(左から)アル 代表取締役 古川健介氏(イラスト)、YOUTRUST 代表取締役 岩崎由夏氏、New Innovations 代表取締役 中尾渓人氏
(左から)アル 代表取締役 古川健介氏(イラスト)、YOUTRUST 代表取締役 岩崎由夏氏、New Innovations 代表取締役 中尾渓人氏
  • 起業家や投資家に囲まれる環境、資金の必要性──それぞれの起業ストーリー
  • 「助けてもらう力」「信じ抜く力」こそが大事
  • 伸びる市場の2つの考え方と、リスクをどう評価するべきか

「スタートアップ」という言葉が市民権を持ち始め、起業自体も生き方の選択肢としてより身近になってきた。だがその一歩を踏み出すのに勇気がいるのは事実だろう。では先輩起業家たちは、どういった熱量を持ち、その一歩を踏み出してきたのか。

DIAMOND SIGNALが4月26日に開催したイベント「SIGNAL AWARD 2022」の最後のセッションでは、アル代表取締役の古川健介氏、YOUTRUST代表取締役の岩崎由夏氏、New Innovations代表取締役の中尾渓人氏が登壇。それぞれ40代、30代、20代の立場から、自らの起業論、そして胸に秘めた思いを語った。

起業家や投資家に囲まれる環境、資金の必要性──それぞれの起業ストーリー

学生時代にはオンライン掲示板サービスを手がけ、その後立ち上げたnanapiをKDDIグループに売却し、現在はクリエーター向けのプラットフォームを手がけている古川氏。最初の起業のきっかけは学生時代に出会った「ひろゆき」こと、西村博之氏の影響が大きいという。

「若いうちに自分で会社を立ち上げたり、就職しないで働く、というのを知りました」(古川氏)。

交流を深める中で、西村氏が手がけていた事業の社長として声がかかったのが、最初の起業経験だと語る。「巻き込まれ型で始めたのが(起業の)きっかけです」。

その後、古川氏は新卒でリクルートに入社する。そこで同期として出会ったのがのちに起業家として名をはせるじげん代表取締役の平尾丈氏やジーニー代表取締役社長の工藤智昭氏といった面々。さらに周囲にはリクルートホールディングス代表取締役社長の出木場久征氏や、STRIVE代表パートナーの堤達生氏、Kaizen Platform代表取締役の須藤憲司氏などもいる環境だったという。そのためたとえ大企業の中にあっても、「当然みんな会社を作るよな?」という雰囲気だったそうで、環境が起業マインドを育てたという。

古川氏
古川氏

三度目の起業となるアルは、KDDIグループを離れた古川氏が、長く本当に自分のやりたいビジネス、一生を注げるものをと考えた時に「漫画やクリエーターを支援することだと考えた」という、はじめて「やることありき」で始めた事業とのこと。

「私はゴリゴリに、一生会社員で務めようと思っていました」──過去を振り返ってそう語るのはYOUTRUSTの岩崎氏だ。学生時代を過ごした大阪では、周囲に起業する人間もいなかったという岩崎氏。だが新卒で入社したディー・エヌ・エー(DeNA)で人事を担当している中で、思いのほか転職市場に課題感を感じたのだという。

「私の倫理観では(許せずに)『これは何とかならないか』と思った時に、起業家の先輩である綾太郎さん(ペロリ創業者で、現在はstand.fmなどのサービスを手がける中川綾太郎氏)に『そういうときに起業ってするんだよ』と言われたんです」(岩崎氏)

その後3カ月ほど迷ったのちに起業を決心したという岩崎氏。振り返って、「偶然だが、起業家や投資家の先輩に相談したりできる環境にいたことがよかった」と語る。前述の中川氏に限らず、BASE FOODの橋本舜氏、Chompyの大見周平氏など、起業したDeNA時代の同期も少なくない。岩崎氏は熱量が伝播する環境に居たことも結果として武器になっていると振り返る。

岩崎氏
岩崎氏

高校生時代からフリーランスのエンジニアとして働いていたというのはNew Innovationsの中尾氏だ。ロボットコンテストの日本代表にも選ばれた経験があるという中尾氏だが、その費用を稼ぐために選んだのが学生エンジニアとして受託ビジネスをすることだった。高校3年生の冬には法人化し、それなりの売り上げも立てられたという中尾氏。だが、その延長線上にやりたいことがないと思い、今の事業に至る道を模索した。

「もともとやっていたロボットやハードウェアの領域で起業するにしても、製造業的には限界があり難しいと思いました。一方でこの20年を見れば、ソフトウェアのおかげで生きやすい社会になったものの、ハードウェアが関わった瞬間にまだまだ課題が残っていると感じました。そこで人と違うことができれば」(中尾氏)

中尾氏

「助けてもらう力」「信じ抜く力」こそが大事

ではその3人が考える、「起業するにあたって最も大事だったこと」とは何なのか。

中尾氏は「全然面白くないんですが、リスクマネジメント。結局それしかない」と語る。

「何をやっていいよ、と言われても若ければ若いほど、リスクマネジメントができないとつぶされてしまいます」(中尾氏)

一方で岩崎氏は「助けてもらう力」こそが大事だとした。

「自分自身が何かについて秀でていたワケではないんです。起業経験もないし、事業を立ち上げた経験もない。コードも書けないところからのスタートだったんです。だからプライドなく、周囲に『お願い』『助けて欲しい』と言い続けました。そのおかげで今とてもいいメンバーが集まっていて、想定していなかった景色を見させてもらっています。それ(助けてもらう力)は今後も役に立つと思っています」(岩崎氏)。岩崎氏は株主が集まるFacebookグループでも、毎日さまざまな相談をしているのだという。

ではそんな相談できる仲間を集められる理由は何なのだろうか。岩崎氏はそこに「信じ抜く力」があるからだとした。

「この人だと見極めて、そのあとには信じ抜きます。だから逆に言うと交友関係は広くないんですが(笑)」(岩崎氏)

三度目の起業経験がある古川氏は、年齢や自身の状況などの環境に合わせて起業することこそが重要だと語る。「20代の頃にやっていた事業は、大企業が絶対できないような匿名掲示板でした。訴訟リスクや刑事リスクも高いのですが、20代だとダメージもそんなにないからこそできます。30代、40代ではできないから有利なんです。ですが40代になると、偉い人との付き合いがしやすくなるので、交渉や営業、座組で勝てるビジネスがいい。だから環境にあった事業を探すのが大事です」(古川氏)

伸びる市場の2つの考え方と、リスクをどう評価するべきか

イベントの最後には、3人から起業を志す人たちへのメッセージが送られた。

「よく言われることですが、伸びる市場に行くことは大事です。それも2パターンあると思っていて、Web3やNFTのような『これから伸びる市場』を選ぶのか、『ずっと伸びている市場』を選ぶのかは違うと思っています。若手なら前者を狙った方が面白いし、30代、40代なら後者だと思います。後者で言えばECは米国で前年比14%増、市場規模で10兆円規模で伸びています。またYOUTRUSTの様に副業なども、ずっと『来ている』と言われていますが、まだまだ成長しています。前者を目指すだけでなく、後者も視野を入れて事業を選ぶといいと思います」(古川氏)

「起業って『リスク』というワードと抱き合わせで出てくることが多いと思うんですが、令和の世の中においてはリスクではないと思っています。個人的なコトを言えば、私、資金調達って最初は(エクイティファイナンスではなく)借金だと思っていて、『何億円調達しました』と聞くと、どうやって返すんだろう……と思っていました。それこそデットファイナンスであっても、今では個人保証がなくても借りることができるようになってきました。また転職市場で言えば起業経験は有利。キャリア的にも金銭的にもまったくリスクはないので、もし『起業にリスクが…』と考えていても、書き出してフラットに考えてみたらリスクではないこともあります。学習環境も調達環境もよくなっているので、チャンスだと思います」(岩崎氏)

「リスク評価をせずにリスクがありそうと思ってやめるのは一番よくないと思います。ノーリスクビッグリターンはよほど運がよくないとないので。ですが『運のいいやつ』になれるかどうかは大事だと思っています。運の良さって作れると思うんです。運のいいやつって、何かあっても助かるんです。その『助かる』を作るのが大事だと思います。細々した法令や法律、ファイナンスなど課題はありますが、大体のビジネスは結局のところ人間関係です。なので、相手に『お前のために何かしてやろう』と思ってもらえるかは大事。ビジネス上の合理性なら極論(相手は)誰でもいいわけですから、それ以外で何かしらの関係ができるか。それが結果として大事でした。あと、迷っているくらいだったら、手違いで起業したあとでやめ方を考えるくらいでいいと思います。あまりそそのかすのはよくないですが、迷っている時間が一番ムダです」

「僕らの世代は『ルールはルールだから』と言いがちです。でもルールは変えられるものです。既得権益ゴリゴリなルールもあるけれども、『誰も言ってこなかったから変えられていなかった』というルールも多いです。やりたいことがあるんだったら、そのエグゼキューションとしてルールを変えるための、『非常識人』にならないといけません」(中尾)