
- 「粘って、こすって、かたちにした」音声プラットフォーム
- 「エンタメ」でなく「学び」の音声プラットフォームへ
音声プラットフォーム「Voicy」を運営するVoicyが、総額27.3億円の資金調達を実施した。調達は第三者割当増資で行っており、引受先は以下のとおり。同社の累計調達額は36億円となる。バリュエーション(時価総額)は公開していないが、関係者などによると、100億円超になるという。
既存投資家
・グローバル・ブレイン
・電通ベンチャーズ
・千葉道場ファンド
・西野亮廣氏
・田端信太郎氏
新規投資家
・SKIYAKI
・阪大ベンチャーNVCC1号投資事業有限責任組合
・PR TIMES
・まぐまぐ
・みずほ成長支援第4号投資事業有限責任組合
・伊藤羊一氏
・中島聡氏
その他、海外投資家1社・個人投資家14人(いずれも非公開)
Voicyは、音声コンテンツの配信や聴取ができるプラットフォームだ。応募を通過したユーザーがパーソナリティとなり「チャンネル」を持って音声コンテンツを配信したり、その視聴をしたりできる。会員数は前年比2倍の約150万人で、チャンネル数は1600件に上る。
企業との連携も活発だ。社内向けに限定して発信するための「社内報」機能の提供のほか、オウンドメディアとしての配信、スポンサーやタイアップなどを含めて、174社との取引があるという(内訳は非公開)。
また、コンテンツへの課金機能である「プレミアムリスナー」も実装。課金やスポンサードなどを合わせて、月間で900万円以上の収益を上げるパーソナリティも複数生まれているという。また聴取維持率(コンテンツを最後まで聴取する率)も平均80%以上と高いのが特徴だ。
音声に関わるサービスと言えば、2021年に爆発的にブームとなり、その直後に下火になった「Clubhouse」の記憶も新しい。だがVoicyはそれとは異なる成長を見せていると、代表取締役CEOの緒方憲太郎氏は語る。同社のこれまでと、これからについて緒方氏に聞いた。
「粘って、こすって、かたちにした」音声プラットフォーム
「株主の皆さんに、『いろんな起業家を見てきたから、ここまで粘って、こすって、かたちにするとは思わなかった』と言われました」──緒方氏の取材はこんな言葉から始まった。
Voicyは2016年2月の設立。代表取締役CEOの緒方憲太郎氏は公認会計士として新日本監査法人に入社し、トーマツベンチャーサポートで起業家支援を行ったのちに自ら起業を選んだ。だが創業当時の日本では、ポッドキャストをはじめとするラジオ以外の音声コンテンツは、認知こそされていても、今ほど浸透しているとは言いがたい状況だった。起業家支援の経験は豊富とは言え、いざ自ら起業すると、サービスをリリースするまでに半年の時間を要した。ファイナンスにも苦戦した。
「共同創業したエンジニアと僕は、1年は無給でした。資金も、最初に支援してくれたエンジェル投資家から得たのは2000万円。そして1年たってなんとか2800万円集めました。もともと3000万円集める予定でしたが、ある投資家には入金直前に『お金がない』と言われて200万円が飛ぶような状況でした。2017年、18年も苦しく、マーケットも理解してくれない状況が続きました」(緒方氏)
資金の“出し手”の理解は進まなかったが、コアなユーザーが使って喜んでくれているという手応えは感じ始めていた。そんなプラットフォームに目を付けたのが、当時のインフルエンサーたちだった。「ブログで書くより、声で話した方がよく届く」──そう考えたインフルエンサーがパーソナリティとして参入したことが呼び水になり、サービスとして開花の兆しを見せたのだという。
「音声は発信者が最も楽で、本人性が出ます。ウソがないし、テキストを書いたりや動画を編集する暇がなくても発信してくれるので、『リア充』というか、ロールモデルになるような方が発信するようになりました」(緒方氏)
そんな好調なトラクションをもとに、グローバル・ブレインなどから8億円の資金調達を実施するも、「よくあるスタートアップのような組織崩壊も経験した」(緒方氏)という。30人まで拡大した組織だったが退職が相次ぎ、半数以下にまで減ってしまった。
「それまでは会社が小さいので、『覚悟する人』しか来てくれなかったんですが、8億円も集まると、『イケている会社に入ろう、チャンスを探そう』という人が来てしまうことが多くなりました。経営者も未熟、体制を作るのも未熟でした。今は偶然いい人事も入ってくれましたし、社長である僕がリーダーシップや嫌われる勇気をどう持つかが分かってきたと思っています」(緒方氏)
今回も大型調達と聞けば華やかかもしれないが、交渉には時間も要した。既存の投資家に対してブリッジ的なファイナンスも行い、なんとか資金ショート寸前に大型調達にこぎ着けた。
「エンタメ」でなく「学び」の音声プラットフォームへ
海外投資家からは、Voicyの持つコンシュマーサービスとしての熱量を評価された──緒方氏はそう自らを分析する。
「少し前まではSaaS全盛期。投資家と会話すると、席に座った瞬間に『MRR(月次収益)はいくらで?』と聞かれることも少なくありませんでした。ですが、今回、コンシュマーサービスとして『売り上げはいくらでもいいのでインパクトだ。いかにユーザーのエンゲージメントが高いのか、スティッキネス(粘着性、ユーザーの熱中度)があるのか。離脱率、継続率はどうなのか』と問われました。新しいマーケットをゼロから作ってる会社として投資が入るケースになれたのではないでしょうか」(緒方氏)
緒方氏が言うVoicyの熱量の源泉は、もちろんパーソナリティが配信するコンテンツだ。前述のとおり、高額の利益を出すパーソナリティも登場しているだけでなく、企業やメディアの利用も増えた。その理由について緒方氏はVoicyを「リーチ」のためのメディアとして使うのではなく、「エンゲージ」のために使うパーソナリティが多いからではないかと分析する。「いわば講演会のIT化です。リアルの講演会に近い内容が届きます」(緒方氏)
もちろんタレントやインフルエンサーがパーソナリティとなる、エンターテインメント性の高いチャンネルも少なくない。だが、今後よりフォーカスするのは学びの領域ということだ。この点が、爆発的な人気を見せたClubhouse、そしてTwitterが提供する機能の「Space」など、ライブでの音声プラットフォームとの違いだとも説明する。
「音声って、いろんな能力があるんです。1つは情報や思想をAさんからBさんに届けること。Voicyはそれをやっています。ほかにも、コミュニケーションとして、一緒に居ると安心する力。つまり『トーク(talk)』ではなく『ミート(meet)』なんです。Clubhouseはそういう意味で『ミーティングサービス』でした。何かを得なくてもいいから、そこにいて接していることに価値を持たせるサービスです。友だちと飲みに行って話しているのと、講演会で話を聞くのは明確に違います。音声とはいえ、その解像度は分けて考えないといけません」(緒方氏)
とはいえVoicyも、競合である「stand.fm」や「Radiotalk」も、ライブ配信機能を持っている。その機能は必要なのかと緒方氏に尋ねたところ、「Voicyは(ライブ配信を)『生放送機能』としていて、ユーザーのコメントが見えないようにしている」と説明された。競合サービスが持つ、ライブでのインタラクティブな要素や、ギフト機能での課金などを行う“ライバービジネス”的な要素をあえて捨てたのだ。
「今、(コンシューマーサービスは)ファンとエンタメばかりになっています。その人が心身ともにリッチになるものに挑戦したい。教育を受けることでよりいい大学に行ける、健康になることでよりいい生活ができるというのでもいいのです。(コンテンツで)人が変わって、ロールモデルが見えて、前向きになって、社会が変わってたら、もう生産性も変わるんじゃないかと思ってるくらいです。GDPを上げるために人を変える。Voicyがそのためのロールモデルを提供するくらいの会社になればいい」(緒方氏)
景気後退からスタートアップ冬の時代の到来を不安視する声は少なくない。その冬を乗り越える資金を集めたVoicyは、5年後にプラットフォーム内での流通総額100億円を目指すとしている。声による学びのプラットフォームは果たしてどう成長するのか。