
依然として猛威を振るうコロナ禍やロシアのウクライナ侵攻、さらにはNetflixやMeta(旧Facebook)をはじめとした大手テック系銘柄の株価下落など、景気後退を示すシグナルが数多く現れている。米メディアのTechCrunchが報じたところによると、世界的なアクセラレーターのY Combinatorが投資先に対して「景気後退時にスタートアップがどう対応するべきか」という10のアドバイスを書いたメールを送って、早急な資金調達の実施やプラン変更などを促しているという。
そんな“スタートアップの冬”の到来が報じられる今だからこそ、ベンチャーキャピタル(VC)も起業家も「コミュニティ」の力を重視する傾向にあるようだ。例えばあるVCは以前から投資先との連絡用Slackを立ち上げ、職種別での採用候補者情報を投資先スタートアップに共有したり、投資先スタートアップ同士での相談や提携、テストユーザーの募集などができるような場所を作っている。こういったオンライン・オフラインでのコミュニティが、時には実務で、また時には精神的な支えとして、厳しい環境下のスタートアップの力になっていくと語る起業家も少なくない。
コミュニティを重視するVCの中でも、年に2回の“完全秘密主義”の合宿を軸に起業家をサポートすることを強みにしているのが、コロプラ元取締役副社長の千葉功太郎氏がゼネラルパートナーを務める「千葉道場ファンド」だ。千葉道場ファンドは6月1日、「千葉道場3号投資事業有限責任組合」(3号ファンド)の組成を明らかにした。
ファンドにはデジタルホールディングス、みずほ銀行、SMBC日興証券、日本M&Aセンター、FFGベンチャービジネスパートナーズ、ICCパートナーズ、GMOインターネット、KOBASHI HOLDINGS、ORSO、グリー、リバネスキャピタル、フォースタートアップスなどがLPとして出資する。現在約50億円の募集が完了しており、最大60億円規模の組成を目指す。投資の対象とするのはシード・アーリーまたはプレIPOステージのスタートアップ。投資額は1000万円から3億円を想定している。
千葉道場ファンドは、前述の合宿やオンラインでのコミュニケーションを通して、起業家同士が本音を語り合ったり、サポートをし合ったりする環境を用意していることが特色のVCだ。その合宿の内容はメディアを含めて一切非公開だが、起業家同士でないと言えない、具体名などをともなったハードシングスなども共有されるという。
また30人近い経営者や専門家らのメンター陣も投資先を支援するという。メンターの中には、ウェルスナビやスペースマーケットなど、同ファンドに支援を受けてイグジットした起業家も含まれている。千葉道場ファンドはこれまで75社以上に出資しているが、コミュニティへの参加は出資先起業家に限定している。

また、同ファンドは「号またぎ」での投資が行えるのが特徴だ。通常、同じVCが組成するファンドでも、1号、2号と組成する度にLPにも変更が加わるため、利益相反の観点からも号またぎの投資は行わないのが一般的だ。最近ではあらかじめ、大きな規模のファンドを組成したり、追加投資専用のファンドを作ったりすることで追加投資に対応することがほとんど。だが千葉道場ファンドではLP間での調整を行うことで、号またぎでの投資を実現したという。
千葉道場ファンドは今回ファンドの組成以降、LPに関してもある程度固定化し、そこに同コミュニティ出身で新規上場した起業家らがLPとして加わることで、LPも含めたコミュニティ化と、数十億円規模のファンドの連続組成をもくろんでいる。小さめのファンドサイズであることによって、成功した起業家がLPとして参加することも比較的容易だというところもねらいの1つだ(通常のVCファンドは私募のため、LPを49人までしか集められない。大型化するほどにチケットサイズ、つまりLP1人あたりの出資金額が大きくなる)。
「最近では大型化を進めているVCファンドは多くあります。ですが我々はそれに逆行して50億から60億円の規模でしかファンドを組成しません。ですが投資組入れ期間の1年半から2年程度で、また新しいファンドを組成しようと考えています」(千葉氏)
すでに3号ファンドではDIAMOND SIGNALでも紹介したフィットネス向けハードウェアを展開するミラーフィットやサービスEC向けサイト作成サービスのMOSHのほか、店舗向けMEO(Googleマップ最適化)サービス提供のmovへの投資を実施。また、号またぎ投資の1号案件として、シンガポールに拠点を置く教育スタートアップのManabie International Private Limitedへの出資も実施した。
クローズドで濃度の濃いコミュニティ、ともすれば時代に逆行するような小規模なファンドの連続立ち上げを標ぼうする千葉道場ファンド。その狙いを千葉氏はこう語る。
「起業家を軸としたサイクルを作り、シリアルアントレプレナーの強化・増産をすることこそが日本のスタートアップの根幹。それを10年から20年ほどかけてやっていかないといけません。ファンドは言ってみればシリアルアントレプレナー育成のためのコミュニティの一部なのです」(千葉氏)