
- 「父の2倍稼がないと、生まれてきた意味がない」
- 強制ではなく、間接的につながる資本関係
- 「ボンボンが本気を出すと怖いぞ」と言えるくらいやり切る
メルカリやグノシー、CAMPFIRE、コイニー(現:ヘイ)などの著名なスタートアップが同時期に入居していた六本木の「柳ビル」(現在跡地には住友不動産六本木グランドタワーが建つ)、ビズリーチやdely、レジュプレス(現:コインチェック)などが入居していた「シャレー渋谷」(現在は取り壊されている)など、いつの時代も大きく成長するスタートアップの裏側にはコミュニティとも言えるような、起業家たちが集まる“場所”があった。
そして新たに、1990年代前後に生まれた起業家・投資家だけが集まるコミュニティ型の投資ファンドが登場した。2020年12月に立ち上がった「90s(ナインティーズ)」だ。90sで投資を実行した起業家たちが集まるコミュニティでは、東京・赤坂にあるオフィスやSlackのチャンネルを通じて、起業家たちがリアルな経営の知見や情報・ネットワークなどをやり取りすることができる。
90sのファンド規模は5億円を予定している。今後、イグジット事例が生まれれば、そのリターンもファンドの資金に充てる計画だという。基本的にはフォロー投資のみの予定で、あらゆるステージのスタートアップを対象に、1社あたり500〜3000万円のチケットサイズで投資を行う。
同ファンドは代表パートナーである国本帆高氏がLPを務めており、LPも国本氏のみであるため、スピーディーに投資の意思決定ができるのが特長だという。立ち上げの際、「個人での投資と切り分けるために、“箱”となる存在は必要だと思っていた」(国本氏)そうで、株式会社かLPS(投資事業有限責任組合)にするか悩んだそうだが、LPSの方が投資する存在として起業家に認知してもらいやすく、なおかつLPがひとりであれば従来のVCよりもスピーディーに投資判断をするということも分かってもらえる。
「株式会社よりも多少、管理コストがかかったとしても、LPSの方が圧倒的にメリットがあると思ったんです」(国本氏)。
また、90sのコミュニティはDAOの思想を取り入れた制度に設計しており、相談や情報交換など90s内での活動量・貢献度に応じて売却益連動の独自のインセンティブが付与されるようになっているという。
現在、Azitの吉兼周優氏、ナナメウエの石濵嵩博氏、YOUTRUSTの岩崎由夏氏などがコミュニティに参加している。5月11日に新たに募集を開始したところ、新規入会希望件数が1週間で100件を超えた。

「自分も1990年代生まれですが、同世代の起業家たちは『後輩起業家の相談に乗りたい気持ちはあるが、時間とお金、余裕がなくて対応しきれない』と悩んでいました。相互でフォローし合えるコミュニティがあれば、スタートアップエコシステムを活性化できるんじゃないかと考えたんです」と語る、国本氏。90sを立ち上げた理由について話を聞いた。
「父の2倍稼がないと、生まれてきた意味がない」
「父の2倍は稼げるようにならないと、生まれてきた意味がないと思っているんです」──国本氏のキャリアをひも解くと、開口一番で飛び出したのがこの一言だった。
国本氏の父親は、大阪を中心にリチウムバッテリーやスロットの製造などを行うネットホールディングス代表の国本昂大氏。その影響を受け、息子である国本氏も早い段階から経営に興味を持ち始める。
「学生時代から父の会社で働いていました。そこで刺激を受けてきたせいか、早く会社のお金を増やす側になるべくハングリーになってしまったと言いますか。今でも父が20代だったころと比較し、自分が本当に2倍稼げるかを確認しています」(国本氏)
父親流の投資手法だけでなく、世間一般の投資手法も学ぶため、大学卒業後は野村證券の投資銀行部門に就職する。だが、希望する部署の異動に「3年かかる」と言われて退職を決意。起業するか、それとも投資家になるかで迷っていたタイミングで、現役の起業家たちからキャリアについて助言をもらっていた。
「このときの出会いが、僕にとって貴重なものでした。あのタイミングで前職を辞めていなかったら、Azitの吉兼さんたちに出会えなかった。貴重なきっかけをもらえたと、とても感謝しています」(国本氏)
野村證券を退職後、父親の会社の経営に再び取締役として参画。2021年にはファミリーオフィスで投資を担当していたWake Up Interactiveがテンセントに二桁億円後半で買収されるなど、投資家としての結果も残し始める。手腕を発揮しながらも、国本氏のなかで沸々と湧いてきたのが「コミュニティをベースにした戦い方」だった。
「父は自社だけでなくグループ経営や投資にも積極的でした。その企業群がとても魅力的で、1社だけではない戦い方が強そうだと感じていたんです。90sのベースは、ここにあります。僕の周りにいる同世代の起業家たちが素晴らしい人たちばかりだったので、彼らと一緒になって戦うことができれば、父親を超えられると思ったんです」(国本氏)
野村證券での経験はもちろん、退職後に父親の会社経営へ参加して投資経験をさらに積み上げられたことも国本氏の背中を押した。
実は2020年12月から活動をスタートさせていた90s。当初はコミュニティ内のメンバーをメンターと投資先に分けてメンタリングを実施していたが、メンターに投資する機会も生じたため、コミュニティ内での垣根をなくすことにした。
強制ではなく、間接的につながる資本関係
冒頭でも挙げたが、90sの特徴は「1990年代完結型コミュニティ」「投資検討がスピーディ」「インセンティブ設計」の3つ。特に「インセンティブ設計」では、DAOの思想を取り入れている。
「90sは、投資先の起業家のみが参加できる仕組みです。そのなかでメンタリングも含めた相談や知見の共有が行われ、自社のバリューアップにつなげてもらいます。しかし、何かしらインセンティブがないと、すぐに形骸化してしまう。コミュニティでの活動がいい意味で強制的にならないよう、試行錯誤の末に取り入れたのがDAOの概念でした」
「また、コミュニティに属する起業家がイグジットした際、アドバイスした人たちに対してインセンティブが発生する仕組みになっています。こうすることで、みんながコミュニティ内で間接的な資本関係が結ばれる。個人的にはそれがコミュニティ内での関係値として理想的だなと思ったんです」(国本氏)

そのなかで、国本氏が自身に課した役割はコミュニティ内に所属する起業家が事業に向き合う環境を整備すること。具体的にはこれまでの投資経験を活かし、起業家がお金の部分で後々トラブルにならないようにする。例えば、株式の持ち株比率や契約内容を十分理解せずに資金調達してしまい、事業が伸びた後にトラブルになってしまうこともある。「同世代の起業家のなかで詐欺に遭ったり、搾取されてしまったりするケースを1つでも減らしていきたい」と国本氏は話す。
また、継続的な資金の提供に加え、参加する起業家たちが求める知見を持つメンバーを増やすなどコミュニティの活性化にも尽力する。
「誤解を恐れずに言うと、僕の強みは資産があり、その扱い方がわかることです。だからこそ、僕が個人的に良いと感じ、なおかつ才能を感じる人たちが成功するために資産を投資したいと思っています。優れた才能を持つ人材がコミュニティに加われば活性化し、いい方向へ働くはずです」(国本氏)
「ボンボンが本気を出すと怖いぞ」と言えるくらいやり切る
国本氏が90sで目指したいのは「サステナブルなつながり」だ。
「90s以外にも活発な起業家コミュニティは存在します。でも僕は、長期的かつサステナブルなつながりを作りたかった。事業に関しても、わかりやすい成果ではなく、世の中への貢献やグローバルへ挑戦する起業家を応援したいんです」
「僕は、同世代の起業家・投資家たちを尊敬しています。みんな個性も強みも違っていて、目指す思想もかっこいい。90sを通じて、僕のほうが学ばせてもらっています。そんな彼らが長く戦えるよう、より良いコミュニティの形を模索し続けるつもりです。幸いなことに投資できる資産は今のところあるので、『ボンボンが本気を出すと怖いぞ(笑)』と言えるくらいまで90sはやりきりたいですね」(国本氏)