Photo: Carol Yepes / Getty Images
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  • 副業で働く動機は金銭的報酬だけではない
  • 定点観測し、わずかな変化に気づくこと
  • 実直に、長期スパンで口説いていく

本連載は元メルカリ・現LayerXでHRを担い、スタートアップにおける人事採用経験が豊富な石黒卓弥氏が自身の“採用論”について語っていきます。第3回目は、副業で関わっているメンバーを正社員として迎える際の考え方についてです。

働き方のひとつとして、今や「副業」は当たり前のものになりつつあります。採用のハードルが特に高くなってきているスタートアップのエンジニア採用において、まずは副業として関わってもらう、という選択肢をとる企業も増えているのではないでしょうか。

副業として関わり始めて活躍するメンバーには、ずっと副業ではなく出来れば正社員としてフルタイムで関わってもらいたい、と考えている企業も多いと思います。では、副業から正社員になってもらうには、どうすればいいのでしょうか。今回は副業のメンバーを正社員として迎え入れるために、人事ができることを考えていきたいと思います。

副業で働く動機は金銭的報酬だけではない

まず、ひと口に副業と言っても、関わり方はさまざまです。副業は大きく2つのパターンに分類できると考えています。

1つは、切り出しやすい機能・役割としての副業です。例えば、私が所属するLayerXでは、Podcastに力を入れていて、週に1回ぐらいのペースで配信しています。Podcastの編集とプラットフォームへのアップロードと言う役割を担っているのは、副業のメンバーです。こうした細かいタスクはついつい後回しにされがちで、結果的に更新に遅れが出てしまうこともあります。

また、音質へのこだわりや、第三者からの客観的な聴きやすさなど副業メンバーならではの観点をフィードバックしてもらえます。更新の遅れが生じやすい中、副業のメンバーと月◯本と契約することで、ペースを崩さずに配信できています。

もう1つは、エンジニア、デザイナーなど事業推進に必要な特定のスキルを持つプロフェッショナルの副業です。創業まもないスタートアップにおいてはエンジニア採用が非常に難しいため、メガベンチャーの優秀なエンジニアに副業としてジョインしてもらうことでプロダクト開発のスタートダッシュをかけるケース、などがあります。実際に話を聞いてみると「CTOとエンジニア1名以外は副業が10人です」というスタートアップも少なくありません。

では、スタートアップでの副業を考えるのはどういう人たちなのでしょうか。

副業のメンバーから話を聞き、なおかつ自身も経験してきた立場として思うことですが、「自分が経験したことをスタートアップエコシステムに還元したい」「自分が培ってきたスキルの再現性をスタートアップで試してみたい」という前向きな気持ちが強いように感じます。

中には「今の会社で年収が上がらないから副業をやりたい」という人もいると思います。ただ、少なくとも私の周りにいるメンバーは金銭的報酬だけが目的では無い方が多いです。今回のテーマである「正社員として採用したい副業人材」もそういった方たちではないでしょうか。

定点観測し、わずかな変化に気づくこと

では、優秀な副業人材を採用する上で、人事はどのように関わっていけばいいのでしょうか。最も避けたいパターンは、意中の人材から「実は、再来月からほかの会社で正社員として働くことになりました」と告げられることです。

そもそも、副業のメンバーを正社員のように丁寧に1on1するのはリソース的に難しく、キャリアやメンタルのコンディションを把握しにくい状況があります。

その一方、当初は「今正社員として働いている会社を辞めるつもりはない」と言っていた人でも、副業として関わる中で「ちょっといいかも」と気持ちが変化していくケースもあります。ポイントとなるのは、人事や周囲のメンバーが副業メンバーの気持ちのグラデーションに気づくこと。接点を持つのが難しいのであれば、月次でサーベイを取るなど、簡易な形でeNPSのようなものに協力していただくのがオススメです。

今の時代、働く上での雇用形態の違いはそれほど関係ありません(契約内容を適当にしていいという話ではありません)。だからこそ、「もっと働く環境を良くしたく、不満があれば解消したいので、サーベイに答えてほしい」と依頼することを自然に行ってみましょう。

サーベイには「今月を振り返ってどうでしたか?」「会社に何かフィードバックがあればお願いします」といった項目の一番最後に「正社員としてジョインする可能性はありますか? 1〜5でお答えください」という設問を用意します。

「5」が「ジョインする可能性がある」、「1」が「ジョインする可能性がない」だとすると、毎月「1」がつくはずです。

しかし、ある月に急に「2」と答えたとしたら、人事はこの兆候を逃してはいけません。すぐにアクションし、「何か心境の変化ありましたか? 今度1on1お願いできますか?」と声をかけてみます。すると「実は、今の会社でやり切った気持ちが出始めてきたので、転職活動をしようと思ったんです」という話を聞くことができることがあります。本格的に動き出す前にアプローチできるきっかけになり、転職先への希望や条件なども把握できる一歩目に繋がります。

大事なのは、定点観測し、変化に気づいたらアクションを起こすこと。今の時代、リモートワークだと会話のきっかけを自然につかむこと自体が難しくなってきています。だからこそ、「当社で働く可能性はありますか? 1〜5でお答えください」というストレートな設問でもいいので、ずっと「3」だった回答が「2」や「4」になったタイミングをきっかけに話しかける。1対1で会話できる場面を意図的につくり出すことがポイントです。これは何も副業メンバーに限った話ではありませんね。

実直に、長期スパンで口説いていく

とはいえ、正社員として迎えるまでのプロセスには違った難しさもあります。声をかけても社交辞令だと受け取られ、「タイミングが合えば……(笑)」で終わってしまうことも少なくありません。

そうした状況でも、あきらめずに「何で副業のままなんですか?」と聞いてくことが大事です。もっと言うと、「今、パフォーマンスに満足していて、ありがたく感じています。ただ、〇〇さんのパフォーマンスを見れば見るほど、月40時間ではなく、80時間、もしくは160時間にならないかなと思っています。実際、正社員になる可能性ってありませんか?」と強い関心を抱いていることをアピールするのです。

もしくは、切り口を変えてもいいと思います。「次のキャリアへ進むとしたら、何を求めますか?」、「現職はなかなか辞めにくいと思うのですが、どこまでいったら『やり切った!』と感じますか?」、「当社のことは、正直どう見えてますか?」、「今後のキャリアを考えるにあたって、当社が力になれるようなことはありますか?」など、熱意が伝わり、相手が答えやすい質問をしていく。「いやいや……」とかわされることもありますが、こちらは本気度合いを伝えていくことしかできないので、継続していくことが大事です。

もし興味を持ってもらえたら、条件面の不安をひとつずつクリアしていく。とにかく実直にそして具体的に向き合うことがジョインにつながっていくのではないでしょうか。

あとは、長期スパンで考えること。現場レベルでの採用の緊急度は高いかもしれませんが、ミッションの実現に向かって取り組むスタートアップとしては2〜3年ぐらいの待ち時間は全く長くありません。いまエンジニアを採用している会社の9割以上は2〜3年後も間違いなくエンジニア採用をやっているはずです。

「今は考えられない」と言われたら「じゃあ半年後にまた声かけますね」と伝えておく。「じゃあ、2年後はどうですか?」と声をかけ、「2年先のことなんてわからないですよ」と言われたら「わからないからこそ、一緒に計画を立てましょう」と巻き込む。とにかく、リスペクトの気持ちを持って長い目で付き合っていくことが大事なのではないでしょうか。

会社側としてできることは、働き方をアップデートしていくことが考えられます。たとえばLayerXでは、一部ですが(期間を区切った形で)週4正社員という働き方をしているメンバーがいます。全社員に推奨しているわけではないのですが、会社側も柔軟になり、できることをゼロベースで考えていくことはこれからの時代、より一層大事になってくるのではないでしょうか。

特に副業という働き方を選んでいる人は、アンテナの感度も高い。彼らの意見をきっかけに会社の働き方を見直してみると、副業メンバーのジョインだけではなく、既存メンバーの満足度向上も叶えられるかもしれません。