を持つD2C(Direct to Commerce、メーカーやブランドが自らのECサイトを通じて直接商品を販売すること)企業は、各国で外出の禁止・自粛が求められているこの激動の時代に急変する消費者行動を読み解き、ブランディングやマーケティングの戦略に生かす必要がある。そして戦略を立案する上での鍵は「コミュニティのオンライン化」と「メッセージ配信の最適化」だ。

「オフライン」コミュニティを「オンライン」へ

 アメリカでは、昨今ブームとなっていたD2C企業のオフラインイベントが続々とオンライン開催へとシフトしている。低アルコール飲料を販売するHausは、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ニューヨークなどの注力市場でオフラインイベントを開催し、コミュニティを拡大してきた。リアルな場を重視していた同社も現在はイベントをオンライン化し、「オンライン・アペリティーヴォ・アワー(Online Aperitivo Hour)」なる「オンライン飲み」を週に1度開催している。

 初回には50人以上が集まり、軽い情報交換をしたり、今後の開催について意見を求められたりした。Instagramのライブ配信機能である「Instagram Live」で開催された2回目には、デオドラントを販売するD2C企業・Schmidt'sの創業者たちが参加しており、事業戦略などについて気さくに話してくれた。

 ランニングウェアを扱うTracksmithもランニングクラブやユーザー向けのミートアップをオフライン開催していたが、今はそれをデジタル化。同社はエクササイズに関するコンテンツをユーザーに送ったり、ユーザー同士でトレーニング方法をアドバイスしたりできるSlackグループを用意した。

 今後、様々な企業がオンラインイベントを開催し始めるだろう。だからこそ他社に注目が集まる前に動くことが重要だ。会場の確保や設営が必要ないため短い準備時間で開催できることは、オフラインイベントにはない利点だろう。あえて「コミュニティを作るきっかけ」で苦しんでいることを赤裸々に話すことで顧客の共感を生み、より親密なコミュニティが形成されるケースも多々ある。

「パーソナル」で「正直」なメッセージは効果大

 アメリカではここ数週間、コロナの影響を感じたブランドの多くが自社の状況をメールでユーザーに説明している。だが顧客にとって自身の「健康と安全」が最重要である中、「興味や関心のない情報が送られてくること」にウンザリしているといった声がSNS上では散見される。一方で、効果的な情報配信はシェアに繋がっている様子だ。

 ブランドにもよるが、ライト層の顧客は連絡を必要としていないこともある。内容を考える前にまずは「メールを送るべきかどうか」を考えるべきだ。そして既出の情報を有り難がる顧客はいないため、頭をひねる必要がある。

 米国のD2Cブランドが実施した例をいくつか紹介しよう。

 水着D2CブランドのAndieではCEOのMelanie Travis氏がユーザーに直接メールを送っている。自身の思い、感情、そして感謝が込められた非常にパーソナルなものだ。ユーザーが直接返信できるようメールアドレスを公開しているほか、電話番号やインスタグラムのアカウントなど他のチャネルも紹介している。

Andieがユーザーに配信したメール 提供:宮武徹郎
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 スキンケアD2CのBambu Earthは、他のリテール企業と同様に売り上げが大幅に下がっていた。EC企業の成長支援を行うCommon Thread Collectiveが実施した調査によると、3月1日から10日の売り上げと3月11日以降を比較すると、1日の売り上げは25%ほど下がっている状況だった。 そこで創業者のAmber Hawthorne氏はユーザーに1本のビデオレターを送った。その中でHawthorne氏は「まだ発送はしているが、いつまで発送できるかは分からない」「爆買いは勧めないが、生活必需品を切らしてほしくはない」と説明。Common Thread CollectiveによるとBambu Earthはこのメール1通で約3万4千ドル(約360万円)の売り上げを達成した。

 女性向けセルフケアD2C・Blumeが配信したメールでは、同社のプロダクトについては触れられていない。コミュニティをBlumeに近づけるためのメッセージではなく、人が人と繋がるよう、サポートし合うように仕向けている内容になっている。そして他社のものと比較し短くシンプルなため、目立つ。

主役は「プロダクト」から「人」へ

 コロナ影響下で上手くメッセージを配信しているブランドに共通しているのは、主役が「プロダクト」ではなく「人」である点だ。親しい友人と接するような言葉遣いで、顧客と助け合い、会話をする。コロナに関する情報を共有するブランドもあれば楽しい動画を送るブランドもあるが、この時期に積極的に「売る」ことに注力すればユーザーは離脱していくだろう。

 そしてユーザーの行動が変化をしているからこそローンチしたブランドもある。元Glossier・COOのHenry Davis氏は新たにArfa社を立ち上げ、3月17日に制汗剤ブランドの「Hiki」をリリースした。だがコロナの影響から、初期戦略を変更するに至った。Arfaは全商品を無償化し医療機関関係者に渡すと宣言したのだ。Davis氏はこの初期投資がブランド認知に繋がると踏んでいるのだ。

 D2Cブランドとしてこの激動の時代を乗り越えるには、ユーザーの心境や行動変化を理解し、より「人間らしい」戦略で動くことが求められている。