グローバル・ブレイン代表取締役社長の百合本安彦氏(左)、ヤマトホールディングス代表取締役社長の長尾裕氏(右) 提供:グローバル・ブレイン
  • CVCは物流デジタル化の「最後の決め手」
  • 2つの注力領域は物流とフィンテック
  • コロナでさらに高まる「宅急便」の社会的意義

誰もが使う「宅急便」のヤマトホールディングスが創業100年を迎えた。同社が物流の利便性や効率性を高めていくには「デジタル化」が必須となる。その上での要となるのがコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)によるスタートアップ投資だ。同社の投資戦略について専務執行役員の牧浦真司氏に話を聞いた。(ダイヤモンド編集部 菊池大介)

CVCは物流デジタル化の「最後の決め手」

 ヤマトホールディングスは2020年1月、経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を公表した。その中で同社は宅急便のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進していくと宣言した。その肝となるのが、スタートアップへの投資だ。同社は4月1日、大手独立系ベンチャーキャピタル(VC)のグローバル・ブレインと手を組み、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の「KURONEKO Innovation Fund」を立ち上げた。

ヤマトホールディングス専務執行役員の牧浦真司氏 提供:ヤマトホールディングス

 ヤマトは1919年、日本に204台しか登録されていないトラックのうち4台を所有し、創業。2019年11月で100年がたった。ヤマト専務執行役員の牧浦真司氏は「これからの物流企業の競争力を決めるのはAIエンジンとリアルな人間力、そして両者とのシナジーを最大限に発揮するような経営力、この3つだ」と語る。

 牧浦氏はメリルリンチ日本証券に約20年間勤め、ITや運輸物流業界を担当した。ヤマトには2015年に入社。以降は自動運転の宅配実験「ロボネコヤマト」や「空飛ぶトラック」などを仕掛け、専門の組織を立ち上げてきた。そしてヤマトで進めるDXの「最後の決め手」となるのが、ファンドによる「資本の力」なのだと牧浦氏は語る。

「私は投資銀行業界の出身。資本の力によりスタートアップのエコシステムを作るのは重要だと思っている。ファンドを立ち上げたいとずっと考えていたが、社内にはファンドを立ち上げられるほどの金融知識やリテラシーを持つ人材がいなかった。そのため、業界をリードするグローバル・ブレインとの交渉を2019年より始めた」(牧浦氏)

2つの注力領域は物流とフィンテック

 KURONEKO Innovation Fundの出資総額は50億円で運用期間は10年。出資金額は5000万円から数億円程度だ。対象ステージはシード、アーリー、ミドルを基本とする。

 同ファンドでは物流・サプライチェーンに変革を起こしうる国内外のスタートアップ企業への投資を行うほか、協業も視野にある。財務的なリターンの獲得だけに期待するのではなく、既存事業の一段の強化、そして新規事業の創出にも取り組んでいく予定だ。

 ヤマトの事業には「非常に裾野が広い分野が関係してくる」(牧浦氏)。牧浦氏は、AIやロボティクス、フィンテック、ブロックチェーンなど幅広い分野を挙げ、2つの例を用いて投資領域を説明する。

「1つはロジに直接関係のある部分。デリバリー、倉庫の中、そしてサプライチェーン。これから物流企業は製造業企業など、サプライチェーンの反対側にいる企業と繋がっていくと思っている。そのような部分のプラットフォームを作ろうとしているスタートアップには非常に注目している。そしてもう1つ重要なのはフィンテック。中でも企業間のフィンテック・ソリューションを開発するスタートアップへの関心は高い」(牧浦氏)

 だが、例えシナジーが期待できたとしても、ヤマトの「目利きが弱い領域」もある。そこで生かされるのがグローバル・ブレインの知見だと牧浦氏は語る。グローバル・ブレインは無限責任組合員としてファンドを共同運営する。

 グローバル・ブレイン代表取締役社長の百合本安彦氏は「日本ではなくグローバルで、スタートアップを徹底的に洗い出し、(ヤマトとの)協業につなげていきたい」と意気込む。

「私たちは30名を超えるキャピタリストを抱えており、その中にはディープテックを専門とするキャピタリストが10名以上いる。AI、サイバーセキュリティー、ロボティクスをはじめとした、ディープテック領域のカバリングはほぼ終わっている。そういったところが非常に生きるのではないかと思っている」(百合本氏)

 ヤマトでは今後も本体からの直接投資も併せて行なう予定だ。ファンドで投資ができないもの、ファンド規模ではカバーしきれない大型投資は直接投資を検討する。ファンドで投資をして関係を作る中で、「取り込みたい」となれば直接投資、またはM&Aを実施する考えだという。

 ヤマトは2017年7月、荷主企業と運送企業をマッチングする「ハコベル」運営のラクスルとの資本提携を発表している。これが同社にとって初のスタートアップ投資となった。牧浦氏は「ラクスルへの投資は得られるものが非常に大きかった。学びも大きかった」と振り返る。

「スタートアップと大企業の連携では、スタートアップのスピードとアジリティを大企業に移植するという効果が非常に大きい。共同で様々なプロジェクトを進めることで、担当者の顔つきが日々変わっていく。それだけでも投資する価値がある。もちろん、大企業ではなかなか開発できない小回りの効くような技術や革新的なアイデアが得られることも重要だ」(牧浦氏)

コロナでさらに高まる「宅急便」の社会的意義

 ヤマトにとって2020年度は大きな経営構造改革を行う上での助走期間だ。2021年4月、現在は純粋持株会社であるヤマトHDはグループ会社8社を吸収合併および吸収分割することにより、リテール・地域法人・グローバル法人・EC の4事業本部と、4つの機能本部からなる事業会社へと移行する。

 そのような「準備の年」に世界を襲ったのが新型コロナウイルスの感染拡大だ。多くの国民が緊急事態宣言による外出の自粛を求められる中、Uber Eatsなどフードデリバリーやヤマトの「宅急便」など宅配のニーズは高まっている。

「我々にとっては戦いだ。日本の物流インフラを担う会社としては止まるわけにいかない。サービスが止まると本当に困ってしまう人が多い。同時に社員の健康も守っていかなければならない。非常に難しい戦いだ」(牧浦氏)

 ヤマトでは、航空貨物便の減便等の影響で地域によっては配達に遅れが生じているほか、一部の営業所において受付業務を臨時休止している。ほか、3月3日より、自宅での非対面による受け取りや、オープン型宅配便ロッカー「PUDOステーション」の利用を推奨している。

 牧浦氏は「人間と人間の関係性に大きな影響があった。人と人との接触に関しての許容性が変わってくると思う」と語る。

「我々は当然、コロナを予見できていなかった。だが、そこ(宅配における人と人との接点)は変わることを予見して構造改革に挑んでいる。 スタートアップへの投資はその構造改革の一環としてやっている」(牧浦氏)

 今後の経済の不透明感から、大企業はコストカットのために投資を抑えるとの見方もある。米CBインサイツによると、2020年1月から3月期における世界のCVC投資額は、前4半期比で13パーセント減。投資件数は19パーセント減となった。

 牧浦氏は「コロナはリーマンショック以上だと思っているので、じっくりと仕込んでいきたい」と話す。

 一方で起業後にネットバブルやリーマンショックを乗り越えてきた百合本氏は「コロナによる谷は深いが、投資をきっちりと継続することが次に繋がっていく」と述べる。

「リーマンショックの時は1年くらいでリカバリーしているが、今回はもう少し時間がかかりそうだ。一方で、このファンドもそうだが、昨年・一昨年にファンドレイズしたファンドが日本国内には多い。そういった意味ではドライパウダー(待機資金)がまだある状況なので、我々も含めて、市場に出していくお金は充分にあると思う。フェアバリューで良い会社があれば出していくというスタンスでやっていきたい」(百合本氏)

 取材の終盤で、牧浦氏は「強気相場は悲観の中に生まれ、懐疑の中で育ち、楽観の中で成熟し、幸福感の中で消えていく」と口にした。これは米著名投資家ジョン・テンプルトン氏の格言だ。

「まさに『今これから』生まれてくるものを多く拾っていきたい」(牧浦氏)