
- 個人情報保護とデータ利活用の両立を支援
- プライバシーデータ領域におけるイネーブラーへ
- 海外で加速するPrivacyTech、スタートアップも存在感
SaaSやFinTech領域で事業を展開するLayerXが、第3の事業として独自のプライバシー保護技術を基に「PrivacyTech(プライバシーテック)」領域へ本格的に進出する。
同社では創業初期からR&Dチームとしてプライバシーやセキュリティに関する研究開発に取り組んでおり、そこで得られた技術や知見を事業化した。
新たにローンチした「Anonify(アノニファイ)」は「差分プライバシー」や「合成データ」、「秘密計算」といったこの領域の先端技術を土台に、LayerXが独自で開発した複数のアルゴリズムを集約したもの。同サービスを通じて、企業のパーソナルデータの利活用をサポートしていく計画だ。
個人情報保護とデータ利活用の両立を支援

位置情報や決済情報、ヘルスケア情報などを始めとしたパーソナルデータを、企業や業界の壁を超えて活用する取り組みが広がってきている。
直近ではJR東日本がSuicaの利用データを個人が特定されないように統計処理をした上で、企業や自治体に販売する取り組みを始めた。企業がビッグデータを社内で使うだけでなく、次のステップとして社外に向けて販売していく流れはさまざまな業界で加速していくことが見込まれる。
そこで論点になるのがプライバシーだ。企業がパーソナルデータを外部に提供していくにあたっては、個人情報保護法などの法規制を遵守するのはもちろん、消費者が安心できるようにプライバシーを十分に保護する仕組みが求められる。
ただLayerX執行役員でPrivacyTech事業責任者の中村龍矢氏によると、現状は「どのような方法を使えばプライバシーを保護できるのか」「どれくらいの量や粒度のデータまで提供して良いのか」といった観点で明確な基準が定められているわけではなく、それが企業がデータの利活用を進める上で高いハードルになってきたという。
LayerXの狙いは創業期から研究開発を進めてきたプライバシー保護技術を用いてこの課題を解決し、企業のデータビジネスを後押ししていくことだ。
「 (自社が保有するデータに関して)社外から引き合いがあったとしても、プライバシーの担保が課題になってなかなか実現できないという企業も少なくありません。企業が(法的な観点での)説明責任や透明性をしっかりと担保した上で、エンドユーザーに心配をかけることなくデータを社外へ提供できるような仕組みを広げていきたいと考えています」(中村氏)
新サービスのAnonifyは、プライバシー保護技術に関する先端技術を土台として、LayerXが独自で開発した複数のアルゴリズムから構成される。このアルゴリズムの中から顧客のニーズや用途に沿ったものを基盤として、顧客のサービス開発に伴走する仕組みだ。

プライバシーデータ領域におけるイネーブラーへ
主な想定顧客は、これからデータを外部に提供する事業を立ち上げる大手企業だ。顧客の視点では、LayerX Anonifyを活用することで自社単体では実現が難しかった新規ビジネスを生み出せる可能性がある。
そのような観点も踏まえ、LayerX代表取締役の福島良典氏は企業のデータ提供やデータ販売を裏側で支える「イネーブラー(他社ビジネスの支援基盤企業)」のような役割を担っていきたいという。
「たとえば(イトーヨーカ堂などが導入するEC立ち上げプラットフォームを手がける)10X社は顧客のネットスーパーの立ち上げをイネーブラーとして支えていますが、
Anonifyはそのプライバシーデータ版のようなイメージです。企業間や産業間を超えてデータの利活用ができるサービスを立ち上げるとなると、プライバシー情報の加工や、データをやり取りする際のチェックなど膨大なコストが発生する。それをものすごく簡単にするサービスという位置付けです」
「ネットスーパーは、大雑把に言えば物理的な店舗でのみ販売されていたものをネットでも売れるようにする仕組みと捉えることができます。これをデータ活用に置き換えると、社内のみでデータが活用されている状態は、いわば物理的なスーパーだけにとどまっているような状況です。そこでAnonifyを活用すると、そのデータを社外にも売れるようになります」(福島氏)
中村氏によると現在はトライアルパートナーとして共同研究フェーズを終えて、本番業務への移行を進めている企業が数社存在するとのこと。プライバシーは一般的に“守り”の印象をもたれることも多いが、Anonifyの取引を始めている企業は「新たなビジネスの実現に向けた“攻め”の投資」と考えているという。

海外で加速するPrivacyTech、スタートアップも存在感
データの利活用や個人情報保護に関する規制の整備が加速していく中で、PrivacyTechは今後さらなる発展が期待される分野だ。
すでにグローバルでは先端技術が社会に実装され始めている。たとえば上述した差分プライバシーは米国の国勢調査やGAFAなどの大手IT企業で実用化が進んでおり、プライバシー保護技術の新たなスタンダードになりつつある。
近年は技術力を強みとしたPrivacyTechスタートアップの存在感も増してきた。差分プライバシーの技術を主に金融領域の顧客向けに提供しているLeapYear(累計で5300万ドル以上を調達)、医療特化で合成データ技術を展開しているMDClone(累計で1億ドル以上を調達)など、大型の調達をするプレーヤーも目立つようになってきた。
日本でも秘密計算エンジンを展開する名古屋大発のAcompanyなど関連するスタートアップが生まれているが、まだまだその数は少ない状況だ。
LayerX自体はもともとブロックチェーン事業を軸に始まった会社ではあるが、同事業を通じて発見した顧客の課題を解決するべく、現在は「ブロックチェーンの会社」から「SaaS、Fintech、PrivacyTechの会社」へと進化を遂げている。
その中でもプライバシーテック事業は「企業間や産業間を超えて情報を流通、共有したい」というニーズに応えるために発足。最先端のプライバシー技術がカギを握ると考え、もともと創業初期から中村氏らがR&Dチームとして研究してきた技術を本格的に事業化するべく、この1年ほどは水面下で準備を進めてきた。
「時間軸としては数年かけて将来の事業の柱に育てていきたい。現時点ではタイミング的に若干早いことは理解しているのですが、一方で米国やイスラエルの会社の動きを見ていると、必ずこの領域は数年後に大きなテーマになると考えています。技術力が軸になる事業なので、その観点では今から始めないと間に合わないとも思うんです」
「来年、再来年という短い期間で売上がバンバン上がるようなことは期待していませんが、5年後から10年後には他の事業よりも大きくなっている可能性もある。そのような考えのもと、この事業に取り組んでいきます」(福島氏)