ヌーラボ代表取締役の橋本正徳氏
ヌーラボ代表取締役の橋本正徳氏
  • 「収入を上げたい」という思いが起業の原点
  • コミュニティから生まれ、コミュニティで伸ばしてきたヌーラボ
  • 「スタートアップ都市ふくおか宣言」から10年の節目を迎えた、福岡のスタートアップ・エコシステムの変遷

起業や資金調達、ベンチャーキャピタルといった単語が盛んに飛び交うようになる前、いわば“スタートアップ夜明け前”とも言える2004年──「ソフトウェアはアートだ」というコンセプトを掲げ、福岡で立ち上がった会社がヌーラボだ。

プロジェクト管理ツール「Backlog(バックログ)」や、オンライン作図・共有サービス「Cacoo(カクー)」、ビジネスチャットツール「Typetalk(タイプトーク)」を展開する同社は創業から約18年を経て、6月28日に東証グロース市場に上場した。

ベンチャー企業の創業5年後の生存率は15%、10年後は6.3%、20年後はわずか0.3%とも言われている中、18年間、着実に成長を遂げてきたヌーラボ。代表サービスであるBacklogの有料契約者数は102万件を突破している。この十数年の間でさまざまなコラボレーションツールが登場する中、ヌーラボはどのように成長を遂げてきたのか。上場に際し、代表取締役の橋本正徳氏にこれまでの歩みについて振り返ってもらった。

「収入を上げたい」という思いが起業の原点

──2004年の創業から18年が経ちました。

自分が起業した時代と比べると、起業環境は変わりましたね。それこそ、2004年当時は株式会社の設立には1000万円以上の資本金が必要かつ、役員として3人以上の取締役、1人の監査役が必要など起業のハードルはすごく高かった。

そのため、資本金300万円以上、役員も1人の取締役で設立可能な「有限会社」という制度があったんです。ただ、今の若い人たちは有限会社があったこと自体も知らないんじゃないですかね(笑)。その時代と比較すると、会社設立のハードルも低くなり、資金も集めやすくなったなと思います。

また、自分はエンジニアでもあるのですが、エンジニアを取り巻く環境も大きく変わりました。今でこそ“超売り手市場”ですが、2004年当時は真逆の“超買い手市場”。その必要性が世の中にあまり理解されていなかったんです。エンジニア不足が叫ばれる今とは違い、当時はエンジニアの地位もそこまで高くありませんでした。

──そうした状況の中、なぜ起業しようと思ったのでしょうか。

端的に言うと「収入を上げること」が目的でした。先ほども言ったとおり、当時は社会全体でエンジニアの必要性があまり理解されていなかったこともあり、給与水準もそこまで高くなく、年収400万円に届かないくらいでした。また、今と違って副業・兼業といったものもない。今よりも収入を上げるためには独立するしかないな、と思ったんです。

当時、2人目の子どもが産まれたこともあり、「とにかく収入を上げなければ」と必死でしたね。個人的にはフリーランスの延長線上に起業があったという感じだったので、世間がイメージする起業家とは少し違うのかもしれません。特に大志もなかったので。

──これまでを振り返ってみて、ヌーラボのターニングポイントとなったのはいつですか。

起業してから18年間でターニングポイントは3つあったかなと思います。まず最初が起業から3年くらいのタイミングです。それまでは「明日の入金、明日の入金……」という感じで、目の前のことに必死で先のことを考える余裕すらもありませんでした。3年が経ったくらいで落ち着き始めたので、そのときに初めて会社が何のためにあるのか、会社をどうしていくべきかという「未来」のことについて考え始めたんです。

当時手がけていた受託開発の事業や開発中だったBacklogのプロダクトの性質を踏まえた上で、自分たちがやりたいのはコラボレーションだと思い、そこで「ヌーラボは『チームで働くすべての人に』をコンセプトに、チームのコラボレーションを促進し、仕事が楽しくなるようなサービスを開発していく会社である」という方向性が決まりました。

その次のターニングポイントは2013年ですね。それまでは受託開発と自社プロダクト・Backlogの開発という“二足のわらじ”を履いている状態だったのですが、2013年に受託開発の事業を完全にストップし、自社プロダクトの開発に専念することを決めました。そこから今のヌーラボがスタートしたな、と思っています。

最後が2017年に1億円の資金調達を実施したときですね。ユーザー規模を拡大していくためにヌーラボ自体がもっと変わっていかなければいけないと思っていたタイミングでした。資金調達をしたことで、その覚悟も決まりましたし、そこから上場も意識し始めました。

コミュニティから生まれ、コミュニティで伸ばしてきたヌーラボ

──Backlogを筆頭に、ヌーラボはユーザー規模を着実に拡大させ、成長を遂げていった印象です。振り返ってみて、成長の鍵となったものは何だったのでしょうか。

コミュニティ──この一言に尽きますね。もともとヌーラボ自体も、Java言語の勉強会などを行うプログラミング言語のコミュニティ「Mobster(モブスター)」の仲間たちと一緒に立ち上げました。2005年6月にBacklogのベータ版をリリースしたときも、周りのエンジニアコミュニティに「こういうツールをリリースしたんだけど、どう?」という感じで見てもらったり、使ってもらったりすることで、サービスを改善していきました。

そして、Backlogのユーザー規模が拡大してくると、「JBUG(ジェイバグ)」というBacklogユーザーのコミュニティが生まれ、そのコミュニティがユーザーを増やしていくきっかけにもなってくれています。そういう意味では、ヌーラボ自体も会社というよりかはコミュニティのような集まりですし、サービスもコミュニティの力を使って伸ばしていくことができた。これまでコミュニティに支えられてきたな、という感じですね。

──橋本さんの感覚的に想定どおりのスピードで成長することができましたか。

想定していたよりも時間はかかっていますね。それこそ、17歳か18歳のときに自分の人生のストーリーをノートに書いているんですけど、そこには「40歳のときにリタイアする」という予定が書いてあるんです。46歳になった今、会社が上場し、これからもっともっと頑張らないといけない状況になっているので、それを踏まえると想定どおりではないですね。

ただ、急がば回れじゃないですけど、急速に成長すればいいという話でもないと思いますし、結果的には良かったのかなと思います。

──この十数年間でコラボレーションツールの数もかなり増えた印象です。

すごく増えたと思います。自分たちがBacklogをリリースした頃は、社内にサーバーや通信回線、システムを構築し、自社で運用を行う「オンプレミス型」が一般的で、「クラウドはなんとなく怖い」と思われていたのですが、少しずつクラウドが世の中に受け入れられるようになり、それに合わせてプレーヤーの数も増えた印象です。

正直、新しいツールが登場する度にちょっとした恐怖心を抱えていました。やっぱり新しい方が華がありますし、何かと話題になるじゃないですか。それこそ昔は「話題が大きい方がいいんじゃないか」と思っていたこともあるのですが、話題になったとしても、サービスの質が良くなければ話題にもならなくなってしまう。

それを踏まえると、話題にしてもらうことが正しい戦略ではないなと思いました。だからこそ、ヌーラボは顧客視点を何より重視し、彼らの声をもとに一緒になって開発を進めています。その結果として、ヌーラボのサービス自体も伸びているので、戦い方は決して間違っていないんだなと思います。

──今後のコラボレーションツールの市場をどう見ていますか。

競合ツールを比べてみても、圧倒的な違いはないと思っています。だからこそ、今後3〜5年の間に従来のコラボレーションツールのあり方を変えるようなアップデートが起きるのではないかと思っているので、変化に対するアンテナはきちんと張っておきたいと思います。

「スタートアップ都市ふくおか宣言」から10年の節目を迎えた、福岡のスタートアップ・エコシステムの変遷

──ヌーラボは福岡市発のスタートアップでもあります。福岡は2012年の「スタートアップ都市ふくおか宣言」の発表から10年の節目を迎えました。橋本さんは、福岡のスタートアップ・エコシステムの変遷については、どのように捉えていますか。

この10年で起業のハードルもグッと下がりましたし、「福岡のスタートアップです」というだけでそれなりに注目してもらえるようになった。ゼロからイチを生み出していくための土壌はかなり整っているのではないかと思います。

その一方で課題もあります。それが採用です。組織の規模がある一定レベルまで達し、コーポレート系の人材を採用しようと思っても、そもそも人材がいない。例えば、CFO(最高財務責任者)の採用難易度はかなり高いと思います。IPOを経験したことがある人が福岡にはいないので、採用まわりはまだまだ課題が多い印象です。

そういう意味では、ヌーラボが上場したことで経験者として相談に乗ることができるようになりました。また、バックオフィスの人たちも参考になる記事のURLを送るといった形式的なアドバイスだけでなく、実体験をもとにアドバイスができるようになった。IPOを目指す福岡のスタートアップに対して、貢献できるようになったのかなと思います。

──橋本さんは今後、ヌーラボをどうしていきたいと考えていますか。

ヌーラボはチームのコラボレーションを促進し、仕事が楽しくなることに対して貢献をしていきたいと思っています。BacklogやCacoo、Typetalkといったサービスが仕事を楽しくする燃料となり、もっと多くの人に使ってもらえるようにしていきたいですね。

また、最近はDAO(分散型自律組織)といった考え方が注目を集めているように、働き方はまだまだ大きく変わっていく可能性がある。

AIやブロックチェーン、VR・ARといったテクノロジーは働き方にも関わってくるものだと思うので、そうしたテクノロジーの動向もきちんと確認しながら、時代の変化に合わせてサービスの機能や内容も変えていけなかれば、と思っています。