
企業の法務担当者の契約書チェック業務を支援する、いわゆる「AI契約書審査」サービス。LegalForce、GVA TECH、リセといったスタートアップがサービスを提供している。AI技術を活用し、契約書チェックの見落とし削減や時間短縮などに繋がることから、徐々にだが世に浸透してきた。
こうしたAI契約書審査サービスが登場してから早数年。だが経産省は6月6日、「グレーゾーン解消制度」で求められた照会に対して、こうしたサービスが「設計によっては法律に違反すると評価される可能性がある」という見解を公表して関係者が揺れている。一体どういうことなのか。
AI契約書審査は違法か──各事業者による説明
グレーゾーン解消制度とは、事業者が検討している新規事業に関する法律による規制の有無について、経産省が窓口となり、所管省庁の見解を求めることができる制度だ。
今回物議を醸しているのは、5月6日にある事業者が行った照会だ(なお、グレーゾーン解消制度は照会をした事業者の名前を公開していない)。その事業者はAI契約書審査サービスの提供を検討しているが、それが非弁護士による法律事務の取扱いなどを禁止している「弁護士法第72条」の適用を受けるかを問い合わせた。それに対して経産省は「弁護士法第72条本文に違反すると評価される可能性があると考えられる」という法務省による回答を公表した。
弁護士法第72条弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない
既存のサービス提供事業者は本件をどのように捉えているのだろうか。AI契約書審査サービス「LeCHECK」を展開するリセの代表取締役・藤田美樹氏は「(今回の回答は)弊社サービスについての回答ではありません。弊社がグレーゾーン照会制度を利用するのであれば、様々に異なる前提事実を記載させていただいたかと存じます」と説明。そして、LeCHECKはあくまでも法務担当者の作業を支援するサービスであるため、違法性はないという考えを示した。
「弁護士は、契約書の文言だけを見ることはなく、依頼者の特性や、相手方との関係に加え、その取引の背景事情や対象商品の性質などについて依頼者に確認し、それらを踏まえて、当該文言について修正の助言をします。弊社商品は、契約書についての文献などと同じで、あくまでも一般論の解説や修正案をご提示し、法務のご担当者のレビュー作業を支援するものです。契約者にも、弊社サービスが『個別具体的な事例について適法性、適合性、正確性、有用性等について判断したり保証したりするものでは一切ない』ことについて同意いただいたうえでご使用いただいております」(藤田氏)
同じくAI契約書審査サービスの「GVA assist」を提供するGVA TECHの代表取締役・山本俊氏は、「弊社サービスのGVA assistは当初の設計段階からこのような評価の可能性があることを考慮しており、そもそも本回答が示すようなAIが契約書につき法的観点からの有利・不利を指摘したり法的観点からのリスク評価を指摘するものではありません。GVA assistはAI技術を用いてデータベース内の特定の契約書雛型との比較を行い、自然言語としての類似性の観点から『両契約書や条文間の差異や過不足を参照させる』ものです」と主張。
一方、「LegalForce」を提供するLegalForceの広報は「ガイドラインを作成しており、それに則って運用をしておりました。このたび外部の法律事務所と協議の上、作成・制定し社内規程として位置づけ、内部監査、社外の法律事務所による監査を実施し、監査結果をコンプライアンス・リスク管理委員会などの関連部署に報告するという体制を構築しています」と回答した。
既存サービスは顧客・投資家への説明対応に追われる可能性も
今回の回答は、すでに事業を展開している各社や、リーガルテックサービス全般にどう影響するのか。グレーゾーン解消制度の窓口である、経済産業政策局 産業創造課 新規事業創造推進室の担当者に、「どのようなサービス設計であれば合法なのか、または違法なのか」と説明を求めたが、具体的な回答は得られなかった。だが同担当者は、「今回の回答はあくまでも照会を求めた事業者が提示した事業内容に基づくものであり、既存のサービス提供事業者の違法性を問うものではない」と付け加えた。
またリーガルテックにも詳しいある法曹関係者は「各事業者がサービスをリリースする段階からこの論点は存在しており、『違反すると評価される可能性がある』という回答は真新しいものではなく、各事業者は法的に整理をしていたはずです。そして、それを前提に、多額の投資が集まり、かつ弁護士を含めた多くの顧客が急速についていることから、事業者に求められる対応は一時的かつ一範囲のものだと推測します」と楽観的な見方を示した。だが一方で、「今回の回答を受けて、各事業者は、一部の顧客や投資家などへの説明、対応を求められるでしょう」とも言う。
本件の公表以降、複数のリーガルテック関係者や法曹関係者の間では、サービスの適法性や、照会した事業者の意図などさまざまな議論が続いている。電子契約サービスの「CloudSign」などを提供する弁護士ドットコムは2022年3月期の決算説明会において、AI契約書審査サービスの提供を検討している意向を表明。経産省と日本弁護士連合会に適法性などの照会を求めていると説明している。だが弁護士ドットコムの広報は、「今回の照会は自社によるものではない」と否定している。
グレーゾーン解消制度とは本来、事業者の事業計画が法的にシロかクロかをはっきりさせ、新規参入を後押しするための制度だ。だが今回の経産省の回答は、AI契約書審査サービスが「黒に近いグレー」と位置付ける内容と言っても過言ではない。既存の事業者は顧客や投資家への対応や、資金調達、上場審査などの足かせとなり、リーガルテックスタートアップの成長を阻害しかねない。
GVA TECHの山本氏は「(経産省の回答は)違法と断じてはいないものの、違法と評価される『可能性』があると明確に示した点で、これから適法な領域と違法な領域の切り分けがされていく、その起点たる位置付けの回答であったと受け取っております」と話す。事業者がこう述べるとおり、スタートアップと法曹界が手を組み、リーガルテックのあるべき姿を模索する時が来たようだ。