
- 「メモ」と「Q&A」で埋もれている個人の知見を発掘
- 後発でも「従業員500人以上の非IT企業」に勝機
- 4.5億調達で事業拡大へ、2026年までに5万社への導入目指す
「世の中のさまざまな情報がウェブ上から検索してアクセスできる時代なのに、社内の情報はそうなっていない」──。社内のナレッジ共有を促進するクラウドサービス「Qast(キャスト)」は、any代表取締役の吉田和史氏自身の原体験から生まれたものだ。
個人が持つ知識やノウハウを集約し、組織のナレッジへと変えていくことで生産性の向上につなげていく取り組みは「ナレッジマネジメント」や「ナレッジ経営」と呼ばれる。概念自体は数十年前から存在するものの、いまだに社内の情報共有やナレッジの蓄積に関して課題を抱えている企業は少なくない。
QastではQ&Aサービスのような仕組みを通じて社内に埋もれている個人の知見を引き出し、誰でも簡単にその情報へアクセスできる土壌を整えることで企業の課題を解決してきた。2018年7月のローンチから約4年、無料プランのユーザーも含めた累計の導入企業社数は約5000社まで広がっている。
コアなユーザーは従業員規模500人以上の非IT系企業だ。約5000人規模で全社導入している丸井グループを筆頭に、数千人規模でQastを導入する企業も出てきている。
運営元のanyでは2026年までに5万社への導入を目指し、機能拡充や組織体制の強化を進めていく計画。そのための資金として以下の投資家よりシリーズAラウンドで4.5億円を調達した。
- DIMENSION
- Archetype Ventures
- みずほキャピタル
- ICMG Partners
- 新生企業投資
「メモ」と「Q&A」で埋もれている個人の知見を発掘

Qastでは大きく「メモ」と「Q&A」という2つの方法でナレッジを共有していく。メモはユーザーが自身のナレッジを投稿するシンプルな機能で、多くの社内Wikiや社内ポータルの仕組みと同様だ。
もう1つのQ&Aは社員が困っていることや知りたいことを“質問”として投稿し、その質問に別のメンバーが回答をすることでその内容がナレッジとして蓄積されていくというもの。吉田氏によるとナレッジの投稿が進まない1番の理由は「何を投稿していいのか分からないこと」であり、このQ&A機能が個人の知見を引き出す上で重要なのだという。

投稿回数や内容に応じてスコアやバッジなどが付与される仕組みも備わっており、それが投稿のモチベーションにつながる。企業によってはこのスコアやバッジを人事評価に取り入れているケースもあるそうだ。
気になるナレッジにはタグやキーワード検索を通じて効率的にアクセスできる。投稿時にキーワードを読み取って自動でタグを付与する機能が搭載されているため、投稿する側はどのタグを付けるべきか迷わずに済み、探す側もタグを頼りに目当てのナレッジを探しやすい。

キーワード検索機能もQastが力を入れて磨いてきた機能の1つだ。たとえば同義語検索によって“会議”というキーワードで検索した際に、“ミーティング”や“MTG”など略語や同義語を含む投稿も表示される。Qast上で共有されているPDFなどファイル内のキーワードも検索対象となる。
利用料金はスタンダードプランは1ユーザーあたり月額600円、エンタープライズプランは月額900円だ。
後発でも「従業員500人以上の非IT企業」に勝機
冒頭でも触れた通り、Qastのアイデアには吉田氏が創業前にアドテク系の企業で働いていた際の体験が大きく影響している。
「ネット広告の配信システムの法人営業をしていたので、顧客からシステム関連の要望をいただくことがよくありました。その際に社内エンジニアにさまざまな質問をするのですが、なかなか返答が返ってこず、直接エンジニアフロアに行って聞いてみると『以前他の人に答えたから聞いてみて』と言われる。よくよく考えると、自分にとっては初めての質問でも、彼らは同じようなことを何度も聞かれていたのだと思います。世の中のさまざまな情報はネットで簡単に検索できるような時代なのに、社内の情報はそうなってない。そこに課題を感じました」(吉田氏)
起業当初はコンシューマー向けのメディアや漫画アプリなどを開発してきたが、方向転換を決断。世の中の課題を根本的に解決するようなサービスにじっくり取り組みたいと考えた結果、かつて自分自身も課題を感じたナレッジマネジメントの領域で挑戦する道を選んだ。
もっとも、吉田氏たちがQastの提供を始めた2018年時点ではすでに社内の情報共有サービスや社内Wikiとして活用できるサービスが複数存在していた。どちらかと言えば後発のQastはどのように事業を拡大させていったのか。
その答えが「従業員規模が500人以上で、なおかつクラウドサービスに慣れていない非IT系の企業でも使いやすいサービスを作ること」だった。
「既存の社内WikiツールはIT業界を対象としたもの、その中でもエンジニア向けのものが多いように感じました。エンジニアはナレッジを残す習慣や社内外で情報を共有し、教え合う文化があるため(ナレッジマネジメントツールが)浸透しやすい。でも日本全体で見ればその文化がない業界が大半で、より大きな課題を抱えているのではないかと思ったんです。規模に関しても、数人の会社であればお互いのことをよく理解していて、属人化していても回っていくかもしれません。でも500人とか1000人規模になると、どこに情報があるのか、誰に聞いたらいいのかがわからないので課題が深いはずだと」(吉田氏)
当然サービスを使ってもらうまでの難易度はIT企業に比べて高くなるが、Qastではわかりやすいサービス設計を前提とした上で、ナレッジコンサルタントが組織作りや社内の文化作りまで伴走する“ハイタッチ”な体制を構築し、少しずつ成功事例を増やしていった。
ナレッジマネジメントを定着させるための一連のプロセスは「Qastサイクル」として体系化されており、これが強みにもなっている。
4.5億調達で事業拡大へ、2026年までに5万社への導入目指す
実は当初Qastをローンチした際は、主にIT業界向けにサービスを作っていた。ただその市場にはすでに複数の先行プレーヤーが存在し、それらを置き換えるほどの機能を有しているわけでもなく、最初の1年は苦戦したという。
anyにとって転機となったのは、試行錯誤を続ける中で可能性のある市場を発見できたこと。規模の大きい企業では社内ポータルやイントラネット、掲示板など何らかのツールをすでに活用しているケースが多いものの、本部からのアナウンスや情報共有などの用途に留まっており、現場間でのナレッジ共有の文化が根付いているところはほとんどなかった。
拠点や部門をまたいでナレッジを共有し、全体の生産性を上げていくためのツールを探しているという企業のニーズに「Qastの機能がバチっとハマった」(吉田氏)わけだ。現在は数百人から数千人規模でQastを活用する企業も増えてきており、同サービスのMRR(月次経常収益)の57%は従業員数500人以上の企業から生み出されている。
今回の資金調達を踏まえて、anyでは組織体制の強化や機能拡充にさらなる資金を投じていく計画。Qast上で質問が投稿された際、過去の投稿などを基に最適な回答者を提案する仕組みなど、蓄積されたナレッジやデータを活用した機能開発なども進めていくという。