
- シンプルなマッチングでは不十分、一連のプロセスを徹底的にコーディネート
- DeNA系VCによる「アンケート」が転機に
- 2年間の“週末起業期間”を経て独立、1.5億円を調達し事業拡大へ
マンションやビルなど大型の建物で十数年に1度行われる“大規模修繕工事”。マンションの共用部の工事では一戸当たりの工事金額が100万円以上かかることも珍しくなく、住人にとっては重大な支出であり、厳正な発注管理が求められる。
ただ、この大規模修繕工事においては課題も大きい。以前から設計コンサルタントなどの業界関係者による談合や不正行為が問題視されており、国土交通省から関連する通知が出されるほどの事態になっている。管理組合が自ら工事会社の選定や交渉を進められれば問題は防げるが、専門性が高く情報の非対称性が大きい領域であるが故に、多くの場合はそれも難しい。
こうした根深い社会課題の解決策として2022年1月設立のスマート修繕が開発したのが、マンションの管理組合やビルのオーナー向けの一括見積もり支援サービス「スマート修繕」だ。
実はこのサービス、代表取締役社長の豊田賢治郎氏自身が2年間にわたってマンション管理組合の理事長を経験したことが開発のきっかけになっているという。
シンプルなマッチングでは不十分、一連のプロセスを徹底的にコーディネート
スマート修繕はマンションの管理組合やビルのオーナーといった発注者(ユーザー)と工事会社を適切につなぐことを目指したサービスだ。

構造自体はとてもシンプルなサービスではあるものの、単なるマッチングサービスではない点が大きな特徴。管理組合やビルオーナーといったユーザーに対して、それぞれ担当のコーディネーターがつき、要望に応じて最大で8社の工事会社に候補を絞り込む。運営側で各社についての実績や経営状況、特徴などをまとめたレポートを作成。数十ページに及ぶ見積もりの内容は比較表を作り、金額差などがすぐに把握できるようにしてユーザーに提供する。
工事会社に対してはあらかじめ契約ガイドラインを用意した上で、実際に提示された内容がそれに準拠しているかを確認し、ユーザーが不利な状況に陥ることを防ぐ。
「シンプルなマッチングサービスだけでは課題は解決されないと思っています。(経験がなければ)工事会社がどこにいるかもわからないし、数十ページの専門用語だらけの見積もりの比べ方もわからない。多くの人は見積もりや契約にたどり着けずに困っているので、一連のプロセスを徹底的にコーディネートする仕組みが必要だと感じていました」(豊田氏
ローンチ時点で数十社が登録済みの工事会社は審査制で、独立系かつ一定の実績がある年商10億円以上の大手企業や中堅企業などに絞って掲載。業界パートナーとして設計コンサルタントやマンション管理士ともタッグを組み、専門的な問い合わせについても丁寧に対応できる体制を整えた。
ユーザー側は完全に無料で利用でき、成約した際に工事会社からマーケティング費用というかたちで収益を得るモデルだ。
DeNA系VCによる「アンケート」が転機に
スマート修繕のプロジェクトは、豊田氏が前職のディー・エヌ・エー(DeNA)在職時に始まった。転機になったのが、社内SNSで流れてきたアンケートに回答したことだ。
このアンケートはDeNA系列のVCであるデライトベンチャーズが「不動産領域の課題」をリストアップするために実施したもの。自身が分譲マンションの理事長の経験から大規模修繕工事における課題を痛感していたこともあり、その内容について記入したところ、新規事業創出の責任者から連絡が届いたという。
「当時は起業には全く興味がなかったのですが、新規事業に挑戦したいという気持ちはありました。(責任者から)この領域の事業機会をリサーチして欲しいという依頼を受けたこともあり、通常業務を100%継続しながら『週末起業』のようなかたちで、デライト・ベンチャーズ内でリサーチ活動を始めたんです」(豊田氏)
リサーチ活動は主に平日の夜や土日を活用しながら、「初期リサーチ」「本格リサーチ」「初期市場検証」「最終市場検証」という大きく4つのステップで進めていった。

まずは調査会社や国交省が発行しているレポートなどウェブ上の情報を中心に収集しながら、並行してスポットコンサルティングサービスの「ビザスク」を通じて業界関係者から生の声を集めた。
次の段階では外部のコンサルタントの力も借りながら、もう一度複数の業界関係者や組合、工事会社など数十名にヒアリングを実施し「初期の仮説がズレていないか」を入念に確かめていく。
「工事範囲を問題にならない範囲で広くしたい管理会社と、必要十分な範囲に留めたい管理組合はどうしても利益相反関係になりやすいです。かといって管理組合が自立するのは難しく、管理会社に頼らざるを得ないことが多い。競争原理を働かせるためにコンサルタントなどに依頼しても、そこで談合や不正行為が行われ、結果的に管理組合側が経済的な損失を被るような問題が発生してしまっています」(豊田氏)
リサーチを続けていく中で豊田氏が感じたのは「初期の仮説が間違っておらず、業界の課題が根深いこと」。そこで市場検証を進めていくために「Wix」や「STUDIO」といったノーコードサービスを用いて自身で簡易的なサイトを作成し、ウェブ広告で集客をしながら運用した。
「特に初期の検証用サイトは本当に簡易的なものではあったのですが、それでも実際に数名から事前登録をいただきました。最終的な検証段階では工事会社を十数社集めた上で運用してみると、20件ほどの見積もり相談が発生し、1件は制約まで至ったんです。(利用者からは)仮説通りの声も聞こえてきて、確実に困っている人がいること、事業機会が存在することを感じました」(豊田氏)
2年間の“週末起業期間”を経て独立、1.5億円を調達し事業拡大へ
一連のプロセスを通じて市場の課題感やスマート修繕のような解決策に対する明確なニーズを検証できたことから、最終的にはデライトベンチャーズより1.5億円の投資を受け、独立したスタートアップとして事業を本格的に展開することが決まった。
プロジェクトスタートから今回のサービスローンチまでに要した時間は約2年間。周囲の協力を得ながらも、基本的には工事会社の開拓からパートナーとの連携、サイトの設計、集客までを豊田氏が手探りで進めていった。「最初は数十社の工事会社にウェブフォームから連絡をしてみたものの、反応がゼロだった」(豊田氏)が、地道に準備を進めサービスのローンチまでこぎつけた。
「検証を進めるに連れて、課題の大きさを感じるとともに、このサービスを通じて少しでも状況を変えていきたいという思いが強くなりました。実現したい世界観はシンプルで、市場原理が働くようになった結果、良いサービスが適正に評価されて、広がっていくこと。フェアなマーケットを作っていくことで社会問題の解決に貢献したいです」(豊田氏)
豊田氏によると管理組合向けの大規模修繕工事だけでも年間のGMV(完成工事高)は5000億円前後の規模になり、ビルやホテルの工事など周辺領域も含めると年間1兆円ほどの市場になる見立てだという。スマート修繕としては今後マンションの大規模修繕工事を軸として事業領域を広げていく計画だ。