iPhone 8と同じシルエットを持つ新型iPhone SE アップルのプレスリリースよりiPhone 8と同じシルエットを持つ新型iPhone SE アップルのプレスリリースより
  • “2世代分のアップグレード”を詰め込んだ新端末
  • “中身だけ最新”の理由とiPhoneに吹き荒れる逆風
  • “スマホ本体で稼ぐ”から転換したアップル
  • 「すべて旗艦モデル並み性能」はアップルならでは
  • 携帯キャリアにとって悩みは「在庫処分」か

4月15日、アップルのスマートフォン新作「iPhone SE(2020年版)」が発表された。アップルによる直販価格は税込4万9280円からで、例年秋に発表されるiPhoneの高性能モデルとは対照的に、“コスパ”で世間を驚かせる端末となった。だが同時に、通信キャリアにとっては、販売戦略の上で悩ましい端末とも言うことができそうだ。(モバイル・ITライター 石井 徹)

“2世代分のアップグレード”を詰め込んだ新端末

 新iPhone SEの見た目は3年前のモデル「iPhone 8」とほぼ変わらない。iPhone 8と同じ筐体を使い回しているからだ。トレードマークのリンゴ型のロゴの配置が最新モデルにあわせてやや下よりになったくらいの違いだ。画面は今となってはやや小さくも感じられる4.7インチ。最新iPhoneでは省かれた指紋認証にも対応する。

 その一方で、中身は最新モデル「iPhone 11」に準ずる性能・機能が詰め込まれている。スマホの性能を決定づけるチップセット(CPUなどのコア部品の集合体)はiPhone 11と同じ「A13 Bionic」を搭載。アップルいわく、CPUはiPhone 8の1.4倍で、グラフィック処理を担うGPUも2倍高速という。

 カメラはトレンドの複眼ではなく、単眼ではあるものの、4Kの高解像度な動画撮影に対応。AI処理の速度向上によってより高度なHDR撮影やポートレート撮影も対応する。

 さらに、iPhone 11に準ずる機能として、「eSIM」も対応。これは携帯電話キャリアの通信契約を本体に書き込む機能で、たとえば海外に旅行する際に現地の携帯会社の低価格な通信サービスを使いやすくなる。

 このほか、Wi-Fiは最新規格のWi-Fi 6に対応。モバイル通信も最新の5G規格は非対応となっているももの、4G LTEでは1Gbpsを超える高速な通信をサポートする。もちろん、Suicaを含むApple Payも利用可能だ。

 見た目はiPhone 8とほぼ変わらず、機能も目を引くものは少なく、パッとしない製品に見えるかもしれない。しかし中身は税抜7万円台からの最新のiPhone 11にほぼ準じるもので、iPhone 8から比べると2世代分の性能向上が反映されている。

“中身だけ最新”の理由とiPhoneに吹き荒れる逆風

 この“中身だけ最新”のiPhone SEには、アップルがここ2〜3年で進めてきた戦略転換が色濃く反映されている。

 13年前の2007年、スティーブ・ジョブズ氏が初代iPhoneを発表して以来、iPhoneはアップルを象徴する製品となった。当時はタッチパネルだけで操作する一風変わった携帯電話を受け入れるかどうか、多くの人の議論の的になったが、2020年現在、iPhoneとAndroidという2大スマートフォンOSが携帯電話市場のほとんどを占めるに至った。

 携帯電話市場そのものを作り変えてしまい、いまや携帯電話といえば真っ先に思い浮かべるのはスマートフォンという世界を実現するにまでなっている。

 この間、アップルはスマートフォンのハードウェア、つまりiPhoneを自社開発の高性能モデルに限定し、OS(iPhone OS/iOS)、アプリストア(App Store)と一気通貫で展開する戦略により、スマホ市場でもっとも利益を上げる企業となった。

 一方で、ここ2〜3年はスマホの技術も成熟し、5万円以下の手頃なAndroidスマートフォンも多く登場している。そして、それら低価格なAndroidスマホでも、10万円を超える高価なスマホと性能差を感じるシーンは少なくなってきている。そして高価なモデルではとくに、買い替えサイクルが長期化する傾向も見られる。以前はスマホを2年前ごとに買い替えていたという人も、今のスマホは3〜4年使えそうという実感もあるだろう。

 もとより高価格帯に絞ってきたアップルは、スマホの販売数で他社に追い上げられている。アップルはスマホ出荷数で長年、韓国サムスン電子に次ぐ2位に位置していたが、2019年には中国ファーウェイにその座を奪われている。

 つまり、アップルの得意とする高価格帯の市場は、スマホ性能の進化によってより強い逆風が吹いている状況といえる。

 iPhone/iPadシリーズは2019年時点で累計20億台の出荷を記録している。古くなった製品には買い替え需要が発生するとはいえ、高価格帯のモデルだけでこれまで以上に収益を伸ばすのは困難だろう。

“スマホ本体で稼ぐ”から転換したアップル

 そこでアップルは、スマートフォン単体で収益を取る戦略から、周辺機器や関連サービスからの収益を重視する方針に軸足を移しつつある。

 アップルの近年の決算資料を見ると、気付くことがある。iPhone本体の売上高は年によって上下しているが、サービス収入や周辺機器の売り上げが勢いよく伸びているのだ。たとえば2019年通年の決算では、iPhoneシリーズの売上高は1423億ドルで前年度の1648億ドルから225億ドル減らしている。

 一方で「サービス」部門の業績は462億ドルで、前年度の397億ドルから大きく伸ばしている。また、ワイヤレスイヤホンのAirPodsなどが含まれる「ワイヤレス、ホーム、アクセサリー」部門は、244億ドルでこちらも前年度の173億ドルから伸張している。両部門ともアップルの売り上げ全体に占める割合は高くはないものの、伸びしろが大きく、アップルにとっても注力分野とみなされているようだ。

 iPhoneにおける「サービス」といえば、App Storeがその筆頭にあげられるだろう。iPhoneで動くアプリを独占的に配信するApp Storeでは、売り上げの30%がアップルの収入となる。また、手数料収入の面では決済サービスApple Payも注力分野となっている。昨年アップルはiPhoneと連携するクレジットカード「Apple Card」を米国向けに導入し、決済分野での存在感を高めている。

Apple Payでは米国で独自クレジットカードのサービスを昨年2019年に開始した アップルのプレスリリースよりApple Payでは米国で独自クレジットカードのサービスを昨年2019年に開始した アップルのプレスリリースより

 さらに、アップルは、iPhone上での“体験”も自前のサービスでまかなうための準備を進めてきた。音楽聞き放題サービス「Apple Music」、独自制作の動画見放題サービス「Apple TV+」、ゲーム遊び放題サービス「Apple Arcade」、ニュース・雑誌配信サービス「Apple News+」(日本未展開)と、サブスクリプション型(月額課金制)の見放題コンテンツサービスをここ数年で立て続けに展開している。特にApple TV+やApple Arcadeは、すべてのコンテンツがアップル独占配信という力の入れようだ。

 また、周辺機器ではオーディオブランドのBeatsを傘下に加え、ワイヤレスイヤホンのAirPodsシリーズを投入している。AirPodsはiPhoneに近づけると自動で接続するなど、 iPhoneと組み合わせたときの使用感を高めるように設計されている。イヤホン1つとってもiPhoneを中核としたエコシステムの一環となっているというわけだ。

 このように、アップルはここ数年で急速に周辺サービス群を拡充している。つまり、iPhone単体で稼ぐ必要がなくなり、iPhoneをエコシステムへの誘引剤として使える環境が整ってたきているということになる。

「すべて旗艦モデル並み性能」はアップルならでは

 ただし、スマートフォンで周辺サービスを拡充させようとしているメーカーはアップルだけではない。

 たとえば中国のシャオミは、スマホを中心に連携する家電製品を数多く投入し、サービスからも稼げるエコシステムを作ることで、世界で五本の指に入るスマホメーカーへと成長してきた。サムスンもGalaxyスマートフォンにおいて独自のアプリストアやヘルスケアアプリなどを展開している。

 ただし、競合するAndroidスマホのメーカーと比べて、アップルには際だった優位点がある。それは「すべての製品が高性能モデル」だということだ。

 コモディティ化したスマートフォン市場では「規模の経済」のメリットが効果的に発揮される。年間出荷数が数百万台にとどまる日本のスマートフォンメーカーと、年間2億台のiPhoneを出荷するアップルでは、仮に同じ性能の製品を作ったとしても、1台あたり製造コストでは大きな差が生じるだろう。年間2億台のiPhoneを製造する能力を持つ、巨大なサプライチェーンこそが、アップルの最大の強みとなっているわけだ。

 出荷数で勝るサムスンやファーウェイと比べても、アップルには優位性がある。両社の販売するスマホの中で、高性能な旗艦モデルの割合は少数に過ぎないが、アップルが販売するiPhoneの大半は高性能なチップセットを搭載した最新モデルだ。つまり、アップルは「最高性能のチップセットを備えた低価格スマートフォン」を実現しやすい立場にあるといえる。そして、その優位性を最大限に生かしたのが、2020年版のiPhone SEというわけだ。

携帯キャリアにとって悩みは「在庫処分」か

 アップルにとってiPhone SEは、新たな戦略のカギとなる機種になるだろう。「高性能なカメラや顔認証は不要だけど、iPhoneを使いたい」というユーザー層にとって、5万円台でも旗艦モデル並み性能なiPhone SEはジャストミートなモデルになるはずだ。

 一方で、アップルの製品を扱う携帯電話キャリアにとって、新たなiPhone SEは悩みのタネになるかもしれない。アップルはこれまで、iPhoneのブランド力を生かして、携帯電話キャリアに積極的な納入を促してきた。

 通常、携帯電話キャリアとそこに製品を納入するスマートフォンメーカーでは、前者の立場が強く、メーカーの提案する製品を携帯キャリアが納入されることになる。その力関係はアップルと携帯キャリアの間では逆転している。

 iPhoneを取り扱う携帯キャリアには、iPhone納入の条件として、携帯キャリアが具体的な販売目標を設定される場合もある。アップルが制作したCMも携帯キャリアの出資により放映され、iPhoneを取り扱う店舗では、展示機を並べ方やiPhone用に確保する売場面積に至るまで指定される場合もある。携帯キャリアはそうした不利な条件を呑んでまでiPhoneを導入し、販売してきた経緯がある。

 そして今回のiPhone SEは、ちょうど「iPhone 8」が在庫処分の時期に差し掛かったところで登場した。しかもこの新製品のアップルによる直販価格は、iPhone 8の携帯キャリア3社による販売価格(6万円前後)よりも低価格に設定されている。

 新型iPhone SEの発売後、性能が大きく劣るiPhone 8の在庫は価格を下げて販売せざるを得なくなるだろう。

 この価格設定を巡る携帯キャリアの苦悩は、すでに公表されているソフトバンクの新型iPhone SEの価格からも推察される。もっとも低価格な64GB版でも税込5万7600円と、Apple直販のSIMフリー版よりを8000円ほど上回る価格設定になっているのだ。若干高めの価格設定にすることで、携帯キャリアの利益も確保しつつ、iPhone 8の在庫を売り抜く戦略を考えているのだろう。