クラッソーネ代表取締役の川口哲平氏 提供:クラッソーネ
  • 住宅営業が気付いた「優良な解体工事会社を探せない」問題
  • “あいまい”だった「優良解体工事会社」の定義
  • 懸念される反社会的勢力との関わり
  • 業界が抱える最大の課題は「多重下請け構造」
  • 需要が落ちても空き家は減らない「アフターコロナ」に備えて

全国にはおよそ846万戸の空き家が存在する。解体工事の規模は年率で7パーセント伸びており、市場規模は現在の1.7兆円から2045年までに4兆円になるとの試算もある。だが、施主は「優良な業者」や「適正な価格」を調べる術を持たない。そして成長市場にも関わらず、多重下請け構造の最下層にいる業者は潤っていない。スタートアップ企業のクラッソーネはテクノロジーを駆使し、解体工事業界に変革をもたらそうとしている。(ダイヤモンド編集部 菊池大介)

住宅営業が気付いた「優良な解体工事会社を探せない」問題

 解体工事の一括見積もりサービス「くらそうね」は、解体工事を希望する施主と解体工事会社をマッチングするプラットフォームだ。ウェブ上で建物の詳細、近隣環境、動機や工期などを選択し、郵便番号と電話番号を入力すると、AIが最短1分で予想金額を算出し、最大で10社分を確認することができる。

 運営するクラッソーネは2011年4月に設立されたスタートアップ企業。代表取締役を務める川口哲平氏は、セキスイハイム中部で6年ほど住宅営業を担当する中、顧客が抱える「自分にとって最も優良な解体工事業者を探せない」という課題の存在に気づき、起業に至った。

「起業したのは、最初は自分たちが世の中にとって価値のあるサービスを提供できるか挑戦したかったからだ。解体はニーズがあり、大事だが、誰もやっていなかった」

 川口氏はそう話し、当時を振り返る。

「注文住宅の営業担当者として建て替えを希望する顧客に接する中、『ハウスメーカーを介さず業者に直接依頼することで解体工事のコストを下げたい』との声が多かった。だがほとんどの顧客は解決策を知らない。自身では解体業者を探せず、適正金額もわからない。これはサービスにすればニーズがあるのではないかと思った」(川口氏)

 総務省統計局の「平成30年住宅・土地統計調査」によると、全国には846万戸ほどの空き家が存在する。これは全住宅の13.55パーセントを占める。空き家の増加や建物の老朽化が社会問題となる中、解体工事の規模は年率で7パーセント増している。

 ニーズが大きい一方、アナログな業界にデジタルを持ち込む「変革者」として足を踏み入れることは「困難の連続だった」と川口氏は言う。

“あいまい”だった「優良解体工事会社」の定義

 くらそうねのリリース以前、住宅の解体工事を希望する施主は「サーチエンジンで検索」、もしくは「知人に聞く」ことぐらいしか業者を探す術はなかった。一括見積もりサイトも複数存在していたが、施主の頭には「多くの営業電話がかかってくるのではないか」と不安がよぎる。「優良な会社を紹介します」といった類のうたい文句も信用し難い。

「優良の定義が非常に定性的だった」と川口氏は述べる。

「優良な業者か、適正な金額かの判断が難しいと、無駄に時間を割いてしまう。会ってみて初めてどのような会社かがわかり、見積もりをお願いし初めて金額がわかる、というのがこれまでの顧客体験だった」(川口氏)

「くらそうね」のサービス画面 提供:クラッソーネ

 優良の定義は施主が判断するべきだ。そこで、くらそうねでは工事会社に関する口コミや、対応マナー、追加費用、工事品質、工期遵守、近隣配慮の5項目を確認できるようにした。加えて従来は見積もり金額を取得するまでに20日ほどを要していたが、くらそうねではAIを取り入れ最短1分でおおよその金額を提示する。川口氏の説明によると、現時点で予想金額と実際の金額には「物件にもよるが」2割ほどのブレが生じている。今後はデータを蓄積し精度を高めていく。

懸念される反社会的勢力との関わり

 解体工事業者のイメージは決して良いものではない。古くから「解体業界と暴力団との付き合いは根深い」と言われているからだ。

 暴力団の多くは、表向きの事業として解体工事を行い、活動資金を確保してきた。不法投棄によって解体費用の半分近くを占める処分費用を削り、不法労働者の採用によって低い人件費での工事を進め、不当な利益を得てきたと言われている。

 そこで、くらそうねでは、東京商工リサーチとエス・ピー・ネットワークが提供するデータベース、内部のデータベース、そして環境省が提供する「過去に違反行為を行った会社のリスト」を活用し、反社会的勢力のチェックを行っている。

 解体工事の許可を持つ業者は5万社以上。だが、専業ではなかったり、事業を行わず、単に許可を持っているだけの業者も多いため、実態としては1万社ほどの解体工事会社が存在するとクラッソーネは見ている。同社が審査した工事会社のうち、約1から2パーセントの業者が「反社面」が原因で登録からはじかれている。

 川口氏も危機的な状況を身をもって経験してきた。だからこそ登録業社のスクリーニングは徹底して行なっている。

 ある工事会社と顧客の対応を巡り口論になった際には「手を回して、あなた達が事業を行えないようにしてあげますよ」と脅された。

 虚偽の許可証を提出されたこともあった。行政に確認を求めたところ「そんな許可番号は存在しません。恐らくその許可証は偽造されています。どこで手に入れましたか?」といった具合に、クラッソーネ自体も反社会的勢力なのではないかと疑われてしまった。

 だが川口氏は「トラブルが起きたのはほんの数度。ほとんどの会社は『誰もやらないこと』を黙々とこなす真面目な人たちだ」と言う。

「古い建物を解体しなければ新しい建物は建たない。建物を建て替える中で、一番地味で何も残らない作業だ。危険で怪我をする可能性も高い。『新しい建物を建てるためのキャンバスを作る』『自分たちが業界のイメージを良くしていきたい』と言う素朴なおじさんが多い。その人たちが情報格差が原因で埋もれてしまうのはもったいない。エンドユーザーに満足していただくのは当然のこと、その過程で工事会社も豊かにして行くことは大事だと思っている」(川口氏)

業界が抱える最大の課題は「多重下請け構造」

 クラッソーネが目指すのは、施主の課題を解決するだけではない。工事会社が持つ悪いイメージを払拭し、テクノロジーを駆使し業界構造に変革をもたらすことで、優良な事業者を「利益体質」にすることも目標の1つだ。

「くらそうねでは、施主とのマッチングの場を提供するだけではなく、利益の出る体質にするため、手助けをする。それを業界全体に実施することによって、業界としての生産性が上がっていく」(川口氏)

 解体工事業界は多重下請け構造になっている。頂点にいるのがゼネコンやハウスメーカー。その下にはサブコン。そこに大規模、小規模の順番で解体工事会社がぶら下がっている。「労働力の平準化」を図る上でこの構造が生まれてしまったのだと川口氏は説明する。

「建設業界は基本的に労働集約型だ。施主からの依頼を待ち、工事を受けるため、季節によって波がある。大きな建設業者であっても、波がへこんだ時に仕事がなくなってしまうため、多くの従業員を抱えることはできない。そのため、最低限の人数を抱え、需要が跳ねた際に足りなくなった人手は『極力下請けでまかなう』といった風潮がある」(川口氏)

 多重下請け構造では、最下部にいる業者は上から降りてくる仕事を引き受けるほかなかった。そこで、くらそうねでは、あらゆる規模の工事会社をプラットフォーム上に登録し、小規模の事業者でも顧客と直接繋がれるようにした。

「多重下請け構造は生産性が非常に悪い。情報を整備し、全企業が現場で活躍できるようにすれば生産性は上がる。人手不足問題の原因も生産性の低さにある。人がいないのではなく、人が来たくなるような給料が支払えない。我々が構造を改革し生産性を高めることで、豊かに働ける業界にしていきたい」(川口氏)

 事業者は一括見積もりサービスなどに登録することで、多重下請け構造とは別のルートで仕事を受けられていたのではないか。そうと聞くと、川口氏は「これまでプラットフォーマーは情報格差を利用した営業形態をとっていた」と反省を述べた。

「『我々のサービスを利用すれば優良な会社を紹介する』といった具合にクローズドな運営をしてきた。そのため優れた会社の情報が表に出ていない。これはマッチングサービスの責任でもある。だからこそ、くらそうねではできるだけ情報を表に出そうとしている」(川口氏)

 くらそうね上では、各企業の担当者の顔写真がアイコンとして使われていたり、社屋や工事の作業風景、重機車両などの写真が掲載されている。どのような作業員が所属しているのかを「見える化」しているのだ。情報を透明化することで顧客に安心感を与え、解体工事会社の持つ悪いイメージを払拭しようと試みている。

 そして多くの工事会社は「アナログ」だ。ホームページを持ち自分たちで情報を発信するのは得意ではない。そのため、くらそうねでは写真撮影やプロフィール文の作成に関しても支援を行っている。

需要が落ちても空き家は減らない「アフターコロナ」に備えて

 クラッソーネは2019年8月にくらそうねのベータ版をリリースした。愛知県限定でサービスを提供し、当時の登録社数は60社程度だった。そして本年4月1日、全国展開とともに正式版を発表した。現在の登録会社数は800社ほど。利用者数は開示されていないが、年内には月間で2000人の施主に利用されることを目指す。

 同社はこれまでに、生前整理・遺品整理・残置物撤去を代行するリリーフや、注文住宅会社比較一括提案サイト運営のダーウィンシステムとの提携を発表してきた。今後も提携の幅を広げることで、より多くの顧客との接点を増やしていく予定だ。

 新型コロナウイルスの感染拡大により、また、起因となった経済の冷え込みにより、解体工事の需要は短期的には下がる見通しだ。だが、現在およそ846万戸存在する空き家が減るわけではない。需要の回復に備え、クラッソーネではくらそうねの開発をさらに進めていく。同社の試算によると、現在1.7兆円の市場規模は2045年までに4兆円に伸びる見込みだ。

「くらそうねを利用する施主の約半数は空き家の解体を依頼する。そのためコア層は空き家を持つ40代から60代だ。『スマホは使えるが得意ではない』中高年の利用者の利便性を高めるため、今なおサービスを改善中だ」(川口氏)