
- toC向けのサービスで培った技術を法人に提供、東京ゲームショウでも導入
- 約10億円の調達で新たなVRプラットフォームの開発へ
企業のメタバースの活用が加速している。新型コロナウイルスの影響でオフラインのイベントや展示会の開催が難しくなったこともあり、ここ数年でバーチャル空間を用いた取り組みが広がった。直近でも小学館がメタバース領域への本格参入を発表するなど、IT系の企業に限らず幅広い業界でメタバースへの注目度が高まっている状況だ。
このようなトレンドはスタートアップにとって大きなビジネスチャンスになり得る。
2018年設立のambr(アンバー)はもともと自社でコンシューマー向けのVRSNS(バーチャルSNS)を運営していたが、コロナ禍で数十社からメタバースの活用に関する相談を受けたことを機に方向性を転換。自社サービスで培った基盤技術やノウハウを活かし、“メタバースクリエイティブスタジオ”として企業をサポートすることで事業を成長させてきた。
ambrでは今後より多くの企業のバーチャルプロジェクトをサポートするべく、自社で新たなVRプラットフォームを開発する計画。そのための資金として電通グループ、SBIインベストメント、インテージホールディングス、東急不動産ホールディングス、ANRIを割当先とする第三者割当増資により総額10.2億円を調達した。
toC向けのサービスで培った技術を法人に提供、東京ゲームショウでも導入
同社が開発するメタバース基盤「xambr(クロスアンバー)」は、企業がバーチャル空間やメタバースを構築する際に必要となる基本的な機能を取り揃えたシステムだ。
「マルチプレイ×アバター」という切り口を軸に、複数人のユーザーが同時にコミュニケーションするための機能やアバターの制御機能、VRデバイスやPCなど多様なデバイスから同じ空間にアクセスするための機能などを搭載。このシステムを基盤としながらプロジェクトごとにカスタマイズを加えていくことで、毎回ゼロからバーチャルサービスを開発するよりもコストの削減や開発期間の短縮が見込める。

ambr代表取締役CEOの西村拓也氏によると、自社でVRSNS「仮想世界ambr」を開発してきた経験が同社の大きな強みだ。xambr自体がambrの裏側のシステムを企業向けに改良したものであり、toC向けのSNSを作ってきた経験はさまざまな企業のバーチャル空間を設計する上でも活かされているという。
「バーチャル空間を設計する上では(バーチャル空間ならではの)面白さやユーザー体験が重要だと考えています。バーチャル空間を活用する事例は増えてきていますが、単にバーチャルにするだけではユーザーに何回も遊んでもらったり、長く使い続けてもらうのは難しい。その点、自分たちは試行錯誤しながらVRSNSを運営してきた経験があります。その経験を踏まえて開発だけでなく、企画段階から一連の体験の設計に伴走できるのが強みです」(西村氏)
xambrを活用したプロジェクトの第一弾としては、東京ゲームショウ初のVR会場となる「TOKYO GAME SHOW VR 2021」の設計や開発を手がけた。

“東京ゲームショウがゲームになる”をコンセプトに開発した同サービスは、アバターを介してバーチャル空間を歩き回りながら、出展企業のブースで最新ゲームの情報やゲームのキャラクターと出会えるというもの。80を超える「つながりのカケラ」を収集するといったゲーム要素も取り入れた。
TOKYO GAME SHOW VR 2021には4日間の開催期間内に延べ21万人以上が来場し、平均滞在時間は約27分だったという。VR比率も高く、来場者の66.7%はVRデバイスを通じて同イベントを楽しんだそうだ。
現在はxambrを用いて各企業ごとに個別のアプリを作成しているため、何らかのプラットフォームを活用する場合と比べて取得したバーチャルアイテムなどの使い道が限られるといった側面はある。その一方でプラットフォームなどの制約を受けず、アプリの起動時から終了時まですべての体験をコントロールできるのが特徴だ。
「(TOKYO GAME SHOWの場合も)アプリの起動画面やその後の設計も独自の世界観を反映した演出に拘りました。また面倒なアカウント登録をなくし、ユーザー名を入れたらすぐに始められるようにすることで、離脱する可能性を下げています」(西村氏)
第二弾として企画開発を担当した人気トレーディング・カードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」のバーチャル・アート展では来場者の平均滞在時間が数時間にのぼり、西村氏も「改良点はあるものの、(企業側にとってだけではなく)ユーザーにとっても良いものが作れている」と手応えを口にする。

約10億円の調達で新たなVRプラットフォームの開発へ
ambrは2018年の設立。西村氏は「『VRChat』などのVRサービスを通じて、アバターを介して海外のユーザーとコミュニケーションが楽しめる体験に衝撃を受けたこと」がこの領域で事業を立ち上げるきっかけになったと話す。
もともとエンタメコンテンツそのものや、新しい技術を活用したものづくりに関心があり、前職ではVtuber関連の事業を手がけるエンタメテック系のスタートアップで取締役も務めた。VRの領域においてはまだ正解がないこともあり、今から挑戦すれば新しい表現やサービスを作れるチャンスがあると考え、起業することを決めた。
冒頭で触れた通り、最初に開発したのはtoC向けのバーチャルSNS。映画『サマーウォーズ』に出てくる仮想世界「OZ」のような世界観の実現を目指したサービスだった。

同サービスは日本人のVRユーザー数千人に使ってもらえたものの、本格的な事業化のためには大規模な資金調達が必要になる。2020年に入って映画館や百貨店、不動産、観光など数十社からメタバース事業の相談を受けたことを1つのきっかけに、まずは法人向けのサービスを展開しながら事業を拡大していく道を選んだ。
今後の課題は開発効率のさらなる向上だ。xambrという基盤技術を有しているとはいえ、大規模なプロジェクトが中心ということもあって開発には時間がかかる。現時点では「年間に数本しか開発ができない状況」(西村氏)だ。
その打開策として、ambrでは今回の資金調達を踏まえて新たなVRプラットフォームの開発に力を入れる。西村氏の話では、同プラットフォーム上にさまざまな企業のバーチャル空間やバーチャルイベントを構築していくような構想。これによってよりスムーズに各プロジェクトを推進できる仕組みを整え、さまざまな企業がバーチャル空間やメタバースを活用できるようにしていきたいという。