
- 金融引き締めが行き過ぎた先にある「オーバーキル」
- 不確実性が高まる世界
- バズワードを掲げれば資金が集まる「宴」は終わり、正常化へ
- 実態を磨き上げることが一番の勝ち筋
連載「Z世代のための『経済ニュース解説』」では、経済アナリスト・森永康平氏が独自の視点から、日本の経済ニュースをZ世代向けにわかりやすく解説していきます。今回のテーマは、不況下におけるスタートアップの生存戦略についての解説です。
2年以上にわたるコロナ禍。少しずつ世界は正常化に向かっているものの、世界的なインフレ懸念。そして、それを解消すべく世界各国の中央銀行は金融緩和から一転、金融引き締めへと転換している。一方で国際通貨基金(IMF)は世界の経済成長見通しを下方修正するなど、先行き不透明感が強まっている。仮に不況となればスタートアップ企業の経営者はどのような戦略をとればいいのだろうか。
金融引き締めが行き過ぎた先にある「オーバーキル」
いまだにコロナ禍は終わってはいないが、欧米をはじめとして徐々に正常化へと向かっている。コロナ禍における景気減速を抑えるべく米連邦準備制度理事会(FRB)、欧州中央銀行(ECB)、日本銀行など世界各国の中央銀行は金融緩和を継続してきた。
しかし、コロナ禍が落ち着いたことで需要が一気に膨れ上がると、人手・コンテナ・半導体など多くの供給制約が重なったことでインフレが加速した。そして2月下旬にロシアがウクライナへ侵攻すると原油価格をはじめとするエネルギー価格や資源・食糧価格なども軒並み上昇したことで、欧米では過去最高水準にまでインフレ率が上昇した。
そこで、FRBやECBは金融緩和をやめ、金融引き締めへと政策を一転させた。米国ではさらに急ペースでの利上げを開始している。

景気が拡大する中で需要が高まり、その結果としてインフレが行き過ぎることを抑制するために金融を引き締めるのであればいいと思う。だが、今回は前述した通り、必ずしも需要が過熱しているのではなく、エネルギー価格や資源・食料価格が上昇したことがインフレの主な要因だ。金融引き締めが行き過ぎて必要以上に景気を冷ましてしまう恐れがある。いわゆる「オーバーキル」という現象だ。そうなれば、不況を避けることはできない。
不確実性が高まる世界
この数年を振り返ってもコロナ禍、ウクライナ侵攻、世界的なインフレ、世界同時引き締めなど、事前に想像できなかったようなことがいくつも発生した。不確実性が高まっている。おそらく、この記事が出てから半年以内にも、何かしらの予期せぬイベントが起こるのだろう。不確実性が高まっているにもかかわらず、全ての土台となる経済状態までもが悪化していく可能性が高いとなると、企業経営者は現状認識を大きく変えていく必要が出てくる。
コロナ禍による不況が一般的な不況とは違ったのは、すべての業種で業況が悪化したのではなく、一部の業種で大きく業況が悪化する一方、異なる業種では追い風が吹くなど、業種ごとに明暗が大きく分かれたことにある。
コロナ禍で追い風を受けていた業種のスタートアップ企業の経営者と話していると、比較的楽観的な事業計画を持っている人が多く見受けられた。だが、これまで書いてきたような悲観的なシナリオが将来待ち受けているとすれば、やはり事業計画を練り直す必要がありそうだ。
バズワードを掲げれば資金が集まる「宴」は終わり、正常化へ
筆者自身も複数社のスタートアップ企業の経営には参画しているが、ここ数年の資金調達環境は明らかに異常だった。スタートアップ企業のCFOという立場では良い環境だったのかもしれないが、経済アナリストの観点からすると異様に高いバリュエーションが正当化されすぎていて、いわゆる“バブル”であると常に危機感を覚えていた。
AIやFinTechなどのバズワードを盾にすれば赤字が正当化され、赤字であるという理由でPSR(株価売上高倍率)を基に企業価値を算出して全くもってロジカルとは思えない株価を基に巨額の資金調達をしている企業を数多く見てきた。
単純に筆者がそれらの企業が抱えている成長ストーリーを見抜けていないだけなのかもしれないが、異様に高いバリュエーションのまま上場した企業は軒並み公募価格を大幅に下回っており、いわゆる「上場ゴール」の状態になっている。
未公開のうちに出資した投資家たちが信じた成長ストーリーを、少なくとも上場株を触る百戦錬磨の投資家たちは信じていないということだろう。
世界的に不確実性が高まる一方で、カネ余りの状況が終われば当然ながら宴は終わり正常化へと向かっていく。宴の間はバズワードを掲げてキラキラしていれば多額の資金は流れ込んできたかもしれないが、宴が終われば投資家も冷静になり、実体のないスタートアップへの投資は控えるはずだ。宴が終わったあと、さらに不況が来るとすれば、これまでとは景色が激変するはずであり、ここ数年の価値観のままスタートアップ企業を経営するのは危険すぎる。
実態を磨き上げることが一番の勝ち筋
起業して事業を伸ばしていくなかで、どんどん従業員を増やして、オフィスも毎年大きくなる。あわせて資金調達を繰り替えして、いずれは上場する。多くの経営者が描く夢かもしれないが、宴の後の不況下では夢だけを見ずに足元をしっかりと固めることが重要だろう。筆者が保守的な性格であるため、ここは自分でもバイアスがかかった意見だと自認しており、読者には割り引いて読んで欲しいとは思う。だが、やはり事業で稼いで黒字額を毎年積み上げていくような計画を立てて、着実に事業規模を拡大していくことがよいのではないか。
数年前に保守的な筆者に対して「スタートアップ企業はとにかく赤字を掘ってサービスやプロダクトを磨き上げて数年後に一気に高成長を実現すればいい」と言い、資金調達を繰り返していた経営者がいたが、そのスタンスを今後も貫くのは至難の業と考える。
どこの世界でも全く同じだが、戦場で長く生き残ることが重要なのだ。不確実性が高く、時代の流れが激変しているからこそ、自社が確実に勝てる局面が来るまでは愚直に成長をして待つ。そして、風が吹いた時に大きく飛び立てばよい。宴が終わろうと、不況になろうと、投資家は常に高い期待リターンを求めている。どのような局面でも高い期待リターンの源泉になるのは企業の実態だ。結局は不況下であっても小手先のテクニックで誤魔化すのではなく、実態を磨き上げることが一番の勝ち筋なのであろう。