Photo: Torsten Asmus/gettyimages
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  • 世界全体で発生している「物価の上昇」
  • 最近よく耳にする「スタグフレーション」って何?
  • 「悪い円安論」が引き起こすこと
  • スタグフレーションの先に待つ絶望

仕事柄、毎朝あらゆる新聞やニュースサイトに目を通すが、必ずといっていいほど、毎日なにかしらの値上げが報道されている。ニュースを見ずとも、日常生活の中でモノの値段が少しずつ上がっていることを体感している読者も多いことだろう。

賃金も同じように上昇しているのであればいいのだが、そうではないのだから家計にとってはつらい状況だ。そのような中で「スタグフレーション」という言葉を耳にする機会が増えたのではないだろうか。今回はスタグフレーションについて学んでいこう。

世界全体で発生している「物価の上昇」

モノの値段が上昇しているのは日本だけではない。世界的に物価上昇局面を迎えている。米国の消費者物価指数(2022年4月分)は前年同月比プラス8.3%と前月からは伸び率を縮小したものの、1981年12月以来、約40年ぶりの高水準を記録している。

この急速な物価上昇に対応すべく、米国では2020年3月から続けてきたゼロ金利政策を解除。量的緩和策も3月に終了し、現在では政策金利を引き上げるというかたちで、金融政策の転換を始めた。

欧州も例外ではない。ユーロ圏の消費者物価指数(2022年4月分/速報値)は前年同月比プラス7.5%と、統計でさかのぼれる1997年以降で最高となる水準を記録した。ユーロ圏内ではロシアの原油や天然ガスなどのエネルギーに対する依存度が相対的に高いため、2月下旬のウクライナ侵攻とそれに伴う経済制裁の影響もあり、エネルギー価格がけん引するかたちで物価上昇が止まらない状態だ。

欧米と比べれば日本の消費者物価指数は前年同月比プラス2.5%と低いようには見えるが、日本にとっては消費増税の影響を除けば1991年12月以来の高水準ということになる。

私たちが日常生活の中で実感している「あらゆるモノの値段が上がっている」という感覚と齟齬(そご)はないだろう。これから先、気になるのは日本でも欧米のような物価上昇率が実現するのかということだ。

最近よく耳にする「スタグフレーション」って何?

このような状況下で耳にする機会が増えたのが「スタグフレーション」という言葉である。スタグフレーションという言葉は経済の停滞を意味する「スタグネーション」と物価が継続的に上昇する「インフレーション(いわゆるインフレ)」を組み合わせた造語である。

国内の景気がよく、企業も増収増益、私たちの賃金も上昇している中で、国内における需要が旺盛で供給が追い付かないと、物価は上昇していく。このようなインフレを「ディマンドプルインフレ」といい、一般的には“良いインフレ”と呼ぶ。一方で、旺盛な需要が物価を押し上げるのではなく、海外から輸入している食料やエネルギーの価格が上昇し、そのコスト増を企業が価格転嫁することで起こるインフレを「コストプッシュインフレ」という。

それでは今の日本の物価状況は何と呼ぶべきなのだろうか。2020年、内閣府は2012年12月から始まった景気拡大が2018年10月に終わり、翌月から後退局面に入ったと認定した。しかし景気後退の開始から1年も経たずに消費増税をし、その後2年以上にわたるコロナ禍、そしてロシアのウクライナ侵攻と悪材料が相次いでいる。

つまり日本の景気はとても良いとは言えない。そのような中で、食料やエネルギー価格が上昇することで物価だけが上がっているわけだから、この状況はスタグフレーションそのものであると言える。それゆえに私たちがこの言葉を耳にする機会が増えたのである。

「悪い円安論」が引き起こすこと

スタグフレーションとあわせて、よく耳にする機会が増えた表現に「悪い円安」という言葉がある。一般的に円安が進行すると海外から輸入する値段が上がると言われている。分かりやすい例を挙げれば、1ドル=100円が1ドル=200円になれば円安ということになるが、海外から1ドルのモノを仕入れた際に、円換算すると100円が200円となると考えれば容易に理解できるだろう。

ただでさえ、食料やエネルギーの多くを海外からの輸入に頼っている日本にとって、昨今の食料やエネルギー価格の上昇はそのまま国内のインフレ圧力に大きく反映されるために、家計を圧迫する。そこに、さらに円安による物価上昇圧力が加わるからこそ、円安が敵視されているのだろう。

とはいえ、ものごとには良い面も悪い面もある。輸出企業の競争力が高まることや、海外から外国人観光客がより多く訪日することは、円安のメリットとして挙げられる。それにも関わらず、なぜ今回は円安のデメリットばかりが強調されるのだろうか。

その背景には、2011年前後の円高局面において日本の輸出企業が海外に生産拠点を移してしまったことにより、円安のメリットを従来ほどは享受できなくなっていることがある。また、コロナ禍で入国制限をかけていることから、円安でも外国人観光客が増えないということにより、メリットが薄まっていることもあるだろう。

スタグフレーションの先に待つ絶望

それでは、このスタグフレーションの状況は今後どうなっていくのだろうか。昨年11月の記事のなかで「インフレ懸念は低く、むしろ再びデフレになる可能性が高いといった方が正しいだろう。」と書き、その際は「世界的なインフレ局面でデフレを気にする専門家がいるか?」という厳しいコメントもいただいたが、いまだにその懸念は変わっていない。

いま「悪い円安論」を喧伝するメディアが多い中で、日米の金利差を縮小させて円安の進行を止めるべく日本銀行が金融緩和をやめ、金利を引き上げるとしよう。同時にコロナ禍で拡大した財政赤字を受けて、「2025年度のPB(プライマリーバランス)黒字化」を目標に掲げる政府が増税をしたら何が起こるか。ただでさえ停滞していた日本経済はさらに悪化することになるだろう。

物価が上昇している、円安が進行しているなどの表面的な事象をそのまま受け止めるのではなく、その背景や要因をしっかりと細かく理解しながら、何が対応策として正しいのかを考える。このような思考習慣を身につけることは、経済分析以外の普段のビジネスにおいても良い影響をもたらすであろう。