
- 月数本のライブは「ゼロ」に
- 思い入れの深いライブハウスを支援できるプロジェクト
- ライブハウスの「ウィズ」そして「アフター」コロナ
- 配信に見出す今後のライブハウスの可能性
新型コロナウイルスの感染拡大で国民の足が「店舗」から遠く今、「箱」が命であるライブハウスの運営者たちは悲痛な叫びを上げている。「このままではあと数カ月しか持たない」ーー崖っぷちに立たされているライブハウスを救うため、ロックバンドtoeはECプラットフォーム「STORES」と手を組み、東京事変など著名アーティストも参加する支援プロジェクトを立ち上げた。(ダイヤモンド編集部 菊池大介)
月数本のライブは「ゼロ」に
新型コロナウイルスの感染拡大は店舗を構える多くの業界にとって死活問題だ。7都府県に向けて発令された緊急事態宣言は今や全国が対象となり、事実上、全国民が移動の自粛を求められている。
密閉・密集・密着の「3密」に該当するライブハウスは早くから営業休止を余儀なくされてきたが、最近では閉店のニュースが続いている。北海道・札幌の「COLONY」や東京・池袋の「CANOPUS」など、音楽ファンに有名なライブハウスも今月末でその歴史に幕を下ろす決断をした。
動揺が広がる音楽業界の力になりたい——。とそんな想いから、ロックバンドのtoe、ライブハウスのFEVER、デザイン会社のCIDER、ブランディング・エージェンシーのSIMONE、そしてECプラットフォームのSTORESは共同で支援プロジェクト「MUSIC UNITES AGAINST COVID-19」を立ち上げた。toeは2000年の結成以降、日本のポストロックシーンを牽引し、国内外で活躍してきた実力派バンドだ。
「共通の音楽が好きな観客が集まり、その前で演奏をするのが好きだ。それが初期衝動だった。演者と観客――その場にいる全員で作り出す空気がある。それがライブだ」
プロジェクトの発起人であるtoeギタリストの山㟢廣和氏は取材でこう切り出した。これまで月に3から4本のライブをこなしてきたtoeが、今年は今のところゼロ。音楽フェスを含む今後のイベントも続々とキャンセルが決まっているという。
「そもそも僕は『音楽がやりたいのか』もよくわかっていない。ライブをやるために音楽を作っているところもある。様々な業界がコロナによる打撃を受けているが、まずは自分にとって身近なライブハウスにお金が渡るよう何かができないかと考えた」(山㟢氏)
思い入れの深いライブハウスを支援できるプロジェクト
MUSIC UNITES AGAINST COVID-19では、全国100軒以上のライブハウスのストア(ECサイト)を開設。ユーザーは支援したいライブハウスを選び、「アクセス権」を購入することで、70組以上の参加アーティストが提供した楽曲にアクセスできるQRコードを入手できる。
新代田FEVERや新大久保EARTHDOM、新宿MARZなどのライブハウス。そして、東京事変、七尾旅人、Charaなど著名アーティストから、ポスト・ハードコア・バンドのenvyやheaven in her armsまでもがプロジェクトに参加している。
CAMPFIREなどに代表されるクラウドファンディングサービスでは、グッズ購入などを通じたライブハウス支援プロジェクトが少なからず立ち上がっている。だが、全国に存在するライブハウスは大小合わせて8000軒ほどもある。そして、その多くが危機に瀕しているため、より多くのライブハウスが参加しやすい取り組みができないかと考えた。
「(すべてのライブハウスへの支援を)均等に配るのも難しいし、均等に配ることで金額が低くなってしまう」(山㟢氏)と考え、どのライブハウスを選んでも、同じ楽曲が手に入る仕組みにした。ユーザーは、特に思い入れの深いライブハウスを選んでアクセス権を購入することで、直接そのライブハウスを支援できる。
「支援者が地元のライブハウスやよく通っていたライブハウス、潰れてしまっては困るライブハウスを支援できることは重要だ」(山㟢氏)
現時点ではtoeの「手の届く範囲」の100軒のライブハウス、そして70組のアーティストが参加しているが、今後は輪を広げていく予定だ。
STORESの説明によると、ライブハウス側に初期費用はかからない。加えて、全ストアの「スタンダードプラン」の月額利用料を3カ月間、STORESが負担することになっている。
STORES運営のストアーズ・ドット・ジェーピーで代表取締役兼CEOを務める塚原文奈氏は「STORESは情熱を持って活動する個人やスモールチームを応援するためのサービス。今回の取り組みを通じて、ライブハウスもアーティストも、どちらも応援・サポートしたいという気持ちが強くある」と想いを語る。
ライブハウスの「ウィズ」そして「アフター」コロナ
MUSIC UNITES AGAINST COVID-19の運営には新代田駅付近に位置するライブハウス、FEVERも参加している。FEVERでは現在、営業を自粛しており、再開の目処は立っていない。
FEVER代表の西村仁志氏は「何カ月もライブがないのは死活問題だ。支出が増えるわけではないが、不安要素は大きい」と話す。
「飲食店であればテイクアウトに切り替えてUber Eatsなどを利用するという手段があるが、ライブハウスはライブがなく客が来なければ売り上げはゼロ。固定費が原因でマイナスにさえなる」(西村氏)
このままの状況が続けば、大企業傘下のライブハウスであればその担当部署がなくなる可能性がある。それだけならまだしも、個人運営のライブハウスはその趣味性の高さから、実質的に自転車操業になっているケースも少なくない。そんな多くのライブハウスも閉店せざるを得ない状況になってしまうと西村氏は懸念する。
「札幌で閉店を発表したライブハウスがあり、同業者のあいだでは『ついにきたか』と話題になった。このプロジェクトで状況を少しでも変えられれば」(西村氏)

ぴあ総研が3月24日に発表した調査結果によると、3月23日現在、音楽コンサート・演劇・ミュージカル・スポーツなど入場料が必要な「ライブ・エンタテインメント」は、確定値で8万1000本が中止や延期により売り上げがゼロ、もしくは減少。5月末まで現状維持の場合、追加で7万2000本の中止や延期が見込まれる。
中止や延期により売り上げがゼロもしくは減少した公演・試合の入場料金の総額は1750億円。今後の状況次第では、その額は3300億円にまで膨れる可能性がある。
配信に見出す今後のライブハウスの可能性
コロナの感染拡大を受けFEVERではYouTubeの課金投げ銭システム「Super Chat」使用した配信ライブも行なってきた。だが、現在ではアーティストを箱に呼び行う配信に至っても自粛している。4月14日にはロックバンドdownyのメンバー青木ロビン氏による遠隔地からの演奏を配信するなど、様々な選択肢を模索している最中だ。
西村氏は、ceroというバンドの事例を挙げながら「電子チケット制ライブ配信で行ったオンライン公演の評判がよかった。配信のチケット制は今後スタンダードになっていくのでは」と話す。
「知名度が低いバンドには、無料配信であったり、投げ銭システムを使うという選択肢もあるもしれない。配信を使ってのビジネスケースは出てきてはいるので、まだアイディアは固まっていないが何かができるはずだ」(西村氏)
今後、コロナ前の『今まで過ごしてきた普通の状態』に戻れる確証が今のところはない。人の集いが自粛される状態が今後何十年も続くという最悪の可能性もあり得るとtoeの山㟢氏は見ている。そのため、新たな可能性を模索する一方で、収益源を確保することが必須だ。
「新しいビジネスモデルを考えていく一方で、ライブハウスの運営者には目に見える日銭が必要だ。今回のプロジェクトで集まるお金が全ての救済に繋がるとは思っていないが、今思いつくことをとにかくやっている」(山㟢氏)
音楽好きである筆者が最後にFEVERを訪れたのは2019年7月。ロンドンのシューゲイザー・バンドThe KVBによる来日公演だった。その際にも強く感じたのが、演者と観客、そしてライブハウスという場が生み出す一体感、そして轟音を全身で感じられるのが、ライブの醍醐味だということだ。
「ライブハウスはバンドがいないと意味のない場所になってしまう。色々な選択肢はあるが、『バンドが大きな音を出せる場所』ということに特化していたい」(西村氏)