
- コロナ禍の経営危機を救った、起死回生の一手
- 「ラジオ体操」「朝礼」、ROSE LABOの驚くべき日課
- 企業理念と行動指針を徹底して浸透させるワケ
- コミットメントがあるからこそ成長がある
連載「アニマル・スピリット最前線」では、ノンフィクションライターの石戸諭氏がアニマル・スピリット──つまり溢れんばかりの好奇心に突き動かされる人たち、時には常識外とも思えるような行動を起こす人たちの思考の源泉に迫っていきます。第1回に話を聞いたのは、ROSE LABOの田中綾華氏です。
新型コロナ禍でも原則出社、社員全員でラジオ体操、朝礼、行動指針の唱和、業務の最後に日報を書いて提出する──字面を見れば、いかにも昭和の日本企業である。これは、新世代の「六次産業」の旗手として注目を集めるベンチャー企業「ROSE LABO」のブレない方針だ。社長、田中綾華氏がたどり着いた危機を乗り越える新世代のネオ昭和経営術とは。
コロナ禍の経営危機を救った、起死回生の一手
東京・六本木、といっても煌びやかなオフィスビルではなく、駅から少しばかり歩いた古いマンションの一室にROSE LABOの東京事業所がある。
1993年、東京に生まれた大学生が「食べられるバラ」に魅せられ、食用バラ業者に飛び込み、まったくの素人から栽培方法を学ぶ。埼玉県深谷市に生産拠点を確保し、2015年に起業してから、わずか3期で年商1億円の売り上げを達成する。食用バラに加え、バラをつかった加工食品と化粧品を展開、販売まで手がける戦略も当たり、南青山の一等地にオフィス兼路面店を構える田中のサクセスストーリーは多くのメディアの注目を集めた。
「私の中で調子に乗っていた時期でもあった、と今になったら思います。私たちの努力には見向きもせず、『若い女性だから注目もされるよね』という陰口にもまともに反応しすぎていました。わかりやすいかたちで自分たちも成功したのだ、と示したいと思っていましたが、新型コロナ禍でそんなことを考えている時期は終わりました」
現実になりふりかまっていられない事情があった。2020年春の第一波で飲食業界は致命的な打撃を受けた。緊急事態宣言とともに休業を余儀なくされる店が続出し、食用バラはキャンセルが相次いだ。人通りも途絶え、化粧品などの売上は激減。2020年3月時点で前年比75%減、返品が相次ぎ、在庫が膨れ上がった。販売先を失ったバラも余っている。キャッシュはもってあと2〜3カ月というところで彼女は決断を迫られた。
通常の意思決定では、2022年5月時点で15人ほどの社員(このうち約8割が女性だ)の意見を吸い上げていたが、普段とは事情が異なる。
賃料を抑えるために南青山からの撤退を決め、六本木の雑居ビルに移転した。そして、銀行振り込みか代引きしか対応していなかった通販サイトを一新し、新商品の開発に着手する。一連の意思決定はすべて田中が下したが、社員たちはついてきた。
起死回生の一手は、廃棄処分するはずだったバラを加工したローズウォーターに、サトウキビ由来のエタノールを加えたローズバリアスプレーである。マスクや枕元にワンプッシュすればバラの香りが広がる。これがヒットしたことで、売上減を補ったばかりか、新たな顧客層を開拓することにつながった。

「ラジオ体操」「朝礼」、ROSE LABOの驚くべき日課
なにより危機にあって救いになったのが社員のコミットメントだった。彼らは田中の危機感を共有し、無駄な異論を唱えることなく惜しみなく協力した。
「商品開発だけでなく、通販サイトのリニューアルも同時に進めていました。お金もなかったので、最初は社員で写真を撮影して、私も商品テキストを書いて、みんなでチェックするという日々でした。私たちは誰に商品を届けたいのか?陰口を叩く人たちではなく、商品を待ってくれているお客様に届けたい。そう吹っ切ることができたのです。その時に大事になったのが理念であり、行動指針でした」

企業理念は「食べられるバラを通して美しく、健康に、幸せに」、行動指針は「1.誰よりもバラを愛し、理解すること」からはじまる7項目ある。「社員は全員暗唱できますよ。だって毎朝、ラジオ体操のあとに朝礼で読み上げていますから」と彼女はさらりと言った。「ROSE LABO」の日課を聞くと、こんな回答が返ってきた。
- 朝9時半、出社。新型コロナ禍であっても全員出社が方針
- 10時半から深谷とオンラインでつなぐ朝礼開始
- 最初はBOSEのスピーカーでラジオ体操の音楽を流しながら、全員で体操をする
- 指名された社員が理念や行動指針を読み上げる
- 1日の日程を全員が報告。時間ごとの予定を細かく報告
- オンラインで日報を書いて、田中氏に提出。田中氏は評価をつけて返却する
- 月曜のみ、朝礼のあと週の報告と行動指針に照らし合わせて先週の自己評価をする会議が設けられている
「えっ」と驚きの声を上げたのは、私と編集者である。ベンチャー企業ではおよそ聞くことがない「ラジオ体操」「朝礼」という言葉に興味を持ったので、その理由を聞いてみた。あらかじめ記しておくと、すべてに理由がある。キーワードはやはりコミットメントと信頼関係だ。
「これまで、私たちにも当たり前ですが社員同士の揉め事やいさかいはありました。その理由を探っていくと、結局、お互いの仕事が見えていないことに原因があるのです。見えていないから誰々さんはさぼっているとか、仕事をしていないという不信感が生まれる。オンラインで共有しても普通はチェックしませんよね。だったらいっそのこと全員の前で共有してしまえばいい、とこのスタイルに落ち着きました。本当に細かく、何時〜何時まで何をやっているかを出してもらいます」
「私たちは生産、加工、販売を一社で手掛ける六次産業の会社です。リモートでは、各現場ごとに誰が、何をやっているのかがわかりません。みんながやっていることを、みんなが知っていることで社内の信頼は生まれます」
企業理念と行動指針を徹底して浸透させるワケ
ちなみに「全員出社」の方針は社員からも異論は上がらなかったという。では、ラジオ体操はなぜやるのか。
「まず体を動かすことで、気分を切り替えるというのと、みんなで同じことをやっているという一体感を大切にしようということですね。みんなが知っていて、できるものということでラジオ体操に落ち着きました。ちょっとした揉め事があっても、揉めている人がラジオ体操をやっているところをみたら、許せると思うんです。まだ会社が成長する前で、人数も少ない時期に始めた慣習ですが、これも人間関係を作るために必要なことだと思っていたので続けています」
理念はただ読み上げるだけでなく、定期的に開催される合宿では、理念と行動指針を何もみないで白紙の上に書くという時間がある。句読点の位置が違うとか、漢字とひらがなの違いまで細かいチェックが入る。そこまでこだわる理由がある。
「私たちの会社は理念企業です。まず何よりバラが土台にあって、そこで商品を展開する。やみくもに事業規模を拡大しようとか、上場を目指そうという考えではなく、もっと大きな目標があるんだ、ということを全員が忘れないようにしようということです。理念は日常から気にかけていないと、意外とすぐに忘れてしまうと思うんです。自分たちは何を目標とし、どのような手段でそれを達成するのか。理念に反したことはしていないか。常にチェックすることで、みんながひとつの目標を目指せるんです」

ROSE LABOには、今の時代、特にベンチャー企業のトレンドとは真逆のルールがもうひとつある。たとえば「社内では敬語。呼び捨てもだめ。苗字+さんで呼び合う」こと。無論、社長にも例外は適用されない。
「私たちは所詮、他人です。人間はパートナーや友達など仲が良くなり、いることが当たり前の存在ほどぞんざいに扱ってしまいがちです。友達ではなく、適度な緊張関係を持ちながら、お互いに尊重しあうこと。たとえば敬語だと怒ろうと思っても、言葉を選ぶし、結果的に丁寧な言い方になるので人間関係も壊れないのです」
全員の結束を大切にするという方針はここでも貫かれている。これだけ勢いのあるベンチャーである。採用情報がアップされれば、そのたびに多くの応募がある。ステップアップや収入アップを目的とした転職、あるいは私が会社を成長させる、といった売り込みも少なくはないだろう。
「私の採用方針ですが、まずは人間関係が大事なので、人格者であることが第一にきます。大切にしているのは、スキルはお金で買えるけど、パッションはお金では買えない、ということです。経歴や実績は大事ではないとはいいませんが、それよりも大事なのは会社への情熱があるか、コミットメントできるかです。会社にいる時間は理念を実現するため全力でかかわってほしいので、それができる人かを見ます。もちろん、採用の過程でうちには朝礼があります、とかラジオ体操をしますといったことはお伝えしますよ」
コミットメントがあるからこそ成長がある
ベンチャー業界では、会社から会社へ渡り歩きながら良く言えばステップアップ、悪く言えば会社の名前で箔を付けるという人々がいる。ともすれば彼らにとって会社とは、せいぜい自己実現の場か自分の経歴をアクセサリーのように飾るものでしかない。
こうした人々に安易に利用されないようにするには、コミットメントこそが大事な視点であり、コミットメントがあるからこそ成長があるという見方は成り立つのだ。むしろ、彼らが危機を乗り越えられた最大の理由は、ルーティンとして理念を確認し合い、人間関係を築いていたことにあった。もし、1人でも別の方向を向いていれば、これだけのスピードで再生の一手は打てなかったかもしれない。
そんな話をすると、田中は大きく頷いた。
ちなみに、合宿後は安い居酒屋で飲み会が開かれる。その時は…….。
「もちろん、誰かを指名して乾杯の音頭をとってもらいますよ」
取り組んでいることは最先端、経営は徹底的に昭和型という田中のスタイルはここでも貫かれているのだった。