
- 家庭用ゲーム機と比べて“おいしい”
- PCソフトビジネスの利益率
- Steam版『モンスターハンターライズ』発売から、わずか5カ月半で超大型有料DLCを配信
- コンビニに置かれたDLカードが、ソフトの発売をPRする
2021年10月、カプコンの辻本春弘社長は日本経済新聞の取材に対して自社のソフト展開を「パソコン(PC)向けをメインにする」と発表した。その宣言どおり、最近のカプコンは新作ゲームソフトを家庭用ゲーム機向けだけでなく、PC(Steam)向けにも展開するようになった。6月30日に発売したばかりの、2022年の最注力タイトル『モンスターハンターライズ:サンブレイク(以下、サンブレイク)』も、例外ではない。
5月に発表されたカプコンの2022年3月期の業績発表によると、PC版(Steam)の売上高は対前期比で62.5%増の172億2100万円へ急成長した。これは同社の任天堂ハード向けソフトの売上高(おそらく、ニンテンドーeショップ経由の売上高)である122億5000万円を超える結果となった。本数ベースでの比較でも、同社が販売する全ソフト本数の30%以上がSteam経由の販売となった。こうした影響で、2022年3月期の結果は増収増益(売上高16.2%増、営業利益22.5%増)を達成したほか、2023年3月期もさらなる増収増益を達成する見込みだという。
家庭用ゲーム機と比べて“おいしい”
PCソフトビジネスの利益率
カプコンが増収増益となった最大の要因は、Steam版ゲームソフトの増収増益によるもの。PC版ゲームソフトはNintendo SwitchやPlayStation 4/5のような家庭用ゲーム機向けのゲームソフトビジネスと較べて、利益率が高いのが特徴。
しかも現在の開発ツールは、作ったゲームをNintendo SwitchやPS4、Xbox、Steamなど複数のハード向けに出力できる機能を備えているため、制作費の増加は微々たるもの。詳細は本サイトの過去記事に詳しいが、まとめると以下の5つに集約される。
1.任天堂やソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)など、ハードウェアメーカーへ支払うロイヤリティがない
2.ダウンロード販売のみなので、パッケージ商品の在庫リスクがない
3.流通や販売店に支払っていたマージンを抑えられる(Steam運営への手数料のみ)
4.品切れがないためチャンスロスがなく、新作以外でもロングテールでの販売が見込める
5.家庭用ゲーム機が普及していない国(韓国など)でも販売できる
このように、一見するとメリットしかないSteamだが、当然デメリットもある。Steamは配信される新作ゲームソフトの本数が1日10本程度と多いために、知名度がないタイトルは簡単に埋もれてしまう。このデメリットを克服するためにできることは唯一、知名度を上げるためのPRしかない。
Steam版『モンスターハンターライズ』発売から、わずか5カ月半で超大型有料DLCを配信
さて、ここでモンスターハンターライズの大型有料ダウンロードコンテンツ(DLC)であるサンブレイクの内容に目を向けてみよう。元となったソフト、モンスターハンターライズは2021年3月にNintendo Switch専用ソフトとして発売から1年3カ月。ようやくの大型アップデートとなった。しかも、今回はSteam版のサンブレイクも同時に発売する。
Steam版モンスターハンターライズの発売は、Nintendo Switch版ソフト発売から9カ月後の2022年1月。それからわずか5カ月半で、大型有料DLCが発売されたことになる。これは通常のゲームソフト販売サイクルから考えると明らかに短いが、Nintendo Switch版とSteam版のサンブレイクを同時発売することに、カプコン側が強くこだわったというのが著者の見解だ。
Steamでソフトを販売するためのデメリットを解消するには、「知名度を上げるためのPRしかない」と上述した。Steam版サンブレイクをNintendo Switch版と同時に発売できれば、Nintendo Switch版のプロモーションをすることでSteam版のプロモーションにもなるため、その費用対効果も大きく上昇する。さらに「高解像度・高画質・高フレームレート(滑らかに動く)」なSteam版ソフト至上主義のユーザー層にもアピールでき、新規客層の獲得も期待できる。
サンブレイクはまさに、辻本社長が語ったソフト戦略「パソコン(PC)向けをメインにする」実現に向けて、大きく加速するターニングポイントとなったのである。
コンビニに置かれたDLカードが、ソフトの発売をPRする
サンブレイクは有料DLCなので販売方法の中心はマイニンテンドーストアでのクレジットカード決済で、パッケージ版ソフトはモンスターハンターライズとのセット販売のみとなる。このため、残念ながらサンブレイクの販売本数はライズ本体を超えることはない。
また、クレジットカードを持っていないユーザー層に向けての決済手段として、ダウンロードカードの販売が行われている。これはApple Gift CardやGoogle Play ギフトカード、Amazonギフト券などと同様に、コンビニエンスストアや家電量販店、ゲーム販売店などで販売されるプリペイドカードのこと。
ダウンロードカードは『ポケモン』をはじめとするメジャータイトルではタイトルごとの専用カードが発売されるようになっているが、サンブレイクも例外ではない。大型DLCの料金(4990円)のほか、ゲーム内で使える衣装やポーズなどのDLCセット「デラックスキット」(1500円)。さらに、Steam版サンブレイク(4990円)も同時発売となった。
有料DLCのようなダウンロード専売ソフトはパッケージが作られないため、店頭に並べられたパッケージで発売を知らせるという告知方法が使えない。しかしダウンロードカードがセブン-イレブンやローソンなどのコンビニに並べば、その告知効果は計り知れない。
コンビニ店舗側も販売スペースをほとんど取らないダウンロードカードは邪魔な存在ではない。しかもレジを通した瞬間にアクティベーション(有効化)されるタイプのデジタル金券なので、不良在庫化するリスクもない。それでいて売れればコンビニの売上高に貢献してくれる高額商品なので、メーカー側も販売店側もWin-Winな関係になっている。

サンブレイク発売後、Nintendo Switch用ソフトの発売予定を見てみると、9月9日に控えている『スプラトゥーン3』と、11月18日に発売する『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』以外は、同格のメガヒットタイトルは見当たらない。サンブレイクの無料アップデートは秋と冬、2023年の最低3回は行われる予告がされており、2022年下半期のゲームに関する話題は、サンブレイクの話題であふれそうだ。
カプコンが進めている、Stem版に軸足を移していく新戦略は今後、世界中のソフトメーカーが次々と追従していくモデルケースとなっていくに違いない。