
- プリカとアプリの組み合わせで“お金のよい習慣”を身に付ける
- メルペイで得た経験を“子どもたちの未来の可能性を最大化する”プロダクトへ投入
- 子どもに対する親の悩みをシャトルペイでフォロー
- 親アプリにどこまで子どもの情報を開示するかで議論が紛糾
- 海外ではユニコーンも登場、プリカ×アプリによる金融教育市場
- 5.5億円調達で機能拡張、将来は投資・クレカ・銀行領域も狙う
キャッシュレス決済の利用が堅調に増加している。経済産業省の算出によれば2021年、日本のキャッシュレス決済比率は2010年の公表以来、初めて30%を超えて32.5%となった。
サービスの普及を受け、子どもたちがSuicaやPASMOなどの交通系ICカード決済やスマートフォンのバーコード決済を利用する場面も増えてきた。ただし子どもに使いやすく特化していて、安心して親が持たせられるサービスは、日本ではまだまだ少ない。
一方、2022年度からは高校の新しい学習指導要領で「金融教育」が拡充されている。金融庁も小学生に人気の教材「うんこドリル」と連携した金融教育コンテンツを提供。4月から無料で「うんこお金ドリル」の冊子配布を開始したところ、注文殺到で一時受付を中止するほどの引き合いがあり、子どもの金融教育への関心の度合いがうかがえる。
こうした状況の中、アプリとプリペイドカードの組み合わせにより、子どもの金融教育とキャッシュレスでの決済手段を両方まかなおうというプロダクトが登場した。7月6日に正式ローンチした「シャトルペイ」だ。
同サービスを提供するシャトル代表取締役の見原思郎氏は、メルペイで複数部門の統括マネジャーを務めた人物。「子どもたちがやりたいことを見つけるのに遠回りせず、早くから好きなことを見つけてほしい」「子どもに投資がされて、希望あふれる日本であってほしい」との思いから、プロダクトを立ち上げたと語る。
プリカとアプリの組み合わせで“お金のよい習慣”を身に付ける
シャトルペイは、子ども専用のプリペイドカードと親子それぞれが使えるアプリとを組み合わせ、子どものおこづかい管理を通して、親子で“お金のよい習慣”を身に付けようというサービスだ。
アプリ経由でプリペイドカードを申し込むと、子どもは届いたカードを使ってMastercard加盟店で支払いが可能。加盟店であれば、リアル店舗でもECショップでも利用することができる。
シャトルペイの主な機能は以下のとおりだ。

シャトルペイを利用することで、親は子どもの買い物や貯金の履歴を通して、日常の様子を知ることができる。

子どもはおこづかい帳などの機能により、お金の使い方を振り返り、欲しいものなどの目標をもって計画的に貯蓄する習慣を身に付けることができる。

また親の“キャッシュレス化”が進む中、アプリを通じたリアルタイムでの送金や、定期的な送金機能はベータ版ユーザーにも喜ばれているという。
「共働き家庭の残業の日の食事代や、衣服、部活の出費など、決まった小遣いだけでなく突発的にお金が必要なケースも多く、親は子どものためだけにATMに行かなくてはならないことが増えています。シャトルペイならいつでも無料で送金ができ、ATMに行かずに済むようになったという声も聞いています。また、曜日指定で自動的に決まった金額を送金する機能もあるので、塾の日の食事代を渡すことを忘れるということもなくなります」(見原氏)

料金は当面、利用開始からの5カ月間を無料とし、以降は480円の月額費用がかかる。
メルペイで得た経験を“子どもたちの未来の可能性を最大化する”プロダクトへ投入
シャトルは、2019年10月の設立。シャトルペイのベータ版をステルスでローンチしたのは2022年1月のことだ。フィンテックプロダクトとしての法的整理やクレジットカード会社などとの提携といった準備に2年ほどかかった。
代表の見原氏は、前職のメルペイでは決済基盤や顧客・加盟店管理、本人確認・アンチマネーロンダリングなどのIDまわりを幅広く担当していた。メルペイの前に所属していたコネヒトでは、妊娠・出産・育児情報サービス「ママリ」の課金事業の立ち上げにKDDIとともに携わっている。
見原氏にとって、シャトルは2度目の起業となる。20代半ばに起業したがうまくいかず、その後も再チャレンジを狙っていたものの、気づけば40代に差しかかっていたという見原氏。2人の子どもを得て「好きなものにワクワクと取り組んで、世界を照らすような人になってほしい」との思いを込めて名前を付けた。そこで自身を振り返って「自分は全然好きなことにワクワク取り組めていない。子どもたちに背中を見せる意味でも、人生をかけて取り組めることに向き合わなければ」と気づかされたという。
その見原氏が、人生をかけて取り組めることとして選んだのが「未来を担う若い世代の人たちの可能性を最大化できること」だった。
「今、日本では、高齢化もあって子どもに投資できる環境にありません。何とかしないと日本が右肩下がりになっていく。ママリではユーザーから『日常の不便を実際に解決できて助かった』という声をいただく体験があり、すごく嬉しかった。前職のメルペイで得た経験と『子どもたちの未来の可能性を最大化する』ことを掛け合わせて、誰かの役に立てることをやりたいと考え、情熱を傾けられる事業としてシャトルペイを選択しました」(見原氏)
子どもに対する親の悩みをシャトルペイでフォロー
プリペイド型決済ではSuicaやPASMOなどの交通系ICカードの方が、移動などのシーンにも対応でき、自動販売機なども含めた加盟店も多いことから使い勝手が良さそうにも思える。これらのICカードや現金と、シャトルペイとの大きな違いは何か。
見原氏は「リアルタイム送金が可能なこと」と「アプリ連動で実現できるUX」を特徴として挙げる。

シャトルペイのユーザーインタビューによれば、親の悩みは「習い事なども含めた子どもの教育」「子どもとのコミュニケーション」「友達付き合いやいじめなど子どもの安全」の大きく3つに分けられる。見原氏はシャトルペイが、こうした悩みをフォローできるのではないかと考えている。
「親は子どもの安全や様子が知りたいだけで、監視したいわけではないが安心したい。お金の使われた履歴や、貯金の目標で子どもがやりたいことを知れば、親は子どもに声をかけるきっかけができます。中高生になって子どもが急に親離れしたり、部活や仕事でお互いが忙しかったりするときに、シャトルペイの履歴を見れば、短い時間でも会話の糸口がつかめるでしょう」
「また、計画的にお金を使えるようになるためには、小遣い帳の機能も役立ちます。紙に書く小遣い帳では、毎回の記録と毎月の集計が大変で続かないことも多い。小遣い帳は記録よりも振り返りに意味があります。シャトルペイではプリペイドカードを使うと自動的に記録ができて、毎回の出費の振り返りができ、後でまとめて見直せるようにもなっています」(見原氏)
親アプリにどこまで子どもの情報を開示するかで議論が紛糾
キャッシュレス決済へ移行し、現金でのやり取りがなくなることで、子どもたちが「お金を使っている感覚」「お金が減っていく感覚」を失っているのではないか、という話を耳にすることもある。見原氏はこれに対し、次のように説明する。
「1つひとつの買い物を振り返って、自分にとって好きなものや大事なものにお金を使うこと、ワクワクする使い方とは何かを振り返れるかどうかが、子どもにとっては大きな一歩。そのために出費の振り返りができる機能があります。次の段として貯金がある。『夏に欲しいゲームソフトが発売されるけれども今は手持ちのお金が1000円であと4000円足りない』となったときに、あと何カ月、毎月いくらずつ貯めていくかといった計画性を子どもが持つためのサポートが、このアプリでできるのではないかと考えています」(見原氏)
高校の授業で資産形成にも触れるようになったとはいえ、金融教育に割ける時間はそれほど多くない。「授業で得られるのは知識ですが、より大事なのはお金のよい習慣を身に付けること。これは実際の使い方や家庭内での会話で培うところです。シャトルペイはその部分をサポートできます」と見原氏は語る。
シャトルのチームが、プロダクトのあり方で議論が紛糾したポイントがある。「親が子どもを主として考えるためのプロダクト設計とは何か」という点だ。「子どもの自立を主として考えたとき、UXとして親にどこまで情報を見せ、コントロールを渡していいのかという点については、チームでもよく話し合っています」と見原氏はいう。
シャトルペイは、親が子どものお金の使い方を極端に縛ったり叱ったりするきっかけになるのではなく、子どもが伸び伸びと自律的にお金を使えるようになることをサポートするという思想をもってつくられている。もちろん、紛失時や不正利用時には親アプリからカードの利用を停止できるが、監視というよりは見守りやサポートを主な目的としている。
そこでプロダクトデザインにおいては、どこで何を買ったかなど、親が監視や管理をしたくなりそうな機能をあえて目に触れにくい奥の方へ入れてしまうか、あるいは出さないか、といった部分で議論が重ねられた。貯金の目標設定でも、子どもが設定した目標の名称を親アプリで見せるか見せないかでチームが紛糾。結局、ユーザーへの個別インタビューの結果を踏まえ、親が子どもの貯金のゴールを知っていることで共感が増す作用の方が大きいと判断して、表示することに決定したそうだ。
海外ではユニコーンも登場、プリカ×アプリによる金融教育市場
海外でもキャッシュレス決済の比率が高まるにつれ、プリペイドカードとアプリを軸にした、子どもの買い物見守りと金融教育の機能を提供するサービスが現れ、大きく成長している。
2012年設立、2015年にサービスを開始したイギリス発の「goHenry(ゴーヘンリー)」は、2021年11月現在、親子の合計で200万人を超えるユーザーを獲得。2014年設立で2017年にサービスをリリースした米「Greenlignt(グリーンライト)」は、2021年4月のシリーズDラウンド調達時点で評価額23億ドル(約2500億円・当時)のユニコーン企業である。そのほかオーストラリア発の「Spriggy(スプリギー)」やフランス拠点の「Pixpay(ピクスペイ)」なども、同様のサービスを提供している。
Greenlightでは、隣接市場へのサービス展開として親へのクレジットカード提供も始まっている。文脈としては「子どもの将来のために家計全体でお金を賢くやりくりする」という内容だ。ユーザーが買い物をすると最大で3%のポイントがたまり、ためたポイントを自動で子どもの将来のために運用することも可能となっている。
日本では、子ども向け金融教育サービス「manimo(マニモ)」の正式ローンチを今夏予定するMEME(ミーム)が、2月にGMOあおぞらネット銀行との業務提携を発表している。また三井住友銀行が2020年3月からサービスインした「かぞくのおさいふ」にも、家族それぞれにプリペイドカードを発行してアプリで見守りができる機能がある。
見原氏はmanimoを「商品カテゴリーが同じ競合」と捉えているが、「大きな違いは銀行口座との連携」だと説明する。シャトルペイはMastercardブランドのプリペイドカードのため、子どもの本人確認不要で使い始められるが、manimoではデビットカードを発行することになるので、親子ともに銀行口座の開設が必要となり、子どもも本人確認が必要となる。
また、三井住友銀行のかぞくのおさいふについては、発行手数料やアプリの利用料金は無料だが、「広く家族のお金のやり取りを便利にするという設計思想で、特別に子どもにフォーカスしたプロダクトではない」と見原氏は認識しているようだ。
いずれにせよ「海外でも同じカテゴリーで複数のプレーヤーが出て、それぞれが頑張ることでカテゴリーを盛り上げている」と見原氏。「ひと口に親子向けのサービスと言っても、さまざまな方向性があって、それぞれがターゲットとなる顧客に便利な機能を提供していって、市場を広げていけばよいと考えています」と話している。
5.5億円調達で機能拡張、将来は投資・クレカ・銀行領域も狙う
よりよい顧客体験をつくろうと考えたときに、最初のビジネススキームをどうするかについては、見原氏らにも悩みはあったらしい。
「いきなり自らカード会社となってプリペイドカードを発行するという方法もありました。『Kyash』や『バンドルカード』、『B/43』といったサービスが採用している方法です。ただそうすると、プロダクト以外の部分、法律観点で資金決済法に基づいたライセンスを取るための体制整備や監視の仕組みなどに、プロダクトをつくる人の頭の半分がどうしても持って行かれてしまうんですよね。メルペイでの経験からもそれが分かっていたので、あえて提携カードという方式を採用して、ライセンスの部分はカード会社に借りるというかたちを取りました」(見原氏)
ベータ版および正式版のスタート時点でシャトルペイは、Mastercard(ブランド)と三菱UFJニコス(イシュア:カード発行会社)、共同印刷のグループ会社・TOMOWELL Payment Service(プロセッサー:決済代行業者。カード情報のAPI取得システム等を提供)の3社と提携。これにより、立ち上げ時は社員2名でサービス提供を実現したという。
シャトルは正式版リリースと同時に、シードラウンドで総額約5.5億円の資金調達を実施したことも明らかにしている。第三者割当増資の引受先は、ジェネシア・ベンチャーズ、Spiral Capital、NOW、個人投資家ら。調達資金はサービス開発とマーケティングに充てる。
直近では半年ほどで、子どもがお金を使う・ためる機能の拡張を予定している。具体的には1日ごとの利用可能額の設定や、複数の子どものカード発行と複数の親が見守りを行える機能の追加、また貯金まわりの機能では、親が子どもが頑張ってためた金額に対して、親払いで利息を付けることのできる機能などが想定されている。
また見原氏は、親子向けプリペイドカードの市場を700億円と見ているが、さらに隣接市場として、証券による投資領域やクレジットカード、銀行口座(機能)の提供も目指したい考えだ。
投資領域では子どもが投資の体験をできるプランや、親が教育資金の貯蓄ができるような機能拡張を検討していると見原氏はいう。クレジットカードについては、シャトルペイのサービスから卒業した子どもたちの「初めてのクレジットカード」として選択される位置づけを狙う。Greenlightのような親へのクレジットカード提供も考えたいという。
銀行機能については、既存銀行との提携によるチャレンジャーバンクの立ち上げなどのかたちで実現できるよう、将来的に準備していきたい、と見原氏は語っていた。